表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にました。神様が『ごめん全部あげます』って言ってきたので、好き放題無双することにします  作者: 甘栄堂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

第11話:つまらん。……でも、ひとつだけ残ってる

「ひとり、会っていただきたい方がいます」


 ミアがそう言ったあと、俺はしばらく黙っていた。

 広い客室だった。天井は高いし、椅子も机も無駄に上等だ。窓の外には、黒い石で囲まれた魔王城の中庭まで見える。

 そんな立派な部屋で、机の上に浮いているのは、因果再接続だの存在維持監査だの、言葉だけで眠くなるような画面ばかりだった。


「……誰だよ」

「今は、まだ」

「何だそれ」

「今ここで言ってしまうと、たぶん零さん、それだけで頭がいっぱいになるので……」

「もう十分いっぱいなんだけど」


 そう言って、俺は椅子の背にもたれた。

 魔王はまだいい。ちゃんと怒っていたし、ちゃんと重かったし、ちゃんと面倒だった。リリスも、都合よく全部を差し出してくるわけじゃない。だからまだ、こっちが相手をしている感じがあった。

 でも、その後に出てきたのがこれだ。

 報告書。再計算。存在整理。

 強いだの弱いだの以前に、単純につまらない。


「零さん」


 ミアが小さく言った。


「たぶん零さん、今のままだと、この先もずっと“つまらない”にぶつかります」

「いきなり嫌なこと言うな」

「でも、本当なので……」

「……解決策がありますよ、だっけ」

「はい」

「それが、今の“ひとり会ってほしい”か」

「そうです」


 俺は返事をせず、机の上の光る画面を一枚指で払った。

 因果再接続。

 嫌な単語だ。

 俺が雑に消した盗賊の“その後”を、世界の側で無理やり辻褄合わせしている。それを知った瞬間から、何かが少し冷えた。


 もう一枚払う。

 自動最適化人員の存在整理。

 もっと嫌だ。

 理想のゲームを最短で完成させた時、そこにいた理想のスタッフたちは、理想を達成した瞬間に“整理対象”へ変わる。

 何だそれ。

 そりゃ、手触りというか、実感がが死ぬわけだ。


「……つまんねえ」


 ぽつりと漏れた。


 ミアは、少しだけ目を伏せる。


「そう仰ると思っていました……」

「いや、だってそうだろ」


 画面の端を弾く。


「魔王はまだいいよ。ちゃんと怒ってるし、ちゃんと重いし、ちゃんとイベントだ。でもこっちは何だよ。報告書と再計算ばっかりじゃん」

「世界を壊さず維持するには必要です……」

「分かる。分かるけど、つまんねえ」


 正直だった。

 これは本当に、つまらなかった。

 強敵もいない。熱もない。達成感の気配も薄い。あるのは、使った権限の後始末だけ。

 何でもできる世界の裏側は、だいたいこういう地味な作業で回っているらしい。


 最悪だ。

 その時だった。

 扉が叩かれた。

 俺とミアが同時にそちらを見る。


「入れ」


 俺が言うと、静かに扉が開いた。

 入ってきたのは、昨日門前にいたような兵ではなく、黒衣の老執事だった。背筋はぴんと伸び、顔には皺が深い。いかにも代々この城に仕えています、という空気をまとっている。


