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あの家に戻るのがどうにも気が重く、帰る前に一杯飲むことにした。
行きつけの店にはシェリルも来ていた。他の男と飲んでいたようだが、デニスを見つけるとすぐに席を移動してきた。
「悪いな、今日は家に戻ることになって長居できない。このままあいつらと飲んでいたほうがいいんじゃないか?」
デニスが視線を向けると、一緒にいた男達は帽子を目深にかぶり、目をそらせた。
「家に? 奥様のところ?」
シェリルは驚いたように振る舞っていたが、目は秘めた企みを隠せていなかった。
「やっぱりなんやかんや言っても奥様がいいのね。あなたも悪い人ねぇ。…奥様に言っちゃおうかしら」
「別に告げ口されてもかまわない。好きにしろ」
面倒になり席を移動しようとしたデニスに、シェリルは慌てて腕をつかんだ。
「嘘よ、嘘。冗談に決まってるでしょ? こっちだって割り切って付き合ってるんだから。心配しないで? ね?」
デニスは振り払いはしなかったが、酒代を机に置くとそのまま席を立ち、店を出た。シェリルもそのままついてきて、デニスの顔を覘き込むと、
「ずいぶんひどい奥さんみたいだし、帰りにくい事情があるんでしょ? 一緒に行ってあげてもいいわよ?」
と、いつになくデニスに絡みついてきた。
そろそろ動く頃か。
デニスはシェリルを追い払うことなく、辻馬車を拾いそのまま家に向かった。憂鬱だった帰宅だが、何か進展がありそうで、不謹慎ではあるがなんだか愉快になってきた。
しかし、家に戻ると明かりはついていなかった。
また急に体調が悪くなり、家に戻ったのだろう。浮気相手を連れ帰れば、現実はおとぎ話の世界ではないことを身をもって感じるかと思ったが、冷静になって考えれば、下手にごねられて慰謝料だの請求されても面白くない。つまらないことをしようとした自分を反省し、今日アメリア達が家にいなかったことをありがたく思った。
「どうやら妻は留守のようだ。悪いが今日は…」
「へえぇ、あなた、こんな大きな家に住んでいたのねぇ。さすがお貴族様! こんなお屋敷の中がどうなっているのか一度見てみたかったの。ちょっとだけでいいの、見せてくれない? 奥様もいないことだし…」
シェリルの希望に応じ、デニスは閉じられていた門を開け、鍵を使って家のドアを開けた。
貴族の家? 本当の貴族の家なら自分の馬車を使い、車寄せまで乗り込むところだ。家令は常在し、主人はドアが開かれるのを待ち、悠々と家に入る。こんな風に暗い中見えない鍵穴に鍵を差し込んで、真っ暗な家に入るなど、別荘の管理人にでもなった気分だ。
玄関に置いてある手提げランプに火をともせば、暗い屋敷の中に二人の影が長く伸びた。知らない家のようだ。シェリルはキョロキョロと辺りを見回し、物珍しげに感嘆の声を上げていた。そのまま廊下を端まで歩き、折り返して客室に連れて行ったが、茶の一杯もありかがわからない。アメリアがいなければ使用人さえいないのがこの家だ。
「誰もいないなら、ここで、どう?」
シェリルは腕を絡ませ、デニスの胸をそっとなでた。シェリルはデニスのプライベートな領域であるこの家で睦み合うことで背徳感を興奮に変えようと思っているようだが、デニスはそんな気になれず、腕を払った。
「…勘弁してくれ」
「あら、やっぱり奥様には義理立てちゃうの?」
「…さあな。そう思っとけばいいんじゃないか?」
いらだつデニスにシェリルも気分が乗らなくなり、その日はそのまま家を出て、シェリルを酒場の近くまで送ると、デニスも宿舎に戻った。




