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壊すしかできない出来損ないの聖女として捨てられた私、不滅の鬼神将軍に拾われて世界で唯一の"討滅の聖女"として溺愛される  作者: 蒼城レイ


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第3話 灰に還す祈り

境界の砦は、混乱の中にあった。


兵たちが慌ただしく弓を構え、油を含ませた松明を掲げる。だが、灰色の獣の群れを前にして、その手は誰もが震えていた。無理もない。あれに触れられれば、人も鎧も、ただ灰になって崩れるのだ。


「将軍! 数が多すぎます! 封印石も、もう三つ目が砕けました!」


叫んだのはハーゲンだった。砦の四隅に据えられた青白い石——守りの聖女が遺した封印の要が、獣の唸りに呼応して、ひびを刻んでいく。


「弓では灰になるだけだ。火も効かん」ジークが大剣を抜いた。「俺が出る。お前たちは下がれ」


彼が一歩踏み出そうとした、その腕を、私はつかんだ。


「お待ちなさい」


ジークが振り向く。氷のような目が、わずかに揺れた。


「あなたは、何度斬っても獣を"散らす"だけですわ。散ったものは、また集まる。封じる石が砕ければ、また湧く。——いつまでも、終わりませんのよ。それを、ずっと続けてこられたのでしょう?」


彼は答えない。けれどその沈黙が、答えだった。何百年も。終われないまま。


「私が、終わらせますわ」


「……お前は、壊す側だと言ったな」


「ええ。壊すことしかできない、出来損ないですもの」私は門の前へ歩み出た。「でしたら——壊してさしあげます。あなた方が封じることしかできなかったものを、根こそぎ」


門が開いた。冷たい夜気とともに、灰色の群れがなだれ込んでくる。


最初に動いたのは、私ではなかった。門の脇に控えていた若い兵が、盾を構えて前へ踏み出したのだ。仲間を、私を、庇うように。


「下がれ!」ハーゲンの声が飛ぶ。けれど、遅かった。


犬ほどの獣が一匹、低く跳ねて、その盾に取りついた。鉄の盾が、触れられた一点から、霜が走るように白く曇る。そして——音もなく、端から崩れた。さらさらと、盾が灰になっていく。獣はその崩れた縁を伝って、兵の籠手へ取りつこうとした。


「ぐっ……あ、」


兵が悲鳴を噛み殺した。手甲の革が、指先から灰に変わり始めている。痛みではない。冷たさでもない。ただ、自分の体が"無くなっていく"恐怖。彼の顔から、血の気が引いた。


仲間が槍で獣を突く。けれど穂先は獣の揺らぐ輪郭をすり抜け、かすめた獣の体は、また寄り集まって元へ戻る。別の兵が松明を突き出す。炎は獣を照らすだけで、灰へ還す力はない。何人かがかりで囲み、押し返そうとする——その隙に、横から二匹目が、囲みの兵の足首へ取りついた。


「来るな、来るなっ……!」


守りの輪が、内側から崩れていく。盾は灰になり、槍は届かず、火は効かない。何百年、この境界で繰り返されてきた光景なのだと、私は悟った。守る、押し返す、耐える——そのたびに、誰かが灰になって欠けていく。守りでは、犠牲が出る。終わりは、来ない。


兵の籠手が、手首まで崩れた。あと一寸、肌に触れれば、彼の腕ごと灰になる。


——もう、見ていられなかった。


先頭の一匹が、私めがけて跳んだ。


恐怖はなかった。あったのは、ただ静かな確信だ。荒野で一匹を灰にしたあの感覚を、私はもう知っている。両手を、迫る獣へ向ける。


祈った。女神にではない。ただ、世界へ告げるように——「終われ」と。


手のひらから、音もなく白い火が走った。


跳びかかった獣は、声もあげずに崩れた。さらさらと、白い灰になって。私は身を翻し、あの若い兵に取りついた二匹へも、手を向けた。籠手を蝕んでいた獣が、肌に届く寸前で、灰になって剝がれ落ちる。崩れかけた手首を抱え込み、兵は呆然と私を見上げた。生きている。崩れずに、残っている。


続く二匹、三匹。揺らめく輪郭が、私の火に触れた端から、次々と崩落していく。爆発も、炎の轟きもない。ただ、灰になって、風に溶ける。


恐ろしいほど、静かだった。これが、私の力。王都で祭壇を砕き、花を枯らし、忌まれ続けたこの力。けれど、ここでは違う。これは破壊ではない。穢れを、なかったことにする力だ。世界から、災厄という汚点を、そっと拭い去る力。


