第五話 多分、おばあちゃんかな
「それで、契約の件なのですが」
「うん。それは、後で」
敵から逃げ切ったら早々にナイキを捨ててヤル気満々だった花子だが、ふと気づいたのだ。
現在彼女は、現地通貨を持っていない。
しかも、この世界について何も分からないのだ。
それなら、道案内人くらいいた方が良いような気もする。
しかも、本人曰く、涙を舐めたことで結ばれた契約では、花子の方が地位的に上。
決して彼女を害することは出来ないという。
その言葉のどこまでが真実かは分からないが、今のところ彼から感じられるのは好意だけだった。
一方のナイキは、既に素敵なスーツに着替えて悠然と助手席に座っている。
見た感じ、英国紳士風だ。
所謂空間魔法と言うものを使えるらしく、そこに収納してある物は、何処に居ても取り出せるらしい。
それなら、花子が起きる前に着てくれていたらよかったのにと思ったが、逆に抱きしめられて身動きが取れなかったそうだ。
「先ずは、腹ごしらえよ。奢って」
「仰せのままに」
たかる気満々の花子は、大きな町まで来て驚いた。
文明レベルが、中世のそれだったからだ。
道路を行きかうのは、馬車。
行き交う人々も、日本人とはかけ離れた洋風な見た目。
ただ、不思議なことに、花子の乗る真っ赤な軽ワゴンに対して驚いた様子を見せない。
「どういうこと?」
「あるんですよ、ここにも。花子さんが運転されるのに似た乗り物が」
「え?」
「われらの世界には、渡り人が時々来られるのです。その方々が、作られた乗り物と形が酷似しております」
「あぁ。なるほど」
花子以外にも、他の世界から紛れ込んでしまった人間が居るらしい。
そして、彼らは、あちら側の文化も運んできていた。
その最たるものが、車だ。
「こちらでは、カーと呼ばれております」
「そのまんまね」
「しかし、魔力を動力源としておりますので、乗れる者は少なく、運転を出来るだけで尊敬に値するのです。ですので、今周りにいる者達が花子さんに向ける視線は、尊敬の眼差しという事になります」
宿屋に用意されたスペースに車を置き、併設されたレストランに入ったが、誰もが敢えて花子を見ようとしない。
嫌悪感とは違う、興味はあるけど失礼を働いてはいけないという雰囲気が漂っていた。
失礼なことをされたわけではないのだが、どうも、居心地が悪い。
ナイキと向かい合って座ると、ウェーターが慌てて走って来た。
「これと、これを。それと、果実水を二つ」
「はい!承知いたしました」
元気過ぎる返事をして、彼は、厨房へと走っていった。
出来れば、食事を扱う店で、バタバタ走るのは止めて欲しいなと、花子は思った。
「まさか、ずっと、こんな風に扱われるの?」
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません」
「意味深な言い方、止めてくれる?」
花子は唇を尖らせてむくれて見せた。
「申し訳ありません。ただ、全身から漏れ出る魔力を抑えきれないうちは、ずっと、このように扱われると考えた方がよろしいかと存じます」
漏れていると言われて、慌てて花子は、自分の手を見てみた。
しかし、何も変わったようには見えない。
「何も見えないけど?」
「それは、貴女にとって、その状況が当たり前すぎるからです。魔力のない者に取れば、眩し過ぎて目が開けていられない程ですから」
「そんなものなの?」
自分では分からないことで、勝手に驚かれたり尊敬されたりするのは、どうも気まずい。難しい顔で自分の手を見つめ続ける花子に、ナイキが質問をしてきた。
「つかぬことをお聞きしますが、花子さんの御身内に、こちらの出身の方がいらっしゃるのでしょうか?」
いきなり核心を突かれ、花子はドキッとした。
多分鞠子の事を言っているのだろうが、正直に話して良いのか迷う。
しかし、ナイキから漂ってくる雰囲気が、少し祖母に似ていることから、つい、
「多分、おばあちゃんかな」
と、言ってしまった。




