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壊すしかできない出来損ないの聖女として捨てられた私、不滅の鬼神将軍に拾われて世界で唯一の"討滅の聖女"として溺愛される  作者: 蒼城レイ


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第5話 不死身の理由を、誰も知らない

王都からの早馬がもたらした報せは、断片的だった。


聖女アンネリーゼが各地の封印を巡れなくなった。いや、巡ってはいるが、抑えきれていない。各地で井戸の水が濁り、家畜が原因不明で倒れ、畑の作物が黒く縮れる——。けれど王都は、それを「一時的な不調」として、公にはしていないという。


「聖女不在の動揺を抑えるための、箝口令でしょうな」ハーゲンが渋い顔で言った。「だが、辺境に伝令を寄越すほどってことは、内心では焦ってる」


「私が、いなくなったから」


呟くと、ハーゲンは首を横に振った。


「お嬢さん、自惚れちゃいけねぇが——卑下するのも違う。あんたは王都で、誰にも知られず、災厄の芽を灰にしてたんだろう? 妹の聖女様の力が、本当はあんたに支えられてたなら。あんたが消えりゃ、馬脚を現すのは道理でさ」


私が、王都を守っていた。忌まれ、捨てられながら。——皮肉な話だった。


「妹は、どうしているのかしら」私は、ふと呟いた。憎い相手のはずなのに、口をついて出たのは、奇妙に静かな問いだった。「あの子は、私の力に支えられているなんて、夢にも思っていないでしょうね。今ごろ、効かない祈りを前に、青ざめているのかしら」


「同情でもしてるんですかい」ハーゲンが、意外そうに言った。


「まさか」私は首を振った。「ただ——あの子が崩れていくのは、私のせいではない、と思っただけですわ。あの子が選んだ道の、当然の帰結。それを、自業自得と呼ぶのでしょう」


言葉にすると、胸の奥が、少しだけ軽くなった。私は、もう被害者として泣くだけの令嬢ではない。捨てられた事実を、ただ抱えて生きるのではなく——その意味を、自分で引き受けると決めたのだ。


その日の夕刻、境界の見回りに、私も同行を願い出た。


大きな群れではない。境界の封印を抜けてきた、はぐれの眷属が数匹。けれど、私には好都合だった。荒野で本能のまま、境界で無我夢中で——これまで二度、私はこの力を"放った"だけだ。意志で狙い、加減し、味方を巻き込まずに断つ。それを、実地で確かめておきたかった。


岩陰から、犬ほどの灰色の獣が三匹、滲み出すように現れた。ジークが前へ出ようとするのを、私は手で制した。


「一匹、いただいてもよろしくて?」


息を整える。手のひらに、白い火を、針の先ほどに絞る。荒野では奔流のように放ったそれを、今度は細く、短く。狙うのは、先頭の一匹だけ。


火が、走った。獣は声もなく崩れ、隣の二匹には、火の粉ひとつ届かない。——できた。狙った一匹だけを、灰に還せた。胸の奥が、静かに高鳴る。これは本能ではない。私が、選んで使える力だ。


残る二匹へも、私は手を向けた。けれど、そのとき。岩の上から、四匹目が、ジークの死角へ跳んだ。


「ジーク様!」


彼の振り向きざまの一閃が、獣を斬り散らす。だが散った輪郭は霧のように寄り集まり、その牙が、彼の左の前腕へ食らいついた。私は咄嗟に手をかざし、獣を灰へ還す。一瞬、遅かった。


ジークの左腕には、骨の見えるほど深い裂傷が刻まれていた。なのに——血が、流れていない。


「お怪我を!」駆け寄った私の目の前で、信じがたいことが起きた。


裂けた皮膚の縁が、ゆっくりと——本当に、ゆっくりと、寄り集まっていく。まるで、見えない糸で縫い合わされるように。痛みに耐えるでもなく、彼はただ、それを無表情に眺めていた。


