第6話:理想郷は、最初から“そういうことになっていた”
完璧なゲームのタイトル画面は、完璧に綺麗だった。
むしろ腹が立つくらい綺麗で、腹が立つくらい面白そうで、腹が立つくらい、俺の好みに合っていた。
なのに、手が止まる。
一応、エンディングまで見た。隠し要素も確認した。BGMも神だった。戦闘テンポも気持ちよかった。シナリオも、たぶん泣ける部類だった。でも、もう一回やりたいとは思わなかった。
「……いや、まあ」
俺は画面から目をそらした。
「創作は、ちょっと違っただけだろ」
「何がですか……?」
背後から、いつもの声が飛んでくる。
「方向性かな? よく分かんねーけど、俺の“好き”とは違った」
「はあ……」
「街の方は大丈夫だろ。あっちはちゃんと成功してる」
自分で言っていて、少しだけ安心した。
そうだ。街は違う。
あれはちゃんと人が来ていた。盛況だった。メイド喫茶も、温泉も、アニメショップも、同人文化エリアも、外から見れば大成功そのものだった。
だから、創作だけだ。
たまたま、あれだけが俺に合わなかった。
そういうことにした。
「行くぞ、ミア」
「どちらへ……?」
「〈秋葉原〉。視察」
立ち上がる。
画面を開き、街区の状況をざっと流し見る。来客数、施設稼働、売上推移、満足度。数字は全部、気持ち悪いくらい優秀だった。
「ほらな」
「はい?」
「やっぱり街の方は普通に当たってるじゃん」
「はい。稼働率は良好です」
「“稼働率”って言い方が嫌だな」
言いながら転移する。
次の瞬間、視界が切り替わった。
通りには人がいた。賑わいもあった。看板は目立つし、店先には商品が並び、客の熱気で湯気も立っている。歩いているだけで楽しいはずの景色だった。
実際、最初の数分は安心した。
メイド喫茶には客が入り、温泉施設の受付には列ができ、グッズショップでは人が棚を見ている。同人誌印刷所にも持ち込みがあるらしく、スタッフが忙しそうに動いていた。
「な」
「はい」
「やっぱ普通に人気じゃん」
「はい」
ミアはそれだけ言った。
俺は通りを歩きながら、店を順に見て回った。
メイドたちは相変わらず完璧だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「本日のおすすめもございます」
「ごゆっくりお過ごしください」
客も満足そうだった。
「素晴らしいですね」
「落ち着きます」
「最高です」
やっぱり、いい。
いい、んだけど。
少し歩いて、見て、聞いているうちに、何かが引っかかった。
褒め方が、似ている。
店が違うのに、反応の温度が近い。
もっとこう、あるだろ。人によって刺さる場所の違いとか、変なテンションの上がり方とか、細かい好みの偏りとか。
でも、この街の客は全体的に、ちょうどよく喜ぶ。
ちょうどよく満足して、ちょうどよく帰る。
変なはしゃぎ方をする奴がいない。
看板の前で固まる奴もいない。
そもそも誰も、「これ何ですか」と聞かない。
俺は足を止めた。
「……なあ」
「はい」
「おかしくないか」
「何がでしょう……? 仕様上は問題ありません……」
「いや、何がって」
アニメショップの店先を見る。
異世界のこの国に、昨日まで存在しなかったはずのポスターが貼ってある。キャラ絵。ロゴ。グッズ展開。どれも俺の好みに寄せて作った、いわば“俺流”異世界産アニメ文化だ。
普通、もっと戸惑うだろ。
何だこれ、ってなるだろ。
なのに客は最初から、この文化を知っている顔で棚を見ている。
妙に馴染みがいい。
いや、良すぎる。
そのときだった。
若い男の客が、ポスターの前で足を止めて、しみじみした顔で言った。
「これ、昔から好きだったんですよね」
俺は、その場で固まった。
昔から?
何を言ってるんだ、こいつ。
ついこないだ作ったんだぞ、それ。
「……なあ、ミア」
「はい」
「この店の客、馴染むの早すぎないか?」
「はい」
「“はい”じゃなくて」
ミアは少しだけ目をそらした。
嫌な予感がした。
ものすごく、嫌な予感がした。
「施設稼働率と満足度維持のため、周辺住民の認識と受容性には補正が入っています」
「……は?」
「初期の従業員と来客にも、一部、神界側で生成した人材を含んでいます」
「……」
「円滑な立ち上がりのためです」
数秒、言葉が出なかった。
いや、理屈は分かる。
分かるんだよ。
こんな文化、前提なしでいきなり異世界へ置いたら、そりゃ混乱する。メイド喫茶も温泉もアニメショップも同人誌印刷所も、土台のない世界に急に生やして自然に回るわけがない。
だから仕込みが必要だった。
客役も、従業員も、受容する空気も、最初から用意した。
たぶん、そうしないと成立しない。
それは分かる。
分かるのに、何だか冷めちまう。
「全部……仕込みじゃねえか?」
「円滑な立ち上がりのためです……」
「二回言うな」
頭を掻く。
怒鳴るほどじゃない。騙されたとも少し違う。むしろ、そんなことしないと成り立たないのに、俺がそこまで考えてなかっただけだ。
でも。
でも、だ。
「……なるほどな」
「はい……」
「理解されたんじゃなくて、理解済みの客を置いただけか」
「結果としては、そうなります」
結果としては。
便利な言い回しだな、それ。
俺はもう一度、通りを見た。
賑わっている。
成功している。
外から見れば、完璧だ。
でも今となっては、景色の見え方が少し違ってきた。
店を褒める声も、盛り上がる雰囲気も、全部が最初から“そうなるように”調整されていた。
好きだから来たんじゃない。
好きという前提を入れられている。
理解したから残ったんじゃない。
理解できるようにされている。
「……微妙だな」
「何がですか……?」
「好きなものを、好きなふりで消費されるの」
自分で言ってから、少しだけ意外だった。
もっと雑に喜ぶと思っていた。
人気ならそれでいい、で終わると思っていた。
でも実際にそうなると、何か違った。
好きなものって、もっと偏っているものじゃないのか。
変なところで刺さって、妙なテンションで語り出して、他の奴にはまるで伝わらないくらいでいいんじゃないのか。
この街には、それが薄い。
全員が、ちょうどよく分かっている。
ちょうどよく好きだ。
ちょうどよく満足している。
それが、妙に気持ち悪かった。
夜。
高い場所から〈秋葉原〉を見下ろした。
灯りが綺麗だった。通りにはまだ人がいて、店も回っている。俺が欲しかったものは、たしかにそこに並んでいた。
並んでいる、はずだった。
「成功はしてるんだよな」
「はい」
「人気もある」
「あります」
「でも、それって」
そこで言葉が止まる。
何と言えばいいのか、自分でもまだはっきりしなかった。
偽物、とは違う。
全部、ちゃんと存在している。
でも、何というか、実感が薄い。
最初から“人気施設であること”まで込みで設計された舞台を見ている感じがする。
「……まあ、いいか」
口に出してみたが、前みたいには流せなかった。
下を見れば、客が笑っている。
店員が頭を下げている。
通りは明るい。
完璧だ。
そのはずなのに、胸の奥に小さなざらつきが残った。
創作だけじゃなかったのかもしれない。
そう思った瞬間、自分でちょっと嫌になった。
まだ認めたくなかった。
だって、ここまで来て、それまで駄目だったら、さすがに笑えない。
だから俺は、そのざらつきを無理やり押し込めることにした。
今はまだ。
今はまだ、考えない。




