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壊すしかできない出来損ないの聖女として捨てられた私、不滅の鬼神将軍に拾われて世界で唯一の"討滅の聖女"として溺愛される  作者: 蒼城レイ


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第8話 「姉さまを呼び戻して」と誰かが言った

王都の異変は、もはや一つの村に留まらなかった。


   * * *


ヴェルデに続き、東のラント、西のオーベンと、近郊の村々で次々に「灰の病」が発生した。封印石が割れ、畑が灰になり、家畜が崩れる。教会はそのすべてを「疫病」と称し、村を封鎖していった。けれど、隠せば隠すほど、民の不安は膨れ上がる。


ついに、王都の広場で、人々が騒ぎ始めた。


「聖女様は、何をしておられる!」

「祈っても治らないというのは、本当か!」


その混乱の中で、誰かが叫んだ。声の主が誰かは、わからなかった。けれど、その一言は、広場に集まったすべての耳に届いた。


「姉さまを——いや、ヴィオレッタ様を、呼び戻してくれ! あの方がいた頃は、こんなことは、なかった!」


一瞬の、静寂。そして、ざわめきが、波紋のように広がった。そうだ。あの聖女がいた頃は。破滅の聖女と呼ばれて追放された、あの方が——。


かつて、人々は彼女を恐れ、嘲り、石を投げた。祈れば花を枯らす、忌まわしい令嬢だと。その同じ人々が、今、彼女の名をすがるように呼んでいる。皮肉な話だった。けれど、それが民というものなのかもしれない。怯えれば、誰でもいいから、すがりたくなる。たとえ、自分たちが捨てた相手であっても。


広場の喧騒は、簡単には収まらなかった。衛兵が出て、人々を追い払おうとする。だが、追い払われた声は、路地へ、酒場へ、家々の食卓へと染み込んでいった。一度生まれた疑念は、もう、消せはしなかった。


   * * *


その声は、王宮にも届いた。


第二王子オスヴァルトは、報告を聞いて、卓を拳で叩いた。


「ヴィオレッタを呼び戻せ、だと? あの出来損ないを?」彼の顔は、屈辱に赤らんでいた。「ふざけるな。あれを追放したのは、この私だ。今さら呼び戻せば、私の判断が誤りだったと認めることになる。——絶対に、許さん」


「で、ですが殿下」側近が恐る恐る進言した。「民の声が、日に日に大きく。このままでは、王家への不満が」


「黙らせろ」王子は冷たく命じた。「騒ぐ者は捕らえろ。"破滅の聖女"の名を口にすることを、禁ずる。——聖女は アンネリーゼだ。それでいい。彼女が、すべて解決する」


彼は、信じていた。いや、信じたがっていた。自分の選択が正しかったと。妹の力で、すべてが収まると。


   * * *


黙殺された王子の陰で、最も追い詰められていたのは、アンネリーゼだった。


彼女は、毎日のように村へ向かい、祈りを捧げ続けた。けれど、ひとつとして、封印を回復できなかった。守りの祈りは、もはや、この穢れの前に無力だった。


祈祷室で、彼女は鏡を見つめていた。やつれた顔が、そこにあった。


彼女は、ようやく認めざるを得なかった。自分の力が、足りない。いや——足りなかったのは、最初から。これまで封印が保たれていたのは、自分の祈りのおかげではなかった。誰かが、見えないところで、災厄の芽そのものを断っていたのだ。


その「誰か」が誰なのか、彼女には、わかっていた。


「姉さま……」


唇から漏れた言葉に、彼女自身が驚いた。追放した姉。手柄を奪い、家を追い、捨てた姉。その姉の力に、自分はずっと、支えられていた。


彼女の胸を満たしたのは、しかし、悔恨ではなかった。もっと醜い——焦燥と、嫉妬と、そして、すがりたいという都合のいい欲だった。


「姉さまさえ、いれば……」彼女は鏡の中の自分に呟いた。「もう一度、力を貸してくれれば。そうすれば、わたくしの聖女の座も、守られる。——そうよ。姉さまは、優しいもの。きっと、来てくれるわ。だって、あの人は……」


幼い頃の記憶が、よみがえる。母を亡くし、家の中で居場所をなくしていた姉。それでも、妹である自分が転んで泣けば、誰よりも先に駆けつけて、傷を見てくれた。あの優しさに、自分は甘え、そして——その優しさごと、利用して、追い落とした。


姉は優しい。だから、また許してくれる。また、助けてくれる——そう信じることだけが、自分の罪から目を逸らす術だった。


彼女は、知らなかった。捨てられた者が、捨てた者に、どんな目を向けるのかを。優しさにも、限りがあることを。そして——一度涸れた涙の代わりに握られた刃が、どれほど冷たく研ぎ澄まされているかを。


   * * *


辺境の砦に、王都の混乱は、刻々と伝わってきた。


「広場で、あんたの名を呼ぶ声が上がったそうでさ」ハーゲンが、奇妙な顔で報告した。「あんたを捨てた連中が、今になって、あんたを欲しがってる」


「……愚かなこと」私は窓の外、南の空を見やった。「都合のいいときだけ、忌み、また欲しがる。人とは、そういうものなのでしょうね」


「呼ばれたら、行くのかい」


私は、答えなかった。胸の内は、複雑だった。私を石もて追った者たちへの怒りは、消えない。けれど、灰になっていく村の民を思うと——黙って見過ごせるほど、私は冷たくはなれなかった。


「ヴィオレッタ」ジークが、静かに口を開いた。「お前が決めることだ。だが——もし行くなら、俺も行く。一人では、行かせない」


その言葉に、胸が、温かくなった。けれど。


南からの伝令が、息せき切って駆け込んできたのは、その時だった。


「王都の被害が……止まりません! 聖女アンネリーゼ様の治癒では、もはや、まったく抑えられず——! 灰は、王都の城壁にまで、迫っているとのこと——!」


お読みくださりありがとうございます。第8話、王都で「ヴィオレッタを呼び戻せ」の声が上がる回でした。

けれど王子はそれを黙殺し、保身に走る。妹は焦燥のあまり、追放した姉に都合よくすがろうとする——彼女の歪んだ心が、少しずつ表に出てきます。

そして妹の治癒では、もはや被害を止められない。守りの聖女の限界が、いよいよ露わに。

次回、第1章の締めくくり。辺境に、非公式の救援要請が届きます。ヴィオレッタの、立場逆転の啖呵——「乞われても、もう遅い」。

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