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夜勤明けに家に戻ると、庭にアメリアがいた。執事はにこやかにアメリアの車椅子を押し、花壇で立ち止まった。アメリアは目を細め、朗らかな笑みを見せた。絵本の中のような穏やかな光景だ。
門から入ってきたデニスを見て、想定外だったのか、執事は少し慌てた様子だった。
アメリアは執事に
「どなた?」
と問いかけ、首をかしげた。
無言で近づいてくる男にアメリアは身をすくめたが、執事が追い返そうとしないところを見ると、不審者ではないようだ。
「デニス・フォスターです。アメリア・ディクソン嬢」
デニスが名乗ると、アメリアはようやく自分の夫だと気付いたのか、安堵の表情を見せた。
「旦那様? 制服を着ていらっしゃるからわからなかったわ」
呼ばれた名には何も反応しなかった。デニスの皮肉はアメリアには通じていないのか、それとも自分がアメリア・フォスターになったという自覚がないのか。
「ずっと制服でここから通勤していましたが。結婚式以降、初めてお見かけしたのでやむを得ないでしょうか?」
つい皮肉混じりな話し方になってしまったが、アメリアは動じることなく、
「騎士の制服、とてもお似合いですわ」
ととぼけたことを言った。とろんとした目は眠たそうだった。
「…あなたが私を初めて見た時、私は制服だったんじゃないんですか?」
アメリアは数回瞬きをした後、首を傾けて笑顔を見せたが、何も言わなかった。家では困ったことがあってもこれで済んでいたのだろうか。
どうせアメリアがデニスに助けられて一目惚れしたという話は嘘なのだろう。そんな作り話までして自分と結婚した本当の理由は何なのだろうか。何か裏がありそうで薄気味悪い。
デニスはそのまま家に入り、カーテンを閉め切って眠りについた。
その日の夕