第4話 俺はただ、ダンディを貫いているだけだ
ああ、今日も仕事だ。
愛する由紀子と離れたくない。出来ることならずっと由紀子の匂いを嗅いでいたい。
くんか、くんかと嗅ぎながら一日を過ごすのもきっと人生には必要だと思う。
だが会社には部下もいる。いきなり休むのは役職者としていただけない。
仕方なく由紀子に告げる。
「由紀子、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
今日も由紀子は可愛い。世界の中心には行けないが、今すぐ叫びたい。
俺は紫音がいないのを確認して、今日も由紀子に熱い口づけをした。
余韻に浸りながら、今日も家族のために頑張ろうと思った。
◇◇◇
会社――
ダンディズムを貫く俺は、もちろん会社でもその精神を貫いている。
「黒川部長」
声をかけてきたのは俺の秘書の井上さん。まだ若いのに仕事の出来る有能な部下だ。
「どうした?」
視線を上げ、尋ねる。
「田中さんが、模擬プレゼンをしたいと言ってますが、部長、行けますか?」
スケジュールを確認しながら井上さんが尋ねてくる。
「ああ……第一会議室だな、今行く」
田中か……、田中はいちいち細かいから疲れるんだ。質問もみみっちい。
「面倒くさいなぁ……」
「部長、心の声が漏れてます」
井上さんが、チラッと俺を見て小さく呟く。
思わず真顔になり、咳払いをする。
(しまった……!)
だが、ここで動揺するようではダンディズムが廃る。
俺は静かにネクタイを締め直す。
「本当のことを言って何が悪い」
「……部長、もう黙っててください」
井上さんは呆れた顔で俺を見ていたが、俺は彼女を知っている。旦那さんのことも知っている。
今のは彼女なりの激励なんだ。
だがダンディズムを貫く俺はそんなことを口に出したりはしない。
「井上さん、いつもありがとう」
「……部長、社会の窓が開いてます」
井上さん、グッジョブ。
◇◇◇
田中の細かすぎるプレゼンが終わった。キツイ……。精神をやられる。
窓際に立ち、俺は遠くの空を見つめた。
(由紀子……今頃、何をしているんだ)
プルルルル……
スマホが鳴る。画面を見ると、
『由紀子♡』の表示。
「……っ!」
一瞬で顔が緩む。
「ぶ、部長!?顔!!」
慌てて咳払いをする。
「……もしもし、由紀子か?どうした?」
『あなた、今日お弁当忘れてる』
「…………」
静寂。
井上さんと田中が何故か肩を震わせている。
俺は静かに天を仰いだ。
由紀子、ダンディズムって一体何なんだろうな。




