第5話:理想のゲームを作ってやった
朝、最高の気分で目が覚めた。
昨夜のことを思い返して、笑いが込み上げてくる。
王女。
聖女。
魔族の姫。
エルフ娘。
どう考えても現実感のない顔ぶれに囲まれて、その視線も言葉も態度も、全部がこっちを向いていた。
嫌なわけがない。
むしろ、あれを嫌がる方がどうかしてる。
ベッドの上でぼんやり天井を見ながら、俺は口元を押さえた。
「……すげえよな、ほんと」
思い出すだけで、まだ体の中心が熱くざわついている。
元の世界じゃ、たぶん一生縁がなかった。
それが今は、欲しいと思った反応がちゃんと返ってくる。拒まれない。引かれない。命じればその通りになる。
最高だった。
そこに嘘はない。
なのに。
「……で?」
ぽつりと呟いて、自分で少し首を傾げた。
で、その次は?
あれだけのことがあって、こんなに満たされた感じがあるのに、朝になったらもう次のことを考えている。
終わった感じがしない。
いや、終わってたまるか、という感じに近いのかもしれない。
もっと欲しい。
もっと決定的に、「これは俺のものだ」って思える何かが欲しい。俺の欲望は、こんなにも大きなものだったのか。大きすぎて、むしろ気持ちが悪いくらいだ。
その瞬間、頭の中でひとつの答えが繋がった。
「……そうだよ」
体を起こす。
「創作だ」
そうだ。そこだ。
女も、街も、欲しかったものはかなり手に入った。かなりどころじゃない。生前の俺から見れば、もう十分すぎるほど勝っている。
でも、俺にはまだ本命がある。
アニメ。
ゲーム。
同人誌。
設定資料集。
サントラ。
限定版の箱。
発売日前の異様な高揚感。
攻略本をめくる時間。
発売後の感想スレ。
それを全部ひっくるめた、あの世界。
俺は、あれを消費して生きてきた。
だったら今度は、自分で作る側に回ればいい。
「ミア」
「は、はい」
いつものように、少し離れた位置から返事が飛んでくる。
見れば、ミアは部屋の隅でちょこんと座っていた。こいつ、ほんとどこにでもいるな。
「スタジオって作れる?」
「すたじお……?」
「ゲーム会社」
「……可能です」
「よし」
思わず拳を握る。
「やっぱりそうだよ。女とか街とか、そういうのもいいけど、俺の本命はこっちだったんだ」
「はあ……」
「“はあ”じゃない。本命だぞ、本命」
「は、はい……」
ミアが軽く引いている気がする。
まあいい。分からないなら分からないで。
俺は視界の画面を開いた。
創作支援。
施設生成。
人材設計。
演算補助。
嗜好解析。
市場予測。
感情反応モデル。
無限予算。
無限試作。
「……何でもあるな」
笑うしかない。
予算が足りない。
納期が厳しい。
人がいない。
意見が合わない。
クオリティが届かない。
そういう創作の障害が、最初から全部ない。
だったらもう、理想のゲームを作るしかないだろ。
「ミア」
「は、はい」
「絵師って作れる?」
「可能です」
「作曲家も?」
「可能です」
「シナリオライターは?」
「可能です」
「プログラマ」
「可能です」
「デバッガー」
「可能です」
「声優」
「可能です」
「やば」
「はい……?」
やばい。
やばいだろ、これ。
俺の中で、何かが一気に噴き上がった。
「そうだよ。ハーレムとか理想郷とかもそりゃ嬉しいけど、結局、俺がいちばん長く浸ってきたのはこっちなんだよ」
「こっち、と申しますと……」
「創作」
「はあ……」
「好きなものを作る側に回る。しかも妥協ゼロで。これ、最強じゃん」
「そういうものなんですか……?」
「そういうものなんだよ」
今度は本気だった。
いや、今までも本気ではあったんだろうが、方向が違う。
街を作るのは楽しかった。女たちに求められるのも気持ちよかった。
でも、これは別だ。
これは俺の“好き”そのものだ。
すぐに広い制作施設を生成した。
外観こそこの世界に合わせた石造り。でも中は完全に理想仕様。広い会議室。静かな作業部屋。防音完備の収録室。ハイスペックすぎる機材。資料棚。休憩室。仮眠室。ついでにカフェスペースまである。
「いや、最高かよ……!」
歩くだけで楽しい。
何も作ってない段階でも、もう楽しい。
俺は廊下を歩きながら、何度も頷いた。
「作業場って、こういう無駄なロマンが大事なんだよ」
「ロマン……」
「分からないならいい」
「いえ、ロマンは分かりますが、これがロマン……?」
人員も揃えた。
絵師。
作曲家。
シナリオライター。
プログラマ。
UIデザイナー。
背景美術。
演出担当。
全員、理想値。
技術だけじゃない。性格も、相性も、作業効率も、熱意も、全部高水準に設定できる。
「これ、もう勝ちじゃん」
「まだ作ってはいないのでは……」
「うるさいな。勝ち確の状態ってあるだろ」
「そういうものなんですか……」
「そういうもんだよ」
俺は制作室の中央に立ち、大きく息を吸った。
「テーマは……」
考える。
剣と魔法の異世界ファンタジーか。
いや、それだけじゃ弱い。