獣たちが、私を取り囲もうとする。横から、後ろから、牙を剝いて。けれど、私は慌てなかった。両手を、扇のように広げる。狙った範囲だけを、断つ。砦の壁も、味方の兵も、傷つけない。白い火が、薄い膜のように広がり、触れた獣だけを、端から灰へと還していく。


「な……」誰かが呆然と呟いた。「燃やしてるんじゃ、ない。あれは——」


「消えてる」ハーゲンの声が掠れた。「灰の獣が、灰になって、消えてやがる」


群れが怯んだ。けものの本能で、それが何を意味するか悟ったのだろう。一斉に後ずさり、闇へ逃げ戻ろうとする。けれど、私は追った。砦の外へ、灰の獣が湧く境界の裂け目まで。


裂け目の奥に、黒く滲む大きな影が蠢いている。あれが、群れを吐き出す源。私は両手をかざし、息を吸った。


「これで、最後ですわ」


白い火が、奔流となって裂け目へ流れ込んだ。


影が、声なき悲鳴のように身をよじり——崩れた。境界の地面に走っていた黒い染みが、外側から内側へ、見る間に白く澄んでいく。穢れが、灰になって、洗い流される。やがて、闇に沈んでいた境界一帯が、嘘のように静まり返った。


風が、頬を撫でた。先ほどまでの、肌を刺す凍えた風ではない。澄んだ、清らかな夜風だった。


砦に、長い静寂が落ちた。


誰も、声を出せなかった。何百年も繰り返してきた攻防が——ほんの数分で、終わってしまったのだから。


その静寂を破ったのは、ひとりの若い兵だった。


「……灰の、獣が」彼はがくりと膝をついた。「消えた。封じたんじゃない。消えたんだ。もう、湧かない……!」


堰を切ったように、歓声が上がった。兵たちが、声を限りに叫んでいる。武器を放り出して抱き合う者、地に伏して泣く者。「聖女様だ」「本物の聖女が来た」——その声の波が、凍えた辺境を、初めて熱で満たしていく。


ハーゲンが、震える手で口元を覆っていた。何十年も、この境界で、仲間が灰になるのを見送ってきた老兵。その目から、涙が、ひとすじ零れた。


「終わった……」彼は掠れた声で呟いた。「俺たちが、何代もかけて、終わらせられなかったものを。たった一晩で。お嬢さんが——」


先ほどまで私を遠巻きに見ていた者たちが、今は祈るように私を見ていた。畏怖と、歓喜と。けれど、そのどちらにも、王都で向けられた侮蔑は、なかった。


私は、立ち尽くしていた。


王都では、この同じ力で——祭壇を砕き、花を枯らし、忌まれ、捨てられた。「破滅の聖女」と。けれど、ここでは。


ふいに、足元で何かが目に留まった。たった今、私が裂け目を灰に還した、その跡。黒く穢れていたはずの地面に——ぽつりと、緑が見えた。


小さな、芽だった。


灰の上に、なぜか一本だけ、若い芽が顔を出している。災厄に侵されていた地で、初めて芽吹いた命。


息が、止まった。私の力は、ただ壊すだけのものではなかったのだ。


「ヴィオレッタ」


背後で、低い声がした。振り向くと、ジークが立っていた。歓声の中で、彼だけが静かに、私を見ていた。氷のような顔に、これまで見たことのない色が滲んでいる。


「お前は——王都で、なぜ捨てられた」


その問いの意味を、私はまだ、完全には理解していなかった。


お読みくださりありがとうございます。第3話、ヴィオレッタの最初の討滅でした。

「破滅の聖女」と忌まれた力が、辺境では唯一の救いになる——書いていて、私自身が一番胸が熱くなった回です。灰の上に芽吹いた、あの小さな緑にも、意味があります。

次回、辺境の人々がヴィオレッタに「ありがとう」と言う日。出来損ないと呼ばれた彼女が、初めて礼を言われます。そして将軍が、彼女の過去へ手を伸ばし始めます。

ここまで読んでくださったあなたへ——もし胸が動いたら、ブックマーク・☆評価をいただけると、本当に励みになります。この力の物語を、最後まで見届けてください。


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