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夢に現れるもの 〜原子力警備員が見た夢と現実〜  作者: ゆずさくら


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 夢を見ない、深い眠りについた。

 目が覚めると俺は退院手続きをして、病院を出た。

 そしてメモに書いてある大学の研究室に向かった。

 大学に向かうタクシーから、外を見ていた。

 知らない土地の、知らない風景が流れていく。

 俺の人生も今、こんな風に先が読めない方向に流れ始めている。

 もう家族もいない俺は、誰に惜しまれるわけでも、世界や社会に何かを残していくわけでもない。

 ただ知らないところへ流れ、消え去っていくだけ。

 まともに生きてもそんな人生なら、経産省の男と一緒に『クスルー』の本当の正体が何なのかを見破って死ぬのもいいだろう。そんな風に思えてきた。

 船の遭難、地震、施設の人の自殺。そんなものが偶然同じ年の同じ月におこったとしても、一つ一つの原因が同じとは限らない。何も正体は見つからないかも知れないが、それでも残り少ない人生を埋めるには面白い出来事に違いない。

 大学の構内の車回しにタクシーが止まると、俺は料金を支払って構内の案内板を見て、研究室の入っている棟に向かった。

 大学の構内を歩いていると、場違いな制服を着た女生徒の姿が見えた。

「!」

 場違いではあるものの、見覚えのある姿に振り返るが、もうそこに女生徒の姿はなかった。

 俺はスマフォで時間を確認すると、最初の目的である研究室へ急いだ。

 棟に入って、廊下を進むと、田村の声が聞こえてきた。

 俺は扉に書いてある番号と教授の名前を確認しようと思った。

 胸ポケットの奥に入ってしまったメモを取り出すのに手間取っていると、扉が開いた。

「ここだ。さっさと入れ」

 田村がドアを持ったまま俺を引き入れると、周りを見渡し、素早くドアを閉めた。

 中に入ると、狭い部屋にぎっしりと書籍が並んでいて、一番奥にノートPCが置いてあった。

 ノートPCに向かって座っている男がいて、おそらくそれがメモに書いてあった教授と思われた。

 椅子がクルっと回って、教授がこちらに向き直った。

 髭を蓄え、髪は整髪剤でべったり後ろへ撫でつけてあった。髭も狙って生やしているのではなく、どちらかと言えば無精髭と思われた。

 教授と思われるその人物は、眉間にしわを寄せたまま言った。

「お互い田村さんから名前は聞いているので、そこは省略して、本題に入ります」

 教授は立ち上がって、俺に向かってくると、横の部屋のドアを開けた。

「!」

 教授が開けた部屋の中央には、診療用のようなベッドが置いてあり、その脇に建築事務所に雇われている通訳が座っていた。

 教授は無言で枕のあたりにあるケーブルやプローブなどの計測機器を調整し始めた。

 俺を押すようにして経産省の田村が入ってくると、言った。

「脳波を測定することと、ガンマ帯の電気信号を与えて、明晰夢が見やすい環境を作る」

「……」

 そういう説明は教授がするのではないだろうか。なぜ田村が仕切っている。

「そして、明晰夢に入ったところで、夢の中に現れる人物と会話して、真相に近づくための手がかりをつかむ」

「ここに、俺が寝るのか」

「そう言ったつもりだが意味が伝わらなかったか?」

「……」

 俺はベッドに横になると、教授の手で、頭に電極パッドやプローブ類が着けられた。

 よくわからない波形が計測器のディスプレイに映し出される。

 少し寒い。このままでは寝れそうにない。

「寒いか?」

 田村が椅子の背もたれに掛けてあった薄い毛布を俺にかけた。

「ありがとう」

「ガンマ波は与えている。目を閉じて安静に」

 教授の機械的な指示に従って目を閉じる。

 疲れていたのか、俺は信じられないほど簡単に眠りに落ちていた。

 夢の中で、俺は大きな丸い窪地の縁に立っていた。

『〇△〇〇✕✕』

 異国の言葉が聞こえてくるが、どこを探しても声の主が見えない。

 すると今度は俺の分かる言葉が聞こえてきた。

『そこは、いつも見ている夢ですか?』

 やっぱり声の主の居場所はわからない。だが、俺は答える。

『そうです。いつもの夢です。丸い窪地に黒い霧が立ち込めています』

 自分の喉から声が出ているのか、それすら感覚がなかった。

『儀式をしている連中を想像しろ』

 やはり声の主の位置が分からない。だが、言葉は経産省の田村が言ったと思っていた。

『田村か。どこにいる?』

『さっきと同じ場所だ。お前が夢の中にいるだけだ』

『すばらしい。明晰夢を見る人の中で、こんなにハッキリ会話が出来るのは初めてだ』

 そうか、教授もいるのか。

『教授、こいつが夢の中で混乱するから黙ってください』

『さっき言った通り儀式をしている連中を想像しろ。そこは夢だ。思ったことを実行できる』

 俺は田村に言われていることを必死に考えた。

 しかし、誰も出てこない。

 その替わりに、窪地から黒い霧が高く吹き上がった。

『どうした、現れたか?』

 黒い霧が、被せてあったベールが落ちるように、上から晴れていく。

 頭に蜘蛛のような複眼、口には蛸や烏賊の触手のようなものがたくさん生えていて、腕の先には鋭い爪がある。背中には蝙蝠のような羽が……

 俺は叫んでいた。

 言葉にならない、でたらめに息が漏れているような、喚き声。

 そして、走っていた。

 風景が一向に動かない。

 足を踏み出しても踏み出しても、床が滑るのか、空回りしているようだった。

『どうした? そこは夢だ。お前の意思で何とでもコントロール出来るんだぞ』

 違う。俺がこれを望む訳がない。

 これは俺がコントロールしている明晰夢じゃない。『クスルー』が見せている悪夢だ。

 そうでなければ、そうじゃなければ……

『どうした。怖いものはお前の意思で消し去れる』

『ダメだ。ガンマ波を切ります』

『おい、勝手な事をするな。おい、清水。何とかしろ。儀式をする連中か、頬に傷がある男でもいい』

 心臓が爆発しそうだった。

 振り返れば、異星の生命体の触手があるに違いなかった。

 その触手に触れられたら死ぬ。ここで殺される前に、俺は目覚める必要がある。そうしないと……

『ガンマ波は切っているはずなのに、どこから発せられているんだ』

「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 頭についてた電極やプローブをそのままに、俺はベッドの上で上体を起こした。

