第四話:聖炎と黒狐
第四話:聖炎と黒狐
爆炎が夜の海を染めていた。
蒼い海峡は、もはや霧の海ではない。
黄金の聖炎。
青白い雷撃。
砕け散る魔導障壁。
無数の光が入り乱れ、海そのものが燃えているようだった。
その中心で。
セレナ・フォン・ローエングリンは空を翔けていた。
炎の翼を広げ、白銀の鎧を輝かせながら。
その姿は、もはや一人の騎士ではない。
兵士たちの畏怖と信仰を背負った、“帝国の象徴”そのものだった。
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「右舷損傷!」
「幻影じゃない、本体だ!」
「雷撃来ます!」
帝国艦隊では混乱が広がっていた。
幻影艦。
海流攪乱。
濃霧。
キリル艦隊の戦術は徹底していた。
正面から戦わない。
捕まらない。
だが確実に削る。
帝国軍の若い砲手が震える声を漏らす。
「なんで当たらねえんだよ……!」
隣で先任兵が怒鳴る。
「慌てるな! 撃ち続けろ!」
その時。
黄金の光が海を照らした。
セレナだった。
彼女が空を駆けるだけで、兵士たちの顔に希望が戻る。
「殿下だ!」
「聖炎の皇女!」
「まだ押し返せる!」
英雄とは、戦力だけではない。
存在そのものが軍を支える。
セレナはそれを理解していた。
だから止まれない。
どれほど身体が悲鳴を上げても。
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(重い……)
空を飛びながら、セレナは小さく息を乱した。
聖炎結界の維持。
艦隊全体との星脈リンク。
さらに個人戦闘。
普通の術者なら、とっくに魔力枯渇を起こしている。
だが彼女は飛ぶ。
前へ。
ただ前へ。
(退けば帝国軍が崩れる)
(なら、私が支えなければ)
彼女の脳裏に、皇帝ルートヴィヒの言葉が蘇る。
『帝国の光となれ』
その言葉を信じたい。
だが。
同時に。
ディアナ・ローゼンフェルトの微笑も浮かぶ。
あの女の瞳。
まるで人を見ていないような、底知れない冷たさ。
セレナは無意識に歯を食いしばった。
その迷いを振り払うように、彼女はさらに加速する。
眼前には黒い艦――『シルヴァーナ』。
キリルの旗艦。
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「来るぞ!!」
連合側で怒号が飛ぶ。
セレナが突っ込んでくる。
炎を纏いながら。
一直線に。
まるで災害だった。
連合兵の一人が顔を引きつらせる。
「おいおい……あれ人間か?」
「化け物だろ……!」
キリルは甲板中央で静かにそれを見上げていた。
潮風がコートを揺らす。
だが表情は落ち着いている。
「ガルド」
「はいよ」
「死ぬなよ」
「提督もな」
短いやり取り。
それだけだった。
セレナが突撃する。
聖剣が振り下ろされる。
次の瞬間。
黄金の炎が炸裂した。
轟音。
甲板が爆ぜる。
装甲が溶ける。
連合兵が吹き飛ばされる。
ガルドが大斧で炎を受け止めた。
「ぐっ……!」
膝が沈む。
腕が軋む。
重い。
馬鹿みたいに重い。
セレナはさらに追撃する。
光の矢。
炎の斬撃。
一撃ごとに艦が悲鳴を上げる。
「消火急げ!」
「魔導炉温度限界!」
「隔壁閉じろ!」
甲板は地獄だった。
だが。
キリルは冷静だった。
「第二群、右翼へ」
「第三群、雷撃準備」
矢継ぎ早に命令を飛ばす。
その視線はずっとセレナを追っていた。
(速い)
(強い)
(真っ直ぐすぎる)
だからこそ危うい。
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セレナが再び突撃する。
キリルは拡声魔法を起動した。
「皇女殿下!」
声が海峡に響く。
セレナが一瞬だけ視線を向ける。
「貴方、本当にそれでいいのか?」
「……何?」
「帝国の正義ってやつだ」
セレナの眉が動く。
キリルは続けた。
「占領地で泣いてる連中も、その炎で焼かれる側も、全部“秩序のため”で片付けるのか?」
「……黙りなさい」
「貴方は本当に見たのか?」
セレナの表情が揺れる。
ほんの一瞬。
その隙をキリルは見逃さなかった。
「今だ!」
雷撃が走る。
複数の魔導艦から放たれた青白い閃光。
セレナは咄嗟に聖炎結界を展開した。
激突。
空中で爆発が起きる。
衝撃が彼女の身体を揺らした。
「っ……!」
結界が軋む。
反動が全身を貫く。
視界が揺れる。
それでも彼女は墜ちない。
帝国艦隊から歓声が上がった。
「殿下!」
「まだ飛んでる!」
セレナは空中で姿勢を立て直す。
荒い呼吸。
汗が頬を伝う。
だが瞳は死んでいない。
「その程度で……!」
聖炎が再び膨れ上がる。
キリルは目を細めた。
「本当に無茶するな……」
ガルドが苦笑する。
「提督、説得向いてませんぜ」
「知ってる」
セレナが叫ぶ。
「私は帝国を守る!」
聖炎が爆発する。
巨大な炎の奔流が海を裂いた。
『シルヴァーナ』へ直撃。
轟音。
艦が激しく傾く。
連合兵たちが転倒した。
警報音が鳴り響く。
「中央甲板大破!」
「魔導炉損傷!」
「消火間に合いません!」
炎。
煙。
悲鳴。
それでもキリルは立っていた。
焼け焦げた甲板の上で。
静かにセレナを見上げる。
そして笑った。
「なるほど」
その目に宿るのは恐怖ではない。
興味だった。
「やっぱり貴方、ただの理想家じゃない」
セレナもまた息を切らしながら彼を見る。
黒煙の中。
崩れかけた艦の上で。
それでも冷静に立つ男。
(この男……)
ただの卑劣な策士じゃない。
誰より冷静で。
誰より戦場を理解していて。
そして。
誰より“死なせない”戦いをしている。
セレナは気づき始めていた。
だからこそ腹立たしかった。
自分の中の正義が揺れるから。
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海峡は炎に包まれていた。
帝国軍も。
連合軍も。
互いに傷つきながら、それでも退かない。
だが。
二人は理解し始めていた。
この戦いは。
ただの敵同士の衝突では終わらない。
もっと厄介な何かへ繋がっていく。
そんな予感が。
確かにあった。




