第三話 尻尾は下げられ丸まったことだろう
「ぎゃ~~~~、貴方、誰!」
言葉と同時に、女の見事な拳がニケの顔面を捉えた。
さっきまで両手両足で彼を抱えていたのは自分だというのに、あまりにも酷い。
確かに、自分からも手を回したが、あれだけ擦り寄られたら、つい腕を回してしまってもしかたないだろうとニケは思う。
そこで、一応、文句を言ってみた。
「いたっ……、いきなり拳を振るわれなくても良いではないですか」
「殴るわよ!これ、不法侵入よ!てか、ナイキを何処にやったの!」
そう言いながら、彼女は、必死に自分に与えてくれた名を呼ぶ。
その姿が、とても焦っていて、子犬姿の自分は嫌われていなかったのだとホッとする。
「ナイキは、私なのですが?」
「嘘つかないでよ。ナイキは、小さくて可愛いの!」
そう叫ぶと、涙目でグルグル両腕を回しながらつっかかってきた。
ニケは、咄嗟に躱して彼女の両腕を掴んだ。
それは条件反射だったのだが、相手の顔色が真っ青になったのを見て慌てて手を離す。
――いきなり現れた全裸の男に腕を掴まれて、恐ろしくないはずがない。
己の失態に反省しきりのニケは、全身で遺憾の意を表した。
犬の状態なら、尻尾は下げられ丸まったことだろう。
タオルを腰に巻いただけの状態で心もとないが、自分には敵対する気持ちは無いと伝える為、両手を上に上げて動かない。
すると、彼女のも気持ちが伝わったのか、まだまだ不安そうではあったが、
「貴方、自分の服は?」
と、至極まっとうな質問をされた。
「変身した時に、脱いでしまいまして」
「変身?」
「こうでございます」
ポン。
白煙を上げて、ニケは白い犬に変化した。
魔力が戻ったお陰で、通常サイズの大きさに戻っている。
どうやら、彼女は変化自体を見るのが初めてらしく、
「……ちょっと理解できないんだけど」
と、混乱していた。
異世界から来た渡り人であることは、昨日の発言で理解できている。
ニケは、先ずは、自分の事を知ってもらおうと説明を始めた。
「私は、魔法使いなのです。敵から逃げるために犬に変化したのですが、多勢無勢。襲われ、魔力の大半を失い、小型化してしまっておりました」
「うん。本当に、良く分からない」
考えることを放棄したのか、彼女は頭を振って全てを拒否した後、
「まぁ、いいわ。元気になったなら、出て行ってもらえるかしら?」
と、外を指さした。
さっさと出て行けという威圧感が半端ない。
しかし、主従契約を結んだことを抜きにしても、ニケは、彼女の傍を離れたくは無かった。
「残念ながら、それは、出来ないのです」
と、首を横に振る。
「何故?」
「貴女と私の間で、契約が成立してしまったからです」
「は?契約?」
意味不明な理論を持ち出され、女性は混乱し、そして怒りが湧いてきたようだ。
刀のようなものを手に、
「表に出ろ!一発殴ってやる!」
と、叫ぶ。
「なんの契約かは知らないけど、相手の意向も効かずに結ばれたものは、無効。クーリングオフよ!」
威勢よく叫んだ声に反応したルーポ達が、遠くから土煙を上げて走ってくるのが見えた。
昨日の敵は、今日の味方。
彼らの出現のお陰で、どうやらニケは、彼女の傍に居られるチャンスを得られそうだ。
「お言葉、誠にもっともなのですが、今の状況だと止めた方が良いかと思われます」
そう言って視線をルーポに向けると、女性もやっと気づいたようで顔をこわばらせていた。
「彼らは、既に貴方も敵と認識しているようでして」
「なんでそうなるのよ!」
彼女は器用に後ろの扉を閉めると、運転席へと移動して乗り物を動かし始める。
「先ずは、話は逃げ切ってからよ!」
「承知いたしました」
そこからニケは、彼女に見られないように服を着た。
一番良い素材で一番格好よく見える物を選んだのは、可愛い男心だろう。
「なんで、こうなるのよ~~~~!おばあちゃんの、馬鹿~~~!」
大声で叫ぶ声も可愛いなと思いながら、ニケは、これからの人生が楽しくなる予感に胸を躍らせた。