 ケーブルが計測機から外れ、波形がすべてフラットになっていた。

「……」

 田村が腕を組んで俺を睨みつけていた。

 俺は苦しくて、口で呼吸をしていた。

 教授は興奮気味に言った。

「夢の中で、どんな状態だったか、覚えていることを教えてほしい」

「そんなことはどうでもいい。もう一度夢に入らせるんだ。こっちは時間がない」

 田村は通訳の方を親指で示した。

「……」

 俺は再びベッドに仰向けに倒され、頭に様々なものを取り付けられた。

 自分の呼吸が落ち着き、整ってくると、俺は再び眠っていた。

 さっきと同じ夢。

 夢の中で、俺は大きな丸い窪地の縁に立っていた。

『〇△〇〇✕✕』

 異国の言葉が聞こえてくるが、どこを探しても声の主が見えない。

 必死に縁に沿って歩いていると、頬にバツ印の傷がある男が現れた。

 もう傷は治っているはずなのに、両頬から血が流れ出ていて、それを手に取ると地面に擦り付けるように塗った。

『✕〇△△〇✕』

 傷の男が言う。

 俺が黙っていると、俺の襟を掴んで絞めてきた。

『✕〇△△〇✕』

『なんだよ、くるしいじゃないか』

 俺は必死に絞めてくる手に抵抗する。

『✕〇△△〇✕』

 苦しい。何を訴えかけているのかわからない。

『✕〇△△〇✕ってなんのことだ?』

 傷の男は、急に首を絞めることを止めた。

『来たぞ!』

 という声が、俺からでも頬に傷のある男からでもない別の場所から聞こえてくる。

『〇〇✕✕、〇✕△〇』

 再び異国の言葉。だが、その声も俺でも傷の男でもない、別の誰かの言葉だった。

『△△✕△△△〇△』

 傷の男が答える。俺は、また黙っていると、男が首を絞めてきた。

『△△✕△△△〇△』

『やめろ、くるしい!』

『△△✕△△△〇△』

『……』

 俺は推測した。そして傷の男が言ったことを真似て言った。

『△△✕△△△〇△』

 おそらく、この明晰夢の中と外の通訳者が会話しようとしている。

 その為に、夢の中でしか聞こえないこの声を外の世界に伝える為、俺が真似て発音する必要があるのだ。

 俺は言った。

『はじめからそう言ってくれ』

『黙って中継に徹しろ』

 さらにいくつかの会話が続いた。

 俺が言い間違えると、正しい発音をするまで傷の男が何度も言い直してきた。

 この夢の中の頬に傷のある男は、生きている人間なんだろうか。生きている人間の魂が、俺に語り掛けているのだろうか。まるで俺は口寄せをしているイタコのようだ。

 会話が続いた後、突然窪地から黒い霧が吹き上がってきて、全身に鳥肌が立った。

 霧が傷の男に向かってきた、と思った瞬間にいなくなっていた。

『だめだ、あいつが現れた!』

 俺はまた動きもしないのに、必死に地面を蹴り、腕を振り、走っていた。

 後ろに迫ってくる黒い霧を感じるが、振り返ったら死ぬ気がして振り返れない。

 起きろ、起きろ、起きろ!

「うわっ」

 俺はベッドの上で上体を起こしていた。

 心臓の鼓動が激しくなっている。息が切れていて、苦しい。

「すごいよ君。それ〇✕語だよね。夢の中の人物が喋った言葉をそのまま言い直したんだよね?」

「〇✕語? それって子牙地域のプレハブに住んでいる人達の言語と同じですか?」

