第三話 いつか行こうじゃなくて、今行こう!
花子は、最初の目的地をローノにした。
カーナビが知らせる都市情報に、巨大コロッセオがあると記載されていたからだ。
昔から花子は、ネットで世界遺産を見るのが好きだった。
しかし、いつか行ってみたいと思うばかりで、一度も海外旅行を経験したことがなかった。
――いつか行こうじゃなくて、今行こう!
この世界で体験できる全てを、余すことなく拾いたい。
花子は、ポチッと選択ボタンを押してアクセルを踏んだ。
しかし、いつまで進んでも、見えるのは目の前の一本道と視界全面を覆う草原。
そろそろ体も硬くなってきた。
首を回すとコキコキがなる。
ただ、新しい発見もあった。
「やっぱり、ガソリンも減らないのね~」
結構な距離を走ったが、ガソリンメーターは一メモリも減っていない。
それは嬉しいのだが、まだ誰にも遭遇していない。
「動物すらいないのね。ちょっと、寂しいかも」
この世界に自分一人と思いたくはないが、話し相手が一方的に情報を提供してくる祖母の声と言うのも辛い。
合いの手を打てども、返事はないのだ。
「ん?なんだ、アレ」
前方に見えたのは、オオカミのような獣の集団。
しかし体は想像より大きく、牛くらいある。
「噓でしょ?止めてよ、進行方向を遮るのは」
多分、この石畳の道は、目的地への最短ルートなのだ。
外れれば多分新しい道を示してくれるのだろうが、やってみなければ分からないことは、出来れば避けて通りたい。
「退いて、退いて!」
ブーブーブー
叫びながらクラクションを鳴らしてみると、獣達は一瞬花子を見た後、おびえるように逃げていった。
突然現れた真っ赤な塊が、猛スピードで突進してくることに驚いたのだろう。
「あ~、良かった~」
安心してスピードを緩めた花子だが、道路上に黒い塊が落ちていることに気付いた。
「踏んでいったら、ダメよね?」
時速を四十、三十、二十と落として、ただのゴミならスルーしようと思った。
しかし、近づいていくと、それは血まみれの小動物だった。
見た目は毛足の長いマルチーズのようで、美しい毛が粘着質な液体で萎んで見えた。
「止めてよ、こういうの苦手なのよ」
花子は、正直、動物が苦手だった。
なのに、犬や猫に好かれた。登下校時に後を追われ、走って逃げたことは数えきれない。
それでも、瀕死の動物を見捨てて、しかも上を踏みつけて走り去る事など出来ない。
「やっぱり、私って運が悪いのね」
車を止めた花子は、窓を開けて外の様子を伺った。
聞こえるのは、倒れている動物の小さな呼吸音のみ。先ほど逃げた獣の気配は感じられなかったが、一応、後ろに置いてあった竹刀を手に取った。
学生時代、彼女は剣道をしていた。
一応、全国大会に出場するレベルだ。
巨大な獣相手に通用するとは思わないが、目を突きで潰すくらいは出来るだろう。
「タオルも持って行った方が良いわよね?」
どれほどの怪我か分からないが、車に乗せるにしても、何かに包んだ方が良い。
「よ~しよし、お願いだから、噛まないでね」
声を掛けながら恐る恐る近づくと、小さな生き物は、真っ黒な目を花子に向けた。
「くぅ~ん」
甘えるような声は、きっと敵対心がない事を必死にアピールしているのだろう。
それが、なんとも悲しくて、花子は泣きそうになりながらタオルを巻いてやった。
「そんなに媚びなくても、大丈夫よ」
元彼に好かれたくて、ついつい下手に出ていた自分と重なり、花子は鼻を啜る。
車の後ろに回り、ビニールシートを取り出した。
それを地面に敷き、その上に置く。
「ちょっと待ってね」
花子は、ベッド下の引き出しから救急箱を出すと治療を始めた。
「あ~、やっぱり、噛まれたのね」
傷口は、敵の歯でズタズタにされている。
せめて綺麗にしてやろうとペットボトルの水で傷跡と血で汚れた毛を洗ってやると、想像以上に汚れが落ちて、真っ白な毛が現れた。
ふと、ゲームなどに出てきた治療薬、ポーションを思い浮かべる。
「あら、水まで異世界仕様?飲んだら若返ったりするのかしら?」
心なしか傷口も小さくなったように見えた。
ただ、しみるのか、小さな体がプルプルと震えていた。
「ごめん、ごめん。ふぅ。ここから、どうするかなぁ」
消毒液で傷を洗い、人間用の抗生物質入り塗り薬を塗るくらいしか方法はない。
それが効くかなんて、分かるはずもないのだ。
ただ、何もしないよりは良いだろうと、花子は全てを行った後、包帯で傷口を巻いた。
「こんなことくらいしか出来なくて、申し訳ないわね」
羽のように軽い存在を抱き上げて、花子が悲しそうに笑うと、小さな舌がペロペロと彼女の頬を舐めた。
どうやら、気づかないうちに泣いていたらしい。
一瞬、何かが光った気がしたが、眩しくて目を閉じた花子には良く分からなかった。
ただ、その後も、一生懸命ペロペロし続ける相手は、花子を慰めているらしいことだけは分かった。
「助けられた身の癖に、私の方が可哀想に見えたの?本当に、生意気な子ね。そうだ、あなたの名前は、ナイキよ」
なまいき→ないき。
何故「ま」を取ったのかは知らないが、急にカッコいい名前になった気がした。
ご満悦な花子は、ベッドの上にナイキを載せて後片付けを始めた。
「あ~、暗くなってきたわね。仕方ない、今日は、ここで寝ようか」
ライトを付けて走れば行けないこともなかったが、流石に矢継ぎ早に初体験が多すぎて脳みそも疲れてきた。
クーラーボックスの中には、スーパーの半額シールが付いたお弁当が入っている。
今日は、それを食べてコテージの風呂に入り眠る事だけを計画していた花子は、異世界に来て旅をすることを決め、ナイキを救った自分を褒めてやりたいきがした。
「うんうん、今日の私は花丸。よく頑張りました」
自分で自分を褒めないと、褒めてくれる人が居ない。
ぐっすり眠るナイキの横でブツブツ独り言を言い、弁当を食べると歯だけ磨き、埃っぽい体のままベッドの横たわった。
まさか、次の朝、目がつぶれるほどのイケメンが自分を抱きしめているなどと思いもしなかった。
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