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壊すしかできない出来損ないの聖女として捨てられた私、不滅の鬼神将軍に拾われて世界で唯一の"討滅の聖女"として溺愛される  作者: 蒼城レイ


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第11話 死なない男の、眠れない夜

灰の群れは、その夜のうちには来なかった。


北の地平に垂れこめた灰色の靄は、風向きが変わると、再び闇に紛れて見えなくなった。獣の群れというものは、潮のように満ち引きするのだとハーゲンが言った。今夜は引いた。けれど次は分からない。辺境の砦は、夜通し篝火を絶やさず、兵が交代で境界を見張った。


私は眠れなかった。


寝台に横たわっても、瞼の裏に灰色の波が蠢く。あれが押し寄せれば、辺境の村は——ニーナの治療小屋は、ひとたまりもない。守りの祈りでは止まらない。けれど私の討滅は、一度に何匹も灰に還せるわけではない。数で来られれば、私は。


考えても仕方のないことを考えて、私は寝台を抜け出した。


砦の廊下は冷えていた。篝火の灯りを頼りに歩いていると、剣戟の音が、訓練場の方から聞こえた。こんな夜更けに。誰かと思って覗いて——足が、止まった。


ジークだった。


一人で、藁束に向かって剣を振っていた。月明かりの下、無駄のない動きで、けれど——どこか、何かを振り払うように。一振りごとに、低い、押し殺した息が漏れる。


「眠れませんの?」


声をかけると、彼の剣が止まった。振り返った顔は、いつもの無表情。けれど、月明かりが照らしたその目元に、私は初めて、濃い隈を見た。


「……お前こそ」


「灰の波が気になって。あなたは?」


彼はしばらく黙っていた。それから、剣を鞘に納め、藁束に背を預けて座り込んだ。隣に来い、というように、わずかに場所を空ける。私は座った。冷えた石が、薄い夜着越しに冷たい。


「俺は、眠らない」彼は北の空を見たまま言った。「眠れない、が正しいか」


「不眠症ですの」


「違う」ジークは、ふ、と息だけで笑った。「眠ると——忘れる」


その横顔を、私は見た。


「死なない、と人は俺を呼ぶ」彼は淡々と続けた。「確かに、俺は死なない。剣で貫かれても、塞がる。腕を落とされても、生える。だがな、ヴィオレッタ。死なないことと、痛まないことは、別だ」


彼は左の手のひらを開いた。月明かりに、無数の古い傷痕が浮かぶ。


「傷は塞がる。だが、痛みは消えない。塞がった後も、ずっと残る。何百年分の痛みが、ここに」彼は自分の胸を、軽く叩いた。「積もっている。眠ると、それが夢になる。だから——眠らない」


私は、何も言えなかった。


「それだけなら、まだいい」彼の声が、わずかに掠れた。「忘れていくんだ。古いことから、順に。最初に拾った部下の顔も。初めて灰の獣と戦った日のことも。……母が、どんな声だったかも、もう思い出せない」


死を、獣に奪われている。


後に私が知る、彼の不死の真相。けれどこの夜の私は、まだそれを知らない。ただ、目の前の男が、死なないという「祝福」の名の下で、痛みと忘却に、何百年も独りで耐えてきたことだけを、知った。


「お前は」彼は、ふと私を見た。「変な女だ。皆、死なない俺を、羨むか、恐れるかのどちらかだ。お前は——どちらでもない顔をしている」


「だって」私は彼を見返した。「羨ましくも、恐ろしくもありませんもの。ただ——お労しい、と思いますわ」


彼の目が、わずかに見開かれた。


「……労しい、か」彼は、その言葉を確かめるように繰り返した。「初めて、言われた」


私は、自分の胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるのを感じた。


ずっと、私は「拾われた」側だと思っていた。捨てられた私を、彼が「お前の力が要る」と拾った。だから私が、彼の役に立つのだと。彼は強くて、死ななくて、何も要らない人なのだと。


違った。


この人は、死ねないだけだ。終われないだけだ。誰も隣に立てず——立てば巻き添えで死ぬから——独りで、痛みを抱えて立ち続けてきた、それだけの人だった。


「ジーク」私は、初めて彼の名を、そう短く呼んだ。「私、あなたの灰の獣を、滅ぼしますわ」


「……知っている。お前の力が要るから、拾った」


「いいえ」私は首を振った。胸の奥で、確かに、何かが向きを変えた。「最初は、そうでしたわね。でも今は、違いますの。——あなたが終われるように。あなたのその痛みを、忘却を、終わらせてあげたいから。私、滅ぼしますわ」


ジークは、長いこと、私を見ていた。


それから、ゆっくりと、手を伸ばした。私の頭に、傷だらけの大きな手が、そっと触れる。撫でるというには不器用な、けれど、確かに温かい手だった。


「……離さない」彼は、絞り出すように言った。「お前は、俺を終わらせられる。だから——離さない。離したく、ない」


執着の言葉のはずだった。けれどそれは、まるで、長い夜に独りでいた子どもの、すがるような声に聞こえた。


私はその手を、振り払わなかった。むしろ、もっと触れていてほしいと思った。——いつから、私はこの人に、こんなにも。


その夜、私たちは、夜明けまで言葉少なに北の空を見ていた。


そして、朝の光が地平を白ませた、その時。


見張りの兵が、櫓の鐘を激しく打ち鳴らした。


「灰の群れ! 灰の群れが、来るぞ——っ! 北のクルム村へ、向かっている!」


潮が、満ちた。


私は立ち上がった。隣で、ジークも剣を取った。眠れない夜は終わり——守るべきものへ、灰の波が、迫っていた。


お読みくださりありがとうございます。第11話、死なない男の夜でした。

強くて無敵に見える人ほど、その内側で何を抱えているのか。「お労しい」——その一言に、ジークがどれだけ救われたか。そしてヴィオレッタの胸に芽生えた「守りたい」という想い。拾われた側だったはずの彼女が、初めて、この人を終わらせてあげたいと願います。

そして次回・第12話、二人は初めて並んで戦います。討滅と不死、噛み合う二つの力が、迫りくる灰の波を断つ——どうかその瞬間を、見届けてください。続きが気になっていただけたら、ブックマーク・☆評価で応援いただけると、とても励みになります。


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