「そうだな。確かあの国は〇✕語を使う」

 ここまで教授と話していて、ようやく気が付いた。

 部屋の中に経産省の田村と通訳の人がいない。

「あの二人は?」

「お金の話があると言って出て行ったよ」

「……」

 俺と教授は、夢の話しをしばらくしていた。

 過去、原発施設にいた人も同じようにここで診たらしい。

 その時はこんな機材がなく、夢の内容をヒアリングしたりするに過ぎなかった。装置を導入してからも何度か被験者を募集したが、明晰夢をみる人間とは出会えなかったそうだ。

「すみません。俺と同じ施設にいた人って」

「個人情報だから、名前は言えないけど」

「どんな夢を見たかでいいんです」

「それなら話してもいいかな」

 教授は俺に見られないようにディスプレイの角度を変えると、ファイルを開いた。

「いつの夢かも」

「いつとは?」

「年月日が分かれば」

 教授が年月日を読み上げると、俺は施設で自殺者が出た年月と比較した。

「全員、ぴったり合ってる」

「君は何を言っている? それは何のメモかね? さっきの経産省の人もこの年月を確認していた。確か強い地震を記録した年月と言っていたが、私がネットで調べる限りそんなことは無いんだよ」

「施設で自殺者が出た年月です」

 教授は訝し気な顔をして、首を振る。

「同じ施設の人だからといって、自殺者と夢の実験の被験者が一致するとは限らないが」

「そうですね。せめて名前の突合が出来ればいいんですが」

 俺はわずかな可能性を思ってそう言ってみた。

「……いや、名前はコンプライアンスの関係で出せない」

 パソコンの方を向いたままそう言った。

「じゃあ、さっき言った通り、夢の内容を教えてくれませんか」

「ああ、そうだったね……」

 それきり教授は黙ってしまった。

 しかし、黙ったまま、教授はマウスを忙しく操作している。

 画面は見えないが、マウスの動きで、いくつかファイルを開いたり、スクロールしたりしているだろうことはわかった。

 そして俺をじっと見てから、口を開いた。

「なんだろう…… こんなこと、記憶にはあまり残っていないんだが」

「内容を教えてください」

「君の夢と似ている。というか、深い底から湧き上がる黒い霧。縁にいる人間が引き込まれてしまう。振り返ったらそいつに()られてしまう、という点まで一緒だ」

 驚いたような表情で俺を見る教授。逆に俺は納得がいったし、予想通りの結果だった。

「全員が『監視者(ウォッチャー)』ということか」

「君、警察にこのことを言った方がいいんじゃ……」

 それに関しては、俺の中で結論が出ていた。間髪入れずに俺は答える。

「警察がこんなことで動いてくれませんよ。もっと確かな事実を掴まないと」

「事実って言ったって、君のいう蜘蛛の複眼、蛸のような触手、猛禽類のような爪、蝙蝠の翼…… そんなものいる訳が」

 やっぱり、この人と話しても無駄だ。

 俺は時刻を確認して、もう田村がここに戻ってこないと判断し、タクシーに連絡した。

 立ち上がって教授に別れを告げた。

 大学内の車回しにタクシーが入ってくると、俺はそれにのって施設に帰った。




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