第四話 先ずは、話は逃げ切ってからよ!
「ぎゃ~~~~、貴方、誰!」
狭い車の中で、花子は自分を抱きしめる男の顔面を殴って精一杯距離を取った。
「いたっ……、いきなり拳を振るわれなくても良いではないですか」
「殴るわよ!これ、不法侵入よ!てか、ナイキを何処にやったの!」
自分の横で丸まっていたはずの存在が消え、大柄な男が現れた。驚くなと言うほうが、無理だろう。
「ナイキは、私なのですが?」
「嘘つかないでよ。ナイキは、小さくて可愛いの!」
一人旅の相棒に丁度良い仲間が出来たと思っていた花子は、グルグル両腕を回しながら男に突っかかっていった。
しかし、簡単に両腕を取られて、自分の浅はかさを知る。
――喧嘩を売る前に、逃げる手段を考えるべきだった。
しかし、時すでに遅し。拘束されては、腕力で勝てるはずもない。
絶望的状況に顔色を真っ青にした花子を前にして、男は慌てて手を離した。
「まことに、申し訳ございません」
ションボリと肩を落とす姿は、正しく怒られた犬のようだ。
よく見れば、男は、とても礼儀正しい。
ただ、残念ながら、腰にタオルを巻いているだけの状態だ。
どう見ても、変質者にしか見えない。
「貴方、自分の服は?」
「変身した時に、脱いでしまいまして」
「変身?」
「こうでございます」
ポン。
白煙が上がり、男は白い犬に変わった。
ただ、大きさが昨日よりずいぶんと大きくなっている。
足も長く伸び、ボルゾイの様に精悍な顔立ちになっていた。
「……ちょっと理解できないんだけど」
「私は、魔法使いなのです。敵から逃げるために犬に変化したのですが、多勢無勢。襲われ、魔力の大半を失い、小型化してしまっておりました」
「うん。本当に、良く分からない」
この世の常識の様に彼が語るからには、きっと、魔法使いと言う者は、姿を変えることが出来るのだろう。
目の前で犬に人間の言葉を離されれば、認めざるを得ない。
しかし、自分の人生を他人に任せないと決めた花子は、きっぱりと言い切る。
「まぁ、いいわ。元気になったなら、出て行ってもらえるかしら?」
他人の思惑に巻き込まれ、逃亡者の片棒を担ぐなど受け入れれらるはずもない。
車のバックドアを開けると外を指さした。
それに対して、ナイキは、
「残念ながら、それは、出来ないのです」
と、首を横に振る。
「何故?」
「貴女と私の間で、契約が成立してしまったからです」
「は?契約?」
意味不明な理論を持ち出され、花子は腹が立ってきた。竹刀を手に、
「表に出ろ!一発殴ってやる!」
と剣道を学んだものにはあるまじき暴言を吐く。
「なんの契約かは知らないけど、相手の意向も効かずに結ばれたものは、無効。クーリングオフよ!」
矢継ぎ早に言葉を繰り出したが、
「お言葉、誠にもっともなのですが、今の状況だと止めた方が良いかと思われます」
と淡々と言い返された。その言葉に首を傾げた花子だったが、外に視線を向けると黙った。
何せ、車の周りを昨日の獣達が取り囲んでいる。
「彼らは、既に貴方も敵と認識しているようでして」
「なんでそうなるのよ!」
花子は、バックドアから垂れた紐を握った。
そして、それを思い切り引っ張ってドアを閉め、運転席と助手席の間から前へ移動するとエンジンをかけてハンドルを握った。
「先ずは、話は逃げ切ってからよ!」
「承知いたしました」
フルスロットルで走り出した車は、石畳の上を土埃を上げながら走り抜けていく。
後ろから追ってくる敵も、流石にスピードメーターが百キロを超えたあたりで引き離されていく。
「なんで、こうなるのよ~~~~!おばあちゃんの、馬鹿~~~!」
花子の叫び声は、二十五メートルプールをスイスイと泳いでいる祖母鞠子には届かなかった。




