第二話 その希望は、間違いなく果たされていた
ちょうどその頃、花子はニケ、もといナイキに魔法の基礎を教えてもらっていた。
車の中は少々手狭だが、他人に訓練している姿を見られるわけにもいかない。
簡易ベッドの上で向かい合う姿は、何故か手合わせをする前の格闘家のようだ。
色気のいの字もない。
「先ずは、私の手の上に花子さんの手を置いていただけますか?」
「はい。これで良いかな?」
花子は、なんの照れもなくペチリとナイキの掌を叩くように自分の手を置いた。
超絶イケメン相手に、なんとも軽いノリだ。
央治との一件以来、花子はとても反省していた。
――イケメンは、目の保養と心得よ。
新しく出来た信条は、既に花子に根を深く張っている。
元々自分も美形なのだ。綺麗な造形は見慣れていると言って良い。
もう少し驚くなり恥じらうなり乙女な部分を見せて貰えるかと期待していたナイキは、少し肩を落としているように見えた。
昨夜、寝袋を並べて眠った時に花子が秒で眠りについたことを考えても、そろそろ彼女を理解した方が良い。
しかし、ここでへこたれてばかりもいられない。
「私の体温を感じますか?」
ナイキは、もう片方の手を花子の甲の上に置き、彼女の右手を自分の手で挟み込んだ。
「うん。ナイキの体温が高いってことは分かった」
「いえ、それは私の魔力です。今、花子さんの手を通して私の魔力を流し込んでいるのです」
使い捨てカイロに挟まれたような温かさは、じんわりと花子を温める。
「そう言えば、おばあちゃんも温かかったな」
花子は、寒い冬でもカーネル(ⅭAR寝る)で、鞠子と旅をしたことを思い出す。
二人入れる寝袋に潜り込み、ワゴン車の中のベッドで眠ると鞠子は電気毛布のようだった。
ポカポカと心までも癒されて、ものの数秒で眠りに落とされた。
まさか、それが魔力だとは思わない。
懐かしい気持ちがあふれ出し、思い出に浸る花子の手の甲をポンポンとナイキが叩いた。
「今は、こちらに集中してください」
「はいはい、ごめんごめん」
花子は、決して不真面目なわけではないのだが、まだ魔法というものを信じ切れていない。
ついつい疑いの眼差しを向けてしまうのは、現代日本に生きてきた弊害とも言えるだろう。
「では、私の魔力を花子さんの魔力に混ぜてみますね。その動きを目を閉じて追ってください」
言われるがまま、花子は目を閉じてみた。
そして、掌に意識を集中させると、確かにジワジワと温かさが広がっていっている。
そして、徐々に腕から肩、首から頭へと流れ、思考がクリアになっていく気がした。
「なるほど」
例えるならば、遠足に行く前日のような気分だ。
誰かが何かしたわけでもないのに、体がウズウズして駆けだしたくなる。漲るエネルギーが外に出たいよと叫んでいるのだ。
「魔力は、なんとなく分かったかも。でも、これ、大きくなりすぎてない?」
使い方も分からないのに、大量の魔力が足の指先にまで行き渡る。
「ダメ、じっとしてられない。少し走ってくる」
「あ、花子さん待って下さい!」
ナイキが止めるのも聞かず、花子はバーンと車の扉を開けた。
そして、外を走り始めた。
一応、一人で遠くに行っては危険だと分かっているらしく、ランニングのような速度で車の周りをグルグル回っていた。
その様子を車内から眺めていたナイキは、なんだか可笑しくなってきた。
なにせ、花子の全身は太陽のように眩しい光を発し、色も赤、青、黄色と次々に変わっていく。
魔力の属性ごとに色は違うのだが、その全てを網羅する花子は、祖母と同じで全属性を持っているのだろう。
「目立たない訓練をするつもりの人が、そんなにピカピカ点滅してどうするのですか」
「そんなの、私、分からない。自分では発光している自覚ないもの」
いつまでも同じペースで走り続ける花子は、持久力には自信があった。
しかも魔力満タン状態なら、どこまでも走っていける気がした。
しかし、残念ながら、ここは草原。整備されたグランドとは違い、地面のあちらこちらから大き目な石が顔を出している。
その一つに花子は足を取られた。
ガン!
小指が思い切り石に当たってバランスを崩す。
「いった~~~~~くない」
驚いた顔で立ち止まった花子は、自分の右足を見た。
スニーカーの一部が、削れている。
やはり、相当強い勢いで石に足を持って行ったらしい。
しかし、全く痛みはなく、それどころか快調そのものだ。
「おかしいなぁ」
「どうされましたか」
「ん?いや、小指折れたかと思ったら、全く痛くないの」
慌てて駆け寄って来たナイキにも、靴を見せてやる。
「これは……」
ナイキの目には、花子の足の小指の付近にのみ、防御魔法が掛けられているのが見えた。
そして、そこから出ている白い糸が空中へと消えている。
「どうやら、何かしらの魔法で、痛みが他の誰かに移ったようですね」
「え?それ、相手に失礼よね」
「こんな芸当が出来るのは、花子さんのお婆様でしょう」
「おばあちゃんが赤の他人に迷惑を掛けるとも思えないし、多分自業自得な人の所へ行ったのね」
鞠子への信頼感が半端ない花子は、鞠子が決して理不尽なことをしないと信じている。
「その人、よっぽどおばあちゃんに嫌われたのね」
ご愁傷さまと思いつつも、ふと、花子は元カレの事を思い出した。
――アイツの所へ飛んでいけばいいのになぁ。
その希望は、間違いなく果たされていた。




