第4話:完璧すぎるハーレムは、少し怖い
豪華な食卓だった。
長いテーブルの上に、皿がいくつも並んでいる。焼いた肉、香草の効いた魚、色とりどりの果物、透き通ったスープ、それに見たこともない酒まであった。
部屋もやたら広い。
照明は明るすぎず暗すぎず、椅子の座り心地も妙にいい。窓の外には、俺が作った街区の灯りが見えた。
どう考えても勝者の席だ。
王女が俺の右にいる。
聖女が左にいる。
魔族の姫は向かいで脚を組み、エルフの娘は俺の右後ろ、少し控えめな位置で静かに座っていた。
もう、完璧だった。
「零様。本日の料理は、あなたのお好みに合わせて整えました」
王女が微笑む。
「きっとお気に召します」
聖女が静かに続ける。
「べつに、あんたのために頑張ったわけじゃないけど。人間の舌でも食べられるようにはしておいたわ」
魔族の姫が、そっぽを向いたまま言う。
「森の実りも添えてあります」
エルフ娘が小さく頭を下げた。
四方向から、俺のための言葉が返ってくる。
「……すごいな」
思わず呟くと、王女が嬉しそうに目を細めた。
「零様にそう言っていただけるなら、何よりですわ」
「いや、うん。すごいよ」
すごい。
たしかにすごい。
こんな席、生前の俺には絶対に縁がなかった。前世で最高のご馳走は、焼肉チェーン店〈モー牛亭〉の、九十分食べ放題だった。
元々、知らない女と目を合わせるだけでも気まずかったのに、今は王女だの聖女だのに囲まれて飯を食っている。
しかも全員が、最初からこっちへ好意的だ。
「……いただきます」
肉を切って、口に入れる。
「うまっ」
思わず声が出た。
「零様のお口に合いましたか」
「合うどころじゃないな。めちゃくちゃうまい」
そう言うと、王女も聖女もほっとしたような顔になった。
「よかったですわ」
「安心しました」
そこで、向かいの魔族の姫が鼻で笑った。
「そりゃ安心もするでしょ。せっかく並べたのに、あんたが微妙な顔してたら、空気が死んじゃうもん」
「お前、言い方がいちいち棘あるな」
「でも味はいいんでしょ?」
「まあな」
「なら……良かったじゃない」
言いながら、口元だけ少し笑っている。
こいつだけ、わりと会話が普通だ。
そのことに少しだけ気が楽になった。
「あんたって、そういう顔もするのね」
「どういう顔だよ」
「無邪気に喜んでる顔」
「それ褒めてんのか?」
「勝手にいい方に受け取れば?」
「じゃあ褒め言葉ってことにしとく」
「ふん。好きにしたら?」
そう言いながら、機嫌を悪くした感じではない。
むしろ、少し楽しそうですらあった。
いい感じだった。
こういう軽口だ。こういうのが欲しい。
俺は少し安心して、周りを見回した。
「お前ら同士でも、普段こういう感じなの?」
一瞬、空気が止まる。
「零様の前で、私どものことなど」
王女が答える。
「すべては零様のために」
聖女が続ける。
「私は、あんたが変に退屈しなければいいかなって……べつに、他はどうでもいいけど」
魔族の姫が肩をすくめる。
「私は、零様にお仕えできるだけで」
エルフ娘が静かに言った。
「……」
いや、そうじゃなくて。
そう言いかけて、やめた。
変ではない。
変ではないんだが、会話の向きが、結局みんな俺の方へ戻ってくる。
別に悪くはない。
むしろ、こういう状況を望んでいたはずだ。
なのに少しだけ、座りが悪い気がした。
「……まあ、いいか」
自分でそう言って流す。
細かいことを気にするより、楽しいところだけ拾えばいい。
俺はワインらしきものを口にした。
香りは強いのに飲みやすい。これもたぶん、俺向けに調整されているんだろう。
何から何まで至れり尽くせりだ。
「零様」
王女が少し声を落とす。
「ん?」
「お望みでしたら、今夜も、私たちはあなたの仰る通りにいたします」
喉が少し熱くなった。
王女がそんなことを、当たり前みたいに言う。
「私も」
聖女が目を伏せたまま続ける。
「零様がお望みなら、何でも」
「……勘違いしないでよね」
魔族の姫が横を向いたまま言う。
「私は、あんたが言うことなら何でも従う、ってほど安くないわ。でも……その、今夜くらいなら付き合ってあげてもいい」
「どうか、ご遠慮なく」
エルフ娘も静かに続けた。
何でも。
何でもかぁ。
そう言われると、逆に少し困る。
困るが、それは贅沢な悩みという奴なんだろうな。
俺が手を伸ばせば、王女はためらいなくその手を取った。
少し近くに、と言えば、聖女は静かに椅子を寄せる。
こっちを見ろと言えば、魔族の姫は「何よ」と言いながら、結局ちゃんと視線を合わせる。
隣に来いと声をかけると、エルフ娘は迷いなく膝をついた。
近い。
近すぎる。
女たちの匂いが混ざる。
声が近い。
視線が近い。
それなのに、誰一人として嫌がらない。
拒まれない。
引かれない。
気まずくならない。
元の世界では、一生縁がないと思っていた種類の空気だった。
自分の一言で、相手の距離が変わる。
触れても嫌がらない。
表情まで艶めかしく変わる。
妙な熱が下腹部に、じんわりと溜まっていく。
「……すげえな」
