表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にました。神様が『ごめん全部あげます』って言ってきたので、好き放題無双することにします  作者: 甘栄堂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/13

第12話:シエル

 翌朝、目が覚めても、気分は別に良くなっていなかった。


 魔王城の客室は静かだった。静かすぎるくらい静かだ。寝台は広いし、天井は高いし、窓の外には黒い石の中庭まで見える。客として扱う気はあるらしい。そこはもう十分分かった。

 でも、だから何だという話でもある。


 机の上には、昨夜の続きみたいに光る画面が何枚も浮いていた。因果再接続。存在維持監査。補正再計算。朝一番に見る内容ではない。


「……つまらん」


 声に出してみたが、特にすっきりはしなかった。

 その時、部屋の隅に立っていたミアが、小さくこちらを見た。


「つまらない、ですか。昨日の続きですが……」

「まだ一つだけ残ってる、だっけ」

「はい」

「で、それは何なんだよ」


 ミアは答えず、両手を胸の前で組んだ。

 白い線だけが、客室の中央へ規則正しく集まっていく。輪のようなものが開き、そこから小さな影がひとつ落ちるように現れた。

 思わず、眉をひそめる。


「……誰、これ?」


 小さい。

 第一印象はそれだった。

 どう見ても、十歳前後の少女にしか見えない。白に近い銀髪。青みの強い灰色の目。黒い外套みたいなものを羽織っているが、全体としては、妙に感情の薄い子供にしか見えなかった。 その少女は部屋へ出た瞬間、まずミアを見た。次に俺を見る。


