飛ぶ
散り散りになった意識が再び縒りあい、俺は俺の体の輪郭が戻ってきたような感覚がした。視界は壊れたブラウン管のように悪かったが、どうやら診療所のようなところで仰向けで寝かされているのはわかった。頭上の窓から差し込む日差しがまぶしく、頭が割れるように痛い。よく覚えていないがそんなに打ち所が悪かったのか、俺は。そんな傷の心配よりも、どうやってこの診療所から抜け出すのかを考えなくては。一銭の金も持ち合わせていない俺にとってはこれが最優先事項だ。普段はみすぼらしい格好をしているせいでルンペンだと思われてこんなところには運ばれないが、俺としたことが、昨日は女の子の家に泊めてもらうためにちょっといい服に着替えてしまっていたんだ。まさかそのあと機嫌を損ねて家から追い出されるなんて思ってもみなかったからな。さて、こういうときは隠密に限る。音もなくここを出てこんなボロい診療所さっさとおさらばしよう。と思いつつ早速、ぎしという音を立ててベッドから降りる。ベッドはついたてに囲まれていて、周りの様子は見えない。そっとついたてに近づいて、周りの様子をうかがう。幸運なことに、ベッドの足側のついたての向こうを覗くと右に階段が見えた。左は流し台や冷蔵庫などの、キッチン?が見える。診療所というより誰かの生活空間の一部をついたてで区切って病室として使っている、という感じなのか。とりあえず階段で下に逃げよう、としてついたてをすり抜けた瞬間、白衣の大きな男に思い切りぶつかった。相手は階段に落ちることはなく少しよろめいた。俺は驚きすぎて悲鳴を上げてしまった。医者が帰ってきた!と思ったから悲鳴を上げたのではない。少しこけたほおに青白い顔、ボサボサの髪から覗くうつろな目を見たせいでもない。片方の目が!そっくり抜け落ちたのだ!俺とぶつかった拍子にずるりと抜け落ちたのを見たのだ!俺は咄嗟に階段側とは逆に男を突き飛ばした。しかし思ったよりも体重のある男だったので、俺は反動で階段から転げ落ちてしまった。




