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自分は本当に結婚したんだろうか。
あの家は自分のものなのか?
自称することもない爵位に至っては、手に入れた実感もない。
あの使用人達にしても「お嬢様」と縁が切れれば、迷うことなく伯爵家に戻り、ここに残りたがる者はいないだろう。
あまりにも不確かなものに囲まれている。
気になって、今いるあの屋敷の登記を確認しに行くと、最近名義が変わり伯爵のものでなくなっていたが、デニスの名前ではなく「マイケル・ターナー」という名になっていた。伯爵に騙されたのか、あるいは登記変更に紛れて横取りされたのか。
爵位も調べたが、こちらも結婚の四日前に変更になってはいたが、同じ名が書かれている。
婚姻の条件が満たされていない。これは離婚の理由になるのではないか。手違いだと訂正されるより、できるものならこんな生活をやめてしまいたい。
デニスは不履行に対する怒りよりも、救いを見つけたような安堵を覚えていた。
シェリルのことも気になり、念のため家の近くの見回りを多めにしてもらった。
三日後、デニスはもう一度家に戻ってみることにした。
まだ向こうは家には帰ってきていないかもしれないが、確認はせず、事前に先触れも出さなかった。他人の家を訪問するような手順を踏むのさえしゃくに障った。無駄足を踏もうと、いなければ黙って宿舎に帰ればいいだけだ。
そういう日に限って、屋敷には明かりがついていた。アメリアは家にいるようだ。アメリアの部屋にも明かりがついている。ということはまだ起きているはずだ。
デニスは鍵のかけられていたドアを開け、中に入った。出迎える者はいない。
デニスが家に入ったのに最初に気がついたのは通りすがりのメイドだった。
「お、お帰り、でしたか、ご、ご予定は、伺ってなく…」
なぜかメイドはデニスの帰りにうろたえていた。
「アメリアは?」
「奥様は、えっと、…もうお休みになられて…」
窓には明かりがついていた。まだ寝ているとは思えない。妙に落ち着きのないメイドに何かを察し、デニスはすぐに段を飛ばしながら二階にかけ上がった。
「お待ちください! 今奥様は手が離せず、お部屋でお待ちいただけましたら後ほど…」
メイドはデニスを止めきれず、デニスが普段アメリアが使っている部屋に向かうと、ノックもせずに扉を開けた。
ベッドの上で紅いドレスが花びらが開いたようにめくれ上がり、その花を求める男がいた。開いたドアに振り返った男はこの家の執事だった。
執事は慌ててベッドから降り、自分のズボンを引き上げようとして何度も手を滑らせていた。
「なるほど。…やはりおまえはこの男とできてたんだな」
デニスは驚きはしたが、冷静だった。声を荒げることもなく語るデニスに、アメリアは寝転んだまま起き上がることもなく、眠たげな眼をしてけだるそうに答えた。
「…お帰りなさいませ、旦那様」
「元々その男が情夫で、俺との結婚はそれをごまかすためだったって訳か?」
荒げはしないが、低く重い声で問う夫に対して、アメリアは動揺した様子もない。
「私の旦那様は、あなただけです」
「では、こいつはおまえの何だ?」
「執事、です」
「結婚前からこんなことをしてたのか?」
アメリアは背をベッドにつけたまま、首だけをデニスに向けて言葉を続けた。
「私、ドレスを脱いでいませんわ? この肌を、誰にも、見せたことはありません。私のドレスをほどくことができるのは、旦那様だけ。だって私は、貞淑な妻、なのですもの」
わずかに口元をほころばせながら語るアメリア。
アメリアの言うとおり、アメリアのドレスは裾をめくられ、情事にいそしんではいたが、ドレス自体は脱がされてはいなかった。しかしそんな理屈、聞いたことがない。恥というものがないのか。
「…どういう教育を受けたら、そんなことを言えるんだ」
アメリアは悪びれる様子もない。
執事に目をやると、執事はアメリアの愚かな答えに満足したのか、にやりと笑っていたが、殺気に満ちたデニスを見た途端、震え上がり、身をすくませた。
「服を脱がなければ貞淑だと? 誰がそういった? おまえの母親か? 教育係か?」
「とても偉い方が、教えてくださったの。マイクだって、そう言ったわ。そうよね、マイク?」
執事のマイクは自分を睨むアメリアの夫が騎士であることを思い出した。腰にある剣は飾りではない。主人の妻に手を出した使用人は首をはねられても文句は言えないのだ。マイクは腰を抜かして床に手をつき、後ずさりした。
「ち、違うんです、これは、…、これは、お嬢様をお慰め、…その、まだ私は何も、ええ、何もしていません」
「何もしていなくてズボンを下ろすのか? ん?」
デニスは壁の端まで逃げたマイクに剣を突き出した。マイクの頬をかすって剣が床に刺さり、マイクの悲鳴が響いた。
「ぎゃあああっ」
悲惨な姿の執事に対し、アメリアは瞳を輝かせ、作り物ではない笑顔を向けてきた。
「ああ、旦那様、私がひどい目にあっていると思って、助けに来て、くださったのね」
この状況で、喜んでいる? そのことが信じられない。
デニスは溜め息をつき、一旦剣を鞘に収めた。
「慰めてもらっていたのか。…こうやって、毎日?」
「そんな、毎日だなんて…。私は、あなたの妻なのに」
「おまえの家では、夫でもない男にあんな風に足を広げて慰めてもらうのが普通なのか?」
「ふふふ、妬いてるの? 嫉妬するなんて、かわいいい人。心配しないで、私はあなたのものよ。あなたには、このドレスのリボンをほどく権利があるわ。結婚式の時は、ほっぺにキス、だけだったでしょう? 今度こそ唇にキスして、そして私はあなたの妻になるの」
横になったままゆるゆると手を伸ばそうとするが、起き上がることもできず、その手はデニスまで届かないまま力尽きた。
ついさっきまで執事と絡み合いながら、今度はその執事がいる前で自分の服のリボンをほどけと、脱がせろと言ってくる。この女は頭がおかしいのか。
デニスは思いっきり眉間にしわを寄せ、アメリアを睨みつけた。