「……シエルです」


 声も小さい。

 そこで、ミアが補足した。


「前回の担当死神です。零さんを直接回収した個体です」


 数秒、意味が遅れて届いた。


「……は?」


 次の瞬間には立ち上がっていた。


「お前がミスったのか」


 シエルは少しも慌てず、俺を見る。


「はい」

「はいじゃねえだろ!」

「前回の回収担当です」

「担当とかじゃなくて! 俺を隣の五十二歳と間違えて持っていったやつだよな!?」

「はい」

「はいじゃねえだろ!」

「申し訳ありません」

「謝り方が軽い!」

「反省文は三枚提出しました」

「知らねえよ!」


 思った以上に、腹が立った。

 可愛いとか小さいとか、そういうのはどうでもよかった。むしろ、その見た目で事務処理みたいに淡々としていること自体が、少し腹立たしい。

 シエルは俺の怒鳴り声にもあまり反応せず、静かに続けた。


「対象誤認です」

「それは聞いてる」

「本来の回収対象は、隣室の五十二歳男性でした」

「それも聞いてる」

「ですが、居住位置が近く」

「雑すぎるだろ」

「加えて」


 シエルは少しだけ首を傾げた。


「あなたの方が、生気が薄かったので」


 そこで、俺は完全に固まった。

 やっぱりそこも言うのかよ。


「……お前」

「はい」

「それ、人に言っていいと思ってる?」

「判断根拠として必要です」

「必要でも嫌なんだよ!」

「そうですか」

「そうですか、じゃねえ!」


 シエルは少しだけ考えるような顔になった。


「では、言い換えます」

「言い換えなくていい」

「回収優先度の判定で、零さんの方が終端に近く見えました」

「言い換えて余計にひどくなってんだよ!」


 横で、ミアが小さく言った。


「少し、元気になりましたね」

「うるさい」


 思わず即答していた。

 でも、その即答のあとで、自分でも少し気づいた。

 腹が立っている。

 かなり腹が立っている。

 なのに、昨夜までの“つまらない”とは違った。重いとか熱いとか、そういう格好いいものではない。ただ単純に、うざい。腹立つ。ちゃんと嫌だ。

 でも、だからこそ、意識がはっきりしていた。

 シエルはそんなこと知ったことではない顔で、俺を見ている。


「悪いとは思っています」

「……なら何でそんな顔なんだよ」

「どういう顔ですか」

「事務処理を終わらせに来たような顔」

「その通りです」

「認めるな!」

「回収事故は、私の担当範囲で発生しました」


 シエルは淡々と言う。


「なので謝罪と報告は私が行います。ただ、補償措置やその後の運用はミアの管轄です」


 言いたいことは分かるが、分かることと腹が立たないこととは別だ。


「じゃあお前、俺を死なせたところまでが担当で、その後は知ったことじゃないのか」

「そういう訳ではありません」

「でも、役所の窓口みたいな言い方だな」

「管轄の問題ですから」

「だからそういうのが腹立つんだよ!」

「そうですか」

「“そうですか”じゃねぇ!」


 シエルは少しだけ黙った。

 それから、慰める気も誤魔化す気もない声で言った。


「でも、生前よりは、かなり楽しかったのでは」


 そこで、空気が止まった。


「……は?」

「補償措置で、かなり幅広く満喫していたように見えました」

「何を根拠に」

「王女、聖女、魔族、エルフ、街区生成、創作支援、魔王接触」


 事務報告みたいに並べる。


「補償としては、かなり十分だったと思います」

「どこ見て言ってんだよ」


 声が、思ったより低く出た。


「いや、楽しかった時期はあったよ? あったけど、そこじゃねえだろ」

「補償として機能した、という意味です」

「だから、そういうまとめ方が腹立つんだよ!」


 思わず怒鳴る。

 怒鳴った瞬間、少しだけ胸の奥が軽くなった。

 最悪だなと思う。人を間違えて殺した死神に、本気で腹を立てることが、今の俺には少しだけ救いになっている。


「……で」


 俺はため息をついて、ミアを見た。


「なんでこいつを呼んだ?」


 ミアは一拍だけ置いた。


「そんなにつまらないのであれば、もう一度、魂を回収してもらうという方法があります」


 今度は、意味が一発で分かった。


「……は?」

「今の環境が零さんにとって有効ではないなら、終了させる方が合理的かと」

「お前さ」


 思わず笑いそうになった。笑えないのに、あまりにひどくて笑いそうになった。


「それ、解決策って言うのか?」

「言います」

「人の人生、アプリの再インストールみたいに言うなよ」

「不要な環境を維持する方が非効率です」

「怖っ」


 ぞっとした。

 シエルより、今の一言の方がよほどぞっとした。

 死神の方はまだ、“元凶”として腹が立つ。だがミアは違う。今の俺の虚無に対して、本気で「では回収しましょう」と言っている。そこに悪意はない。ただ、打算も情もなく、処理として最短を言っている。

 それがいちばん怖かった。


「零さん」


 ミアが続ける。


「もちろん、零さんが望むならです」

「望むわけあるか」

「効率的だと思いますけど」

「効率化で殺されて、たまるか!」

「では、別案として」

「まだあるのかよ」

「権限の剥奪があります」


 そこで、俺は黙った。

 別案。

 つまり、死ぬか、力を閉じるか、という話らしい。

 極端すぎるだろ。

 でも、聞いた瞬間、自分の中で何かが繋がった。


 何でもできるせいで、薄くなる。

 思い通りになりすぎて、軽くなる。

 その結果、残るのは空っぽな達成感だけだ。

 なのに、目の前に一人、思い通りにならない奴がいるだけでこうなる。

 腹が立つ。

 だるい。

 でも、そのだるさの方が、昨日までの虚無よりよほどましだった。


「……もういい」


 俺は言った。

 ミアが少しだけ身を固くする。シエルは無表情のままだ。


「力、封じるわ」


 客室が、しんとした。


「本当に?」


 ミアが聞く。


「本当に」

「後戻り出来ませんよ」

「それでもいい」


 そう答えると、ミアは少しだけ黙った。

 止めるでもなく、慌てるでもなく、ただ計算し直しているみたいな沈黙だった。


「……了解しました」


 やがて、いつもの業務的な声でそう言う。

 俺は机の上へ手を伸ばした。管理画面が開く。権限階層、演算補助、概念操作、補正系、生成系、時間停止。見慣れた項目の群れだ。


 最初にこれを見た時は、笑いが止まらなかった。

 全部できるなら、全部やるだろ、普通。

 本気でそう思っていた。

 でも、やってみた結果がこれだ。

 なら、もういい。


「封印」


 口に出すと、画面が反応した。


 実行しますか?