「魔王陛下より、お言葉を預かっております」


 老執事は一礼して、それだけを告げた。


「何て?」


 俺が聞くと、老執事は顔色ひとつ変えずに言った。


「『気に入らん。まことに気に入らんが』」

「そこからなのか」

「『娘が選んだ以上、城門で斬り捨てるわけにもいかん』」


 なるほど。

 やっぱり、そこか。


「『認めたわけではない』」

「知ってる」

「『だが、追い返しもしない』」


 俺は少しだけ笑いそうになった。

 認めたわけではない。気に入ってもいない。だが追い返しもしない。

 いかにも、あの魔王だった。

 都合よく心変わりしていない。こっちを好いてもいない。あくまで、娘が本気だから折れただけだ。


「『城への出入りは許す』」


 そこで、少しだけ姿勢を正した。


「ほう」

「『ただし婿殿ではない。まだ候補だ』」

「細かいな」

「『娘を泣かせたら殺す』」

「そこはまあ普通だな」


 思わずそう返すと、老執事の片眉がほんの少しだけ動いた。


「以上です」

「……いや待て」

「何でしょう」

「それ、魔王なりにだいぶ譲ってないか?」


 老執事は無表情のまま答えた。


「陛下としては、相当に」

「だよな」


 そうだろうなと思う。

 門前でのあの怒り方から考えれば、本来なら今ごろ俺はどこかへ消されていてもおかしくない。なのに現実には、立派な客室に入れられ、城への出入りまで許されている。

 もちろん、全部がリリスゆえだ。

 俺を認めたわけじゃない。気に入ったわけでもない。ただ、娘の機嫌と意思を優先しているだけだ。

 でも、それでも、だ。

 向こうにも都合がある。怒りもある。そのうえで、無理やり飲み込んでいる。それがちゃんと残っている感じは、妙に良かった。


「では」


 老執事は最後に、わずかに声音を下げた。


「婿殿候補様」

「まだ候補だからセーフってやつか?」

「陛下も、お嬢様も、そのように」


 そう言って一礼し、老執事は部屋を出ていった。

 扉が閉まる。

 客室に沈黙が戻る。


「……受け入れた、のか?」


 ぽつりと出た言葉に、ミアが少しだけ首を傾げた。


「完全には、まだ」

「だよな」

「ただ、城門で排除する段階ではなくなりました」

「婿殿候補だから?」

「リリスさんが本気だから、です」


 その言い方は、妙に正確だった。

 婿殿候補という言葉は、たぶん表面だ。実際に魔王が折れた理由は、俺が優れていたからじゃない。娘が本気だったからだ。

 しかも、その本気だって、補正がかかっていないとは言えない。

 だから、きれいに喜びきれない。


「……攻略した感はあるんだけどな」


 俺が呟くと、ミアがこちらを見る。


「ありますか」

「少しは」

「でも、薄い?」

「かなり薄い」


 それがたぶん、今の核心だった。

 前の俺なら、ここで舞い上がっていたはずだ。

 魔王の娘に選ばれた。

 魔王に完全ではないにせよ通行を許された。

 城への出入りも認められた。

 婿殿候補という、意味不明な立場まで手に入った。

 元引きこもりニートの人生としては、どう考えても大勝利だろ。

 なのに胸の奥は、そこまで熱くならない。

 いや、熱くなった瞬間はあった。門前では確かにあった。魔王の殺意はちゃんと重かったし、リリスの夫発言はちゃんと引っくり返ったし、その時だけは息がしやすかった。

 でも、少し時間が経つと、またこうだ。

 机の上の画面を見る。


 報告書。

 再計算。

 存在整理。


 そして、その全部の上から、さっきの“婿殿候補”が薄く被さる。


「……結局、何を手に入れても、すぐ次の空白が見えるんだよな」


 ミアは黙っていた。

 こういう時のこいつは、変に慰めない。

 そこだけは助かる。


「零さん」


 しばらくして、ミアが言った。


「少しだけ、分かってきた気がします」

「何が」

「零さんが、何をしたかったのかです」

「俺が?」

「はい」

「俺にもまだよく分かってないのに?」

「零さんは、世界に出たかったわけじゃないのかもしれません」


 その言い方が少し引っかかった。


「……どういう意味だよ」


 ミアは、また少しだけ考えるように間を置いた。


「世界の方を、零さんの部屋みたいにしたかったのかなと」


 そこで、俺は黙った。

 妙に、刺さった。

 部屋。

 たしかにそうだ。

 女も、街も、ゲームも、全部“外へ出ていく”ためではなかった。むしろ逆だ。外の世界の方を、俺がいて気まずくない場所に変えていっただけだ。


 否定されない場所。

 恥をかかない場所。

 欲しい反応が返ってくる場所。

 俺向けに、最初から整っている場所。


「……ああ」


 口に出してから、自分で少しだけ嫌になった。


「そうかもな」


 世界を征服したかったわけじゃない。

 世界を広げたかったわけでもない。

 ただ、外側の全部を、俺にとって都合のいい内側にしたかっただけだ。

 そして、それがだいたい叶ってしまったから、何もかも少しずつ薄くなっていった。


「最悪だな」

「そうですか……?」

「だいぶな」


 俺は笑いもせずに言った。


「世界に出たかったんじゃなくて、世界の方を俺の部屋にしたかっただけって、だいぶ終わってるだろ」

「でも、零さんらしいです」

「フォローになってない」

「すみません……」


 そこは謝るのかよ、と思ったが、もう突っ込む気力も薄かった。

 しばらくして、俺は椅子の背にもたれた。

 何でもできるはずなのに、何をやっても空白が残る。

 街を作っても、女たちに囲まれても、ゲームを完成させても、魔王城へ乗り込んでも、結局どこかが薄い。

 ついさっき、魔王がどう折れたかまで聞いたのに、それすら長続きしない。


「……もう何してもつまんねえ」


 初めて、はっきり口に出した。

 ミアは、すぐには何も言わなかった。

 少し困ったような、でもどこか落ち着いた顔でこっちを見る。

 そして、小さく言った。


「……まだ、一つだけ残っていますよ」


 俺はまぶたを上げた。


「何が」

「零さんが、たぶんまだ“つまらない”で終わらないものです」

「“会っていただきたい方”ってやつか」

「明日、呼びます」


 その言い方は、珍しく少しだけ確信があった。

 俺は眉をひそめたまま、ミアを見る。

 こいつがそこまで言うなら、何かあるんだろう。

 でも、期待していいのかも分からない。


「……もったいぶるなよ、誰だよ」

「もったいぶってはいません……」

「じゃあ今言え」

「今言うと、零さんは勢いで反応すると思います」

「俺が?」

「はい。たぶん、かなり強く」

「何だよ、それ」

「明日になっても、まだ同じ気持ちなら呼びます」

「同じ気持ちって」

「つまらない、という気持ちです」


 ミアは、いつものおどおどした顔のまま言った。


「寝て起きてもまだ同じなら、その方を呼びます」

「予約制かよ」

「近いです」

「近いのかよ」


 軽く返したつもりだった。

 でも、ミアは笑わなかった。


「今日は、寝てください」


 その言い方が妙に嫌だった。

 誰を呼ぶのかは分からない。

 ただ、今聞いても教える気がないことだけは分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