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壊すしかできない出来損ないの聖女として捨てられた私、不滅の鬼神将軍に拾われて世界で唯一の"討滅の聖女"として溺愛される  作者: 蒼城レイ


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第2話 死なない将軍の、凍えた辺境

馬上で三日。北へ進むほど、世界から色が失われていった。


枯れた草原が灰色の岩肌に変わり、低く垂れこめた雲が陽の光を吸い取っていく。私を前に乗せたジークヴァルトは、ほとんど口をきかなかった。背に感じるのは、人とは思えぬほど揺るがない体温だけ。


道中、いくつもの集落を通り過ぎた。けれど、北へ進むほど、人の姿は減っていった。打ち捨てられた家。崩れたまま放置された畑。誰かが、ここから逃げたのだ。あるいは——逃げる前に、灰になったのか。荒れ果てた村の井戸端に、色を失った布きれが一枚、風に揺れていた。私は、それを見ないようにして、前を向いた。


「寒いか」


不意に、低い声が降ってきた。


「……いいえ。慣れておりますわ。捨てられる前から、王都の聖堂はいつも冷えておりましたの」


私の皮肉に、彼は答えなかった。ただ、自分の外套をわずかにずらし、私の肩へ回した。それきり、また黙る。——不器用な人。心の中だけで、そう呟いた。


グレンツェ辺境は、想像していたよりずっと、凍えていた。


砦を中心にした小さな町。石造りの家々は風除けに身を寄せ合い、人々の顔には深い疲れが刻まれている。けれど——荒涼としているのに、王都のような冷たさはなかった。砦の門をくぐった瞬間、兵士たちが一斉に駆け寄ってきたのだ。


「将軍! ご無事で!」

「灰の獣は、また出ましたか」


その声には、恐れでなく、信頼があった。ジークが軽く頷くと、彼らの強張った肩から力が抜ける。この人は、ここでは恐れられているのではない。頼られているのだ。


「ハーゲン」


ジークが呼ぶと、白髪交じりの老兵が前に出た。深い皺と、抜け目のない目。腰には使い込まれた剣。


「お帰りなさいませ、将軍。……おや、こちらのお嬢さんは」


「客人だ。丁重に扱え」


それだけ言うと、ジークは砦の奥へ消えていった。残された私と、老兵と、不躾でない程度の好奇の視線が、その場に取り残される。


「ハーゲンと申します。辺境軍の、まあ……お目付け役ってとこですかね」老兵はにやりと笑った。「将軍が女人を連れ帰るなんて、何百年——いや、長く仕えてますが、初めてでさ」


「何百年、ですって?」


言葉尻を捉えると、ハーゲンは「おっと」と肩をすくめた。けれど、その目の奥に、ごまかしきれない何かが揺れたのを、私は見逃さなかった。


「年寄りの口は、すべりやすくていけねぇ」彼は咳払いをした。「さ、お部屋へご案内しやしょう。冷えますんでね。辺境の夜は、王都の比じゃねぇんでさ」


案内された道すがら、私はそれとなく砦の中を観察した。壁には、無数の剣傷のような痕。床には、消えきらない焦げ跡。そこかしこに、長い長い戦いの記憶が、刻みつけられている。すれ違う兵たちは、皆、どこか疲れた顔をしていた。けれど、その疲れの底に、奇妙なほど深い——誇りのようなものが、見えた気がした。


夜。割り当てられた小さな部屋で暖炉の火を見ていると、ハーゲンが温かい麦の粥を運んできた。空腹だった。王都を出てから、まともな食事は初めてだ。


「お嬢さん、辺境じゃね」椅子を引き寄せ、老兵は声をひそめた。「将軍は神様で、死神なんでさ。死なねぇんだ、あの人は」


匙を持つ手が、止まった。


「腹を貫かれても、崖から落ちても、灰の獣に半身を喰われても——朝には立って歩いてる。傷は塞がり、血は止まる。俺が若い頃にはもう、あの人は将軍だった。俺の親父の代にも、同じ顔で剣を振ってたそうでさ」


「……それは、おとぎ話の類では」


「だといいんですがね」ハーゲンの目から笑いが消えた。「この辺境は、ずっと"灰の獣"の出る地でね。触れたものを灰に変える、忌々しい獣だ。守りの聖女様が封じても、封印はじき緩む。緩めば獣が湧く。それを、将軍がただ一人、何百年も身を盾に食い止めてきた。死なねぇから、できたことだ」


暖炉の火が、ぱちりと爆ぜた。


「王都はそれを知りません。獣を封じる手柄は教会のもの、ってことになってる。辺境が将軍に忠義を尽くすのはね、お嬢さん——この人だけが、俺たちのために死ねもしないで戦い続けてくれたって、皆が知ってるからでさ」


胸の奥が、ざわついた。死なないことは、救いだとばかり思っていた。けれど——終われないことは、本当に救いなのだろうか。何百年も、同じ戦いを、たった一人で。仲間が老いて死に、その子も死に、孫も死んでいくのを、変わらぬ姿で見送りながら。


「将軍はね」ハーゲンは、暖炉の火を見つめた。「決して、笑わねぇんでさ。怒りもしねぇ。何を食っても、味なんかしねぇって、いつだったか、ぽつりと言ってたことがある。長く生きすぎて、何もかも、すり減っちまったのかもしれねぇ。——人ってのは、終わりがあるから、生きていられるんでしょうな」


味がしない。その言葉が、なぜか、胸に残った。馬上で外套をかけてくれた、あの不器用な仕草を思い出す。あの人は、何を感じて、生きているのだろう。


「あんたが来るまでは」ハーゲンは静かに言った。「それが、せめてもの救いだと思ってましたよ。だが将軍は、あんたを連れ帰った。荒野でひとりで、灰の獣を"灰に還した"娘だと言ってね。封じるんじゃない。滅ぼしたと」


老兵は私をじっと見た。値踏みではない。祈るような目だった。


「お嬢さん。あんた、本当に——あれを、消せるのかい」


答えに迷った、そのときだった。


砦の鐘が、けたたましく鳴り響いた。一度、二度、三度。ハーゲンの顔色が変わる。


「境界だ……! 灰の獣の眷属が、辺境の境界に出やがった!」


外へ駆け出す老兵を追って、私も立ち上がる。冷たい夜風の中、松明の灯りが慌ただしく動いていた。砦の物見櫓の向こう、闇に沈んだ境界の方角に——いくつもの、灰色の揺らめきが、ぼんやりと滲んで見えた。


ひとつではない。


犬ほどの獣が、群れをなして、こちらへ迫っている。


お読みくださりありがとうございます。第2話、凍えた辺境への到着でした。

死なない将軍の本当の意味、辺境の人々が彼に尽くす理由——少しずつ、その輪郭が見えてきます。

そして次回、いよいよ第3話。守りの兵では止まらない灰の獣の群れを前に、ヴィオレッタの"壊す力"が何なのか、辺境のすべてが思い知ります。

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