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壊すしかできない出来損ないの聖女として捨てられた私、不滅の鬼神将軍に拾われて世界で唯一の"討滅の聖女"として溺愛される  作者: 蒼城レイ


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第4話 出来損ないの聖女が、初めて礼を言われた日

翌朝、目を覚ますと、部屋の扉の前に、花が置かれていた。


冷たい辺境では珍しい、小さな野の花の束。誰が置いたのかは、わからない。けれど、そっと拾い上げると、瑞々しい茎が指に触れた。——枯れていない。私が触れても、花が、枯れていない。


胸の奥が、じわりと熱くなった。王都では、花に近づくことさえ許されなかったのに。


砦の広間へ降りると、ざわめきが一瞬だけ止んだ。そして——次の瞬間、兵たちが一斉に立ち上がり、頭を下げた。


「聖女様、おはようございます!」

「昨夜は……本当に、ありがとうございました」


深々と下げられた、いくつもの頭。武骨な、傷だらけの男たちが。


私は、言葉を失った。礼を言われる、という経験が、私の中になかったのだ。何をどう返せばいいのか、わからない。立ち尽くす私に、ハーゲンがにやりと笑いかけた。


「お嬢さん、辺境はね、嘘をつかねぇんでさ。役に立たねぇ奴には冷たいが、命を救った相手には——こうして、ちゃんと頭を下げる」


「……私は、ただ」


「ただ、何百年も終わらなかった戦を、一晩で終わらせただけ、でさ」老兵は声を立てて笑った。「大したことだ。胸を張りなせえ」


その日、私は初めて、辺境の町を歩いた。


昨夜の境界の戦いは、もう町じゅうに知れ渡っていた。すれ違う人々が足を止めて頭を下げ、駆け寄った子どもが、握りしめた木の実を「聖女様に」と差し出す。——誰もが、私に「ありがとう」と言った。一度も、言われたことのなかった言葉を。


王都では、私が通れば人々は道を空けた。けれど、それは敬意ではなく、忌避だった。穢れに触れぬよう、後ずさるための道。同じ「道を空ける」でも、ここでは——人々が、感謝を込めて、私を迎えるために、そうしてくれる。


ひとりの母親が、まだ歩けないほど小さな子を抱いて、私の前に立った。


「この子は……昨夜の境界の、すぐ近くの家の子なんです」彼女は、涙ぐんでいた。「あのまま獣が町まで来ていたら、この子は。聖女様。あなたが、この子の命を、守ってくださった。本当に……本当に、ありがとうございます」


差し出された、温かい命。私は、そっとその子の頬に触れた。枯れない。崩れない。私の手は、この小さな命を、傷つけない。


涙は、もう涸れたと思っていた。なのに、目の奥が、熱かった。


町外れの治療小屋で、私は彼女に出会った。


「あ! あなたが噂の聖女様!」


くるりと振り向いた、赤毛の娘。腕いっぱいに包帯を抱え、頬を上気させている。私と歳の近い、快活な目をした娘だった。


「ニーナっていいます! この小屋で、怪我人の手当てをしてるんです。……といっても、わたしは聖女の力なんてないから、できるのは布を巻くことくらいですけど」


彼女は少しだけ、肩を落とした。


「灰の獣にやられた人を、何人も見てきました。わたしには、助けられなかった。聖女様みたいに、戦えたらって……何度も思ったんです」


「戦えることだけが、人を救うのではありませんわ」


言葉が、自然に零れた。ニーナが目を見開く。


「あなたが布を巻いた人は、生きて帰れたのでしょう? それは、誰にでもできることではありませんのよ。私は——壊すことしかできませんもの」


ニーナは、ぱっと笑った。陽だまりのような笑顔だった。


「聖女様、変わってますね! でも、好きです、そういうの。……ねえ、お友達になってくれませんか? わたし、同い年くらいの女の子の友達、いなくて」


友達。その言葉を、私は久しぶりに聞いた気がした。妹に家を追われ、王都で孤立し、捨てられた私に——差し出された、まっすぐな手。


「ええ。喜んで」


握り返した手は、薬草の匂いがして、温かかった。


夕暮れ、砦に戻ると、ジークが中庭で剣の手入れをしていた。私の気配に、彼は顔を上げる。


「町を見たか」


「ええ。皆、優しくしてくださいました。……王都とは、まるで違いますわ」


「辺境は、戦う者を敬う」彼は剣を鞘に納めた。「だが、それだけではない。お前は——昨夜、終わらせた。終わらせられる者は、ここにはいなかった。俺以外には、誰も」


昨夜の問いの続きだ、と私は悟った。なぜ、これほどの力を見せて、それでも捨てられたのか——その先を、彼は目で問うている。


私は、胸元に手をやった。そこには、母の形見が一つだけ、首飾りとして掛かっている。古い、銀の小さな飾り。聖女の紋章に似ているが、どこか違う——剣を象った、見慣れない意匠。


「これは、母の形見ですの」私はそれをそっと握った。「母は私が幼い頃に亡くなりました。"前の聖女"だったと聞いています。けれど……母のことを、王都の誰も、詳しくは語りたがりませんでしたわ。まるで、触れてはならないことのように」


ジークの目が、ふと、その首飾りに留まった。何かを言いかけて——けれど、彼は口を閉じた。


「……いずれ、話す」


それだけ言って、彼は背を向けた。何を知っているのか。私の母と、この辺境に、何の関わりがあるのか。問い返そうとした、そのとき。


砦の門に、馬蹄の音が響いた。


「将軍! 王都からの早馬です!」


息を切らした伝令が、馬から転げ落ちるように駆け込んでくる。その顔は、青ざめていた。


「王都が……様子がおかしいと。聖女様がいなくなってから、各地で、原因不明の異変が起き始めていると——!」


お読みくださりありがとうございます。第4話、ヴィオレッタが初めて「ありがとう」を受け取る回でした。

友人ニーナの登場、そして母の形見——ヴィオレッタの出自には、まだ語られていない秘密があります。剣を象った、聖女の紋章に似て非なる飾り。これが何を意味するのか、いずれ。

そして物語は、いよいよ動き出します。彼女を捨てた王都で、「聖女不在」の異変が——次回、死なない将軍の、誰も知らない理由に触れていきます。

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