第六話 ニケ、もといナイキは、ニンマリと微笑んだ
しかし、当の本人は、全く納得がいっていないらしい。
「本当に、私って、特別な人間なのかな?」
悲しげに笑う姿が、痛々しかった。
どうやら、彼女は元居た世界で、色々と辛い思いをしてきたようだ。
花子の様子だと、あちらでは、魔法が存在していないようだ。
しかし、これほどまでの魔力量を持っていれば、別世界に居たとしても特別な力を発揮していたと思われる。
「元いらっしゃった世界でも、きっと色々他の方とは違う特性をお持ちだったと思いますが?」
ニケの疑問は、花子に自分の事を考え直す機会を与えたようだ。
黙った花子は、思い当たることがあったようで、
「あ……あれか……」
と声に出すと、右手で額の当たりを押さえた。
そして、唾を付けただけで腫れ上がった足が治ったという話を聞かせてくれた。
「貴女の体液には、治癒薬並みの魔力が込められていますからね。かく言う私も、貴女の涙のお陰で九死に一生を得ましたから」
ルーポに噛まれて瀕死だった時、ニケの命を繋いだのは花子の涙だった。
あれがなければ、きっと死んでいただろう。
ただ、あれは、全く花子の同意を得ていなかった行為。
そのせいで、二人の間には主従関係が結ばれてしまった。
「不可抗力でした。申し訳ございません」
「いいよ、もう。それで、渡り人って、私以外にもいるんだよね?会ってみたいな」
「それなのですが、私の知る限り、数十年ぶりの御渡りです。しかも、国に富みを与える存在と言われ、大切に保護されております。ですので、彼らは一般人には会う機会がありません。花子さんが望まれるのなら、国に申し出てみますが」
「いや、いい。絶対言わないで」
必死に拒否する姿に、ニケは自分を重ねる。
もしも花子の事が国に知られれば、きっと、ニケと同じように使い倒されることになるだろう。
保護と使役は、セットでやってくると考えた方が無難だ。
ニケも、もう大公家に戻るつもりはなかった。
ルーポ討伐に出向いた先で、衣服と血の痕跡だけ残して姿が見えなくなったと知られれば、先ずは死亡したと思われるだろう。
これから先は、花子の隣で笑って暮らすことだけを考えたい。
今、目の前で美味しそうに肉を頬張る女性を、ニケは愛しげに見つめた。
最後に出てきたミニケーキは、チョコレート味だった。
甘い物が得意ではないニケが、自分の分を花子の方に押してやると、チョコレートより甘い笑顔が返って来た。
「高かったんじゃない?」
「私は、こう見えて金持ちなので大丈夫です」
そう言うと、花子は、頭の先から足先まで、ジロジロとニケを見た。
そして、唇を尖らせて不満げに、
「こう見えてって、金持ちにしか見えないよね」
と、言った。
確かに、彼が着こなすスーツは、全てがフルオーダーメイドだ。
靴も皮から選んで特注で作らせたもの。
更に言うなら、自分の見目の良さも理解していた。
なにせ、夜会に出たら貴婦人達に言い寄られ、卒倒する人すら居たからだ。
ただ、この顔も、花子を虜にするほどのものではないらしい。
「私、最初の目的地をローノにしたの」
と、淡々と今後の予定を語り始める。
「何故?」
「コロッセオがあるらしいから」
「なるほど。観光を楽しみたいのでいらっしゃいますね?」
「まぁね」
自分の希望と全く同じ花子の予定に、ニケは、嬉しくなった。
そして、今後の旅への期待で輝くように花子が微笑んだのを見て、息をのんだ。
――この方は、ご自身の美しさに気付いていらっしゃらない。私が、命を懸けてお守りせねば。
ニケは、魔法による主従契約がなくても、この美しくも無知でお人好しな女に好意を持った。
怪我した獣など見向きもせずに通り過ぎるのが、この世界での常識だ。
なにせ、どのような疫病を持っているか分からない。
それが、わざわざ血で汚れるのも厭わず拾い上げ、治療をしてくれる人間など百パーセント居ない。
正しく命の恩人であり、あっちへ行けと言われても離れがたい存在だった。
「そうだ。ナイキって私が付けた名前だけど、本名は?」
「ニケ・アンジェロと申します。ただ、私は、ナイキと言う名の方が、気に入りました」
「そう?じゃぁ、これからもナイキって呼ぶわね」
この時、ニケは、自らの名前を捨てた。
――私の名は、ナイキ。いつの日か、ナイキ・カーネルになりたいと言ったら、貴女はどんな顔をするだろうか?
小さくはない野望に、ニケ、もといナイキは、ニンマリと微笑んだ。
完
皆様が、思いの外喜んでくださったことが嬉しくて、ついナイキ側も書いてしまいました。
楽しんでくださったら嬉しいです。
連載は考えていなかったのですが、今後の読者数等も見ながら、続けるか考えたいと思います。
まだまだ読みたいよと思ってくださる方は、宜しければ、お星さまマークやブックマーク、感想等でお知らせいただけると嬉しいです。