恋愛も欲しい。バトルも欲しい。探索も欲しい。キャラ育成も欲しい。BGMは神曲。UIは快適。テンポは良く。周回要素もあり。泣けるシナリオもある。隠しルートも、裏ボスも、ファンディスク的な余地も欲しい。
「……全部入りだな」
「詰め込みすぎなのでは……?」
「黙って見てろ」
俺はプロットを組み始めた。
主人公設定。
世界観。
国家構造。
ヒロイン構成。
勢力図。
冒険の動線。
序盤のフック。
中盤の燃え展開。
終盤の伏線回収。
真エンド条件。
イベントCGの配置。
セーブデータの引き継ぎ要素。
楽しい。
めちゃくちゃ楽しい。
女たちに囲まれていた時とはまた違う熱があった。
こっちは、もっと直接的に“好き”に触ってる感じがする。
「そうだよ……」
口の中で転がすように言う。
「これだよ。やっぱこれだろ」
「零さん?」
「女がいて、街があって、それも最高だった。けど、それだけじゃ俺の“好き”の全部じゃない」
「……はあ……」
「作る側だよ。作る側に回って、初めて本当に勝ちなんだ」
「そういうものなんですね……」
「だからそう言ってんだろ」
何時間くらい経ったのか分からない。
設定を詰め、キャラを足し、システムを広げ、削って、また足して。
そうしているつもりだった。
つもり、だったのに。
「……ん?」
気づくと、目の前に完成品があった。
「は?」
新作ゲームの完成品が、本体とコントローラごと目の前に揃っていた。
「……え?」
周りを見る。
スタッフたちは静かに立っていた。
誰も疲れていない。
誰も揉めていない。
誰も迷っていない。
「完成しました」
シナリオ担当らしき女が頭を下げる。
「最適化済みです」
プログラマが言う。
「感情導線、演出密度、没入率ともに理想値を満たしています」
別の誰かが言った。
「……いや、待て待て待て」
俺は一歩下がった。
「何で完成してんの?」
「零さんが理想とする作品像を、最短で形にしました」
ミアが当然みたいに答える。
「最短って」
「無限演算補助と自動最適化を併用しましたので」
「いや、そういう問題じゃなくて」
心臓が妙な打ち方をする。
完成している。たしかに完成している。
俺が欲しいと思ったものが、全部入っている感じはする。
でも。
「スタッフを揃えたんだぞ?」
「はい」
「だったら普通、会議とか、試作とか、調整とか、そういう過程があるだろ」
「制作工程全体が、自動最適化されていました」
「……は?」
「人員配置、試作、調整、演出の取捨選択、感情導線の検証まで含めて、“最短で理想形へ到達する工程”として処理されています」
「工程ごと、すっ飛ばしたってことか?」
「結果的には、はい……」
「……俺、何した?」
ぽつりと漏れた。
「はい?」
ミアが首を傾げる。
「いや、だって。俺、何かしたか?」
「理想の条件定義と方向性の指定を」
「それだけじゃん」
口の中が少し乾く。
揉めてない。
悩んでない。
どれを削るかで頭を抱えてない。
このキャラは残すべきかとか、このルートは要るかとか、演出過剰じゃないかとか、そういう時間が何もない。
ただ、こういうのがいいと思った。
そしたら、最適な完成品が出てきた。
「……プレイするか」
自分に言い聞かせるように呟いて、俺はゲームを起動した。
オープニングが流れる。
BGMがいい。
演出がいい。
画面がいい。
テンポがいい。
実際、面白かった。
いや、本当に面白い。
少なくとも、客観的に見てめちゃくちゃ出来がいいのは分かる。
「……うん」
画面を見たまま頷く。
「面白い」
「おめでとうございます」
「面白いよ。たしかに面白い」
「零さんの理想ですので」
「……だからだよ」
そこで初めて、心の奥に引っかかっていたことがはっきりした。
「だからだよ」
「え?」
「俺、何もしてねえじゃん」
ミアが黙る。
俺はコントローラを置いた。
「会議もしてない。揉めてもない。削ってもない。悩んでもない」
「……」
「ただ“こういうのがいい”って思ったら、完成品が出てきただけだろ」
「はい……」
「それ、俺が作ったって言えるのかよ」
返事はなかった。
いや、返事されなくても分かっている。
ここでミアが何を言ったところで、たぶん俺の中では変わらない。
面白い。
たしかに面白い。
でも、その面白さが、自分の中に刺さらない。
他人が作った神ゲーを遊んでるみたいな感覚に近い。
いや、元の世界ではそうだったよな。何か違う。もっと曖昧で、もっと綺麗すぎる何かだ。
「……最初から完成してるって、こんなにつまんねえのか」
気づけば、そんな言葉が出ていた。
誰に向けたものでもない。
自分でも、少し驚いた。
でも、それがいちばん近かった。
何もかも理想通りで、何一つ足りないものがない。
それなのに、手応えだけがない。
俺は完成したゲームのタイトル画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。