「する」


 権限一覧が一気に灰色へ変わっていく。時間停止、概念操作、補正、生成、干渉。便利すぎたものから順に閉じていく。


 少しだけ怖かった。

 でも、不思議と惜しくはなかった。

 世界を好き放題いじる力は、消えた。

 画面が静かに閉じた。

 客室の空気が少しだけ軽くなった気がした。

 ミアはしばらく何も言わなかった。

 やがて、小さく言う。


「……完了しました」


 業務的な声だった。

 そこだけはぶれない。

 シエルも、静かにこちらを見ている。


「後悔しませんか」

「たぶん少しはする」

「では、なぜ」

「何でもできると、何も面白くねえ」


 自分で言って、かなりしっくりきた。


「でも、思い通りにならない奴が一人いるだけで、こんなにだるい」

「恐縮です」

「だから褒めてねえよ」


 シエルはそこで初めて、ほんの少しだけ首を傾げた。

 俺は椅子へ深く座り直した。

 さっきまで視界の端に当たり前みたいに浮いていた項目が、もうほとんど出てこない。出そうとすれば出るのかもしれない。だが、前みたいな万能感はない。

 少しだけ怖かった。

 でも、不思議と惜しくはなかった。


「……軽」


 思わず呟く。


「何ですか」

「頭ん中」

 前まで、何を見ても「どういじるか」が先に出ていた。触れば変わる。思えば思うほど、選択肢が増えた。


 でも今は違う。

 変えられないものが残っている。

 腹立つものが、そのまま腹立つ。

 それだけで、妙に息がしやすい感じがした。


「零さん」


 ミアが慎重に言う。


「気分は、どうですか」

「最悪」


 即答だった。


「でも、昨日までよりはまし」


 ミアは一瞬だけ黙る。


「そうですか」

「お前までその返しするのやめろ」

「すみません……」


 そこは謝るのかよ、と思ったが、もうそのやり取りすら少しだけましだった。

 思わず、少しだけ笑いそうになった。


 腹は立つ。

 うざい。

 でも、薄くない。


 その時、扉が軽く叩かれた。

 返事をする前に、開く。


「……何かうるさいと思ったら」


 リリスだった。

 部屋へ入ってきた瞬間、こっちを見る。次にシエルを見る。最後に、机の上から消えた画面の名残に目をやる。


「何してたのよ」

「いろいろ」

「雑」

「お前に言われたくない」


 リリスはシエルを見て、眉をひそめた。


「誰よ、この子」

「死神」

「は?」

「……ちょっと因縁がある」


 リリスは一拍止まった。


「何それ」

「今は細かく説明しにくい」


 そう言うと、リリスは少しだけ怪訝そうな顔をした。

 でも、それ以上は突っ込まない。


「……ふうん」


 短く、それだけ言う。

 シエルは小さく頭を下げた。


「シエルです」

「そう」


 リリスの返事は薄かった。

 興味がないわけではない。ただ、今この場でその死神と丁寧に話す気もないのだろう。そこがこいつらしかった。


「で」


 今度は俺を見る。


「何かあったの?」

「まあな」

「その顔、さっきまでと違う」


 そこで少しだけ、言葉に詰まった。

 違うのは事実だ。

 でも、何がどう違うのかを、こいつに説明する気にはなれなかった。


「少し、整理した」

「整理?」

「いろいろ」


 雑な返事だと自分でも思う。

 だが、今はそれ以上言いたくなかった。

 リリスは少しだけ眉を寄せたが、追及はしてこなかった。


「……ふうん」


 分かった顔ではない。

 けれど、問い詰める顔でもなかった。

 リリスは部屋の中を見回したあと、空いていた椅子へ勝手に座った。


「……お前さ」

「何よ」

「普通に居るな」

「何、それ」

「いや」


 少しだけ迷って、それでも言った。


「お前はそのままだなと思って」


 リリスは怪訝そうな顔をした。


「そのままって、何が?」

「いろいろだよ」

「さっきから、そればっかりね」

「悪いか」

「悪くはないけど、感じ悪い」


 リリスは露骨に不満そうな顔をした。

 でも、帰らない。

 そのまま椅子に座っている。

 その感じが、今は妙にしっくりきた。


「……何よ、さっきから」


 リリスが怪訝そうに言う。


「いや」

「その“いや”何?」

「別に」

「絶対別にじゃないでしょ」

「そうかも」

「腹立つ」

「知ってる」


 その返しに、リリスは口を尖らせた。


「変な人間」

「お互い様だろ」

「私は普通よ」

「魔王の娘が?」

「何か文句ある?」

「ない」


 そこまで言ってから、少しだけ間を置いた。


「……今は、ない」


 リリスは一瞬だけ黙った。

 それから、そっぽを向いたまま言う。


「なら、別にいいけど」


 客室はまた静かになった。

 でも、昨日までの静かさとは少し違った。

 無風じゃない。

 面倒も、棘も、腹立たしさも、そのまま残っている。


 俺は目を閉じた。

 全部が薄いままではなくなった。

 それだけで、今は十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