「いつものことだ」彼は淡々と言った。「朝には、消える」


傷が、塞がっていく。けれど。


「……痛みは」私は震える声で尋ねた。「痛みは、ないのですか」


ジークは、一瞬、黙った。


「ある」


短い、たった一言。けれど、それがすべてを物語っていた。


「治るが、痛みは消えない。傷の記憶も残る。何百年分の、すべて」彼は塞がりかけた腕を、ゆっくりと握った。「死なないのではない、ヴィオレッタ。俺は——死ねないだけだ」


ハーゲンの言葉が、胸によみがえる。死なねぇから、できたことだ。違った。彼は、終われないから、戦い続けるしかなかったのだ。腹を貫かれ、半身を喰われ、それでも朝には立ち上がって、また剣を握る。終わりという救いさえ、許されないまま。


「それだけでは、ない」彼は、ぽつりと続けた。「年を重ねるごとに、何かが、すり減っていく。色も、味も、音も。今は、何を見ても、薄い膜の向こうにあるようだ。痛みだけが、いつまでも、鮮明に残る」


私は、言葉を失った。「何を食っても味がしない」というハーゲンの言葉の意味が、今、わかった。長く生きすぎた疲れではない。死を奪われたことの、代償なのだ。


「お一人で、ずっと」


「誰も、隣には立てなかった」彼は暮れていく空を見上げた。「俺のそばで戦えば、皆 灰になって死ぬ。守れない。だから、一人で立つしかなかった。それが——当たり前だと、思っていた」


彼の横顔が、ふと、私へ向いた。氷のような目に、昇りはじめた月の光が宿る。


「だが、お前は灰の獣を滅ぼせる。お前なら、俺の隣に立っても、灰にならない。それどころか——お前なら、いつか、この戦いそのものを、終わらせられるかもしれない」


心臓が、跳ねた。


「俺がお前を拾ったのは、偶然ではない」彼は静かに告げた。「あの夜、荒野で、討滅の力の気配を感じた。獣を滅ぼせる気配を。何百年も、待っていたものだ。俺は——その気配を追って、お前のところへ来た」


偶然ではなかった。彼が私を「要る」と言ったのは——終われない自分を、終わらせてくれる相手を、ずっと探していたからなのだ。


その告白は、執着のようでいて、もっと切実な——祈りに近いものだった。


「勝手な男だと、笑え」彼は、ふっと目を細めた。あの、わずかな笑み。「だが、もう離す気はない。お前は、俺が何百年ぶりに見つけた、希望だ」


胸の奥が、苦しいほど締めつけられた。この人の孤独の深さに、触れてしまったから。私は——王都に捨てられて、不幸だと思っていた。けれど、目の前のこの人は、何百年も、たった一人で。


「ジーク様」私は、自然と彼の名を呼んでいた。「私は、逃げませんわ。あなたの隣に立ちます。——いつか、あなたを、終わらせてさしあげる」


彼の目が、わずかに揺れた。


砦へ戻った夜、けれど、私の胸には別の翳りが落ちていた。あの早馬が報せた王都の異変——あれから、続報がない。各地で井戸が濁り、作物が黒く縮れていると伝えてきたきり、王都は、ぴたりと口を閉ざしていた。


「妙でさ」暖炉の前で、ハーゲンが眉を寄せた。「異変が拡大してるなら、もっと泡を食って報せてくるはずだ。なのに——教会が、何も言わねぇ。聖女様が抑えきれてねぇことを、必死で覆い隠してるみてぇに」


沈黙は、ときに悲鳴より雄弁だ。王都の口の重さが、かえって、事態の深さを物語っていた。何かを、隠している。——その予感だけが、凍えた夜気のように、胸に降り積もっていった。


お読みくださりありがとうございます。第5話、ジークの不死の片鱗に触れる回でした。

「死なない」ではなく「死ねない」。痛みも記憶も消えないまま、何百年も一人で戦い続けてきた男。そして彼がヴィオレッタを拾った、本当の理由——二人の力が噛み合う必然が、少しずつ見えてきます。

一方、王都では異変が拡大し、教会は沈黙を貫く。なぜ、隠すのか。次回、ヴィオレッタは"戦う覚悟"を固めます。涙の代わりに、彼女が握るもの——。

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