誰に向けたともつかない声が漏れた。
「零様?」
王女が首を傾げる。
「いや、何でもない」
何でもないわけがない。
こんなの、何でもないで済ませられるわけがない。
生前の俺なら、こんな距離感そのものに耐えられなかった。
女と並んで座るとか、顔を覗き込まれるとか、そういうこと自体が重大イベントだった。
ところが今は、相手が王女で、聖女で、魔族で、エルフだ。しかも全員、美女ときている。
どうかしている。
でも、どうかしているからこそ、いい。
「零様」
聖女が静かな声で言う。
「はい」
「どうかなさいましたか」
「いや、別に」
そう答えると、聖女は少しだけ微笑んだ。
「少し、お疲れなのかと」
「疲れてるっていうか……」
言いかけて、やめる。
疲れているわけじゃない。むしろ逆だ。満たされすぎて、頭の処理が追いついていない。
「何よ」
魔族の姫が、面白がるような顔でこっちを見る。
「いや」
「変な顔」
「うるさいな」
「ふふ。図星なんでしょ」
「お前さあ」
「なによ」
「そういうとこ、わりと助かる」
「……は?」
魔族の姫が固まる。
「は、はあ!? 急に何言ってんのよ!」
「いや、わりと普通に喋るから」
「べ、別に普通じゃないし!」
「それはそうかも」
「どういうことよ!」
頬を赤くして睨んでくる。
けど、席は立たないし距離も引かない。
やっぱりこいつの前だけ、何となく普通の感じでいられる。
「……じゃあ」
少し迷ってから、言った。
「全員、もう少しこっち来て」
四人が、それぞれのやり方で動いた。
王女が椅子を寄せる。
聖女が静かに膝を進める。
魔族の姫が「仕方ないわね」と呟きながら身を乗り出す。
エルフ娘が、言われた通りすぐそばへ来る。
早い。
迷いがない。
「……いいな、これ」
素直にそう思った。
何を言っても空振りしない。
欲しい反応が返ってくる。
拒絶されるかもしれない、変に思われるかもしれない、そういう警戒が最初からいらない。
断られないことが、こんなに気持ちいいなんて知らなかった。
夜も更けて、部屋へ戻る流れになった。
王女たちも当然のようについてくる。
俺の部屋は広い。
広すぎるくらい広い。
ベッドも無駄に大きい。
そこへ四人が入ってきて、それぞれ自然に居場所を取る。
王女が隣へ。
聖女が少し後ろへ。
魔族の姫が正面の椅子へ座りつつ、「近すぎると暑いから」と言い訳する。
エルフ娘が足元近くへ。
視線が、全部こっちに集まる。
「……すごいな、これ」
何度も繰り返した言葉だが、あらためて口にすると、ますます現実味がなかった。
「零様」
王女が甘い声で呼ぶ。
「何」
「今宵は、どのようにお過ごしになりますか」
「どのようにって」
そう聞かれると困る。
困るが、困るのも楽しい。
ああしろと言えば、その通りになる。
こうしろと言えば、たぶんそれ以上に応える。
そんな空気が、最初から整っている。
俺が少し手を伸ばすだけで、王女は自然にその指先へ触れた。
聖女は目を伏せたまま距離を詰める。
魔族の姫は「……近いわよ」と言いながら、一歩も引かない。
エルフ娘は呼ばれる前から、次の指示を待つように静かに座っていた。
夢みたいだ。
いや、夢より都合がいい。
どれくらいそうしていたのか、自分でもよく分からない。
ただ、ひとつだけはっきりしていたのは、俺がかなり満たされていたことだ。
生前の世界では、たぶん一生届かなかったものに、今は手が届いている。
それだけで十分だった。
誰に聞かせるでもなく、ベッドへ体を預けたときだった。
「……おめでとうございます」
遠慮がちな声が、部屋の隅からした。
「うわっ!?」
びくっとして振り向く。
ミアが、壁際でちょこんと正座していた。
「……ずっとそこにいたの!?」
「はい……」
「嘘だろ」
「いえ……」
「まさか、見てた?」
「はい……見てました」
「見てたのかよ!?」
思わず叫ぶと、ミアは肩を小さくすくめた。
「同行中ですので……」
「同行中だからって見るなよ!」
「でも、零さんが何か問題を起こさないか確認する必要が……」
「問題って何だよ!」
「世界法則への過干渉とか……その……いろいろです……」
「いや今の流れで世界法則の心配してたの!?」
王女も、聖女も、魔族の姫も、エルフ娘も、誰も困った顔をしなかった。
ただ静かに、俺の方を見ている。
それが少しだけ気まずくて、思わず顔を覆いたくなった。
「……最悪だ」
「すみません……」
「そこは謝るなよ。いや、やっぱ謝れ」
「す、すみません……」
「お前ほんとそれしか言わないな」
そう言うと、ミアはまたしゅんと肩を落とした。
少しだけ笑った。
笑ったけど、胸の奥にほんの少しだけ、座りの悪いものが残った。
何だろうな、今の。
満たされてる。
それは間違いない。
王女も、聖女も、魔族の姫も、エルフ娘も、俺の言う通りに動く。
望めば望んだ通りになる。
こんなに都合のいい状況、他にあるわけがない。
だったら、少しくらい落ち着かなくても、そのうち慣れるだろう。
「……まあ、いいか」
そう思って、俺は深く考えないことにした。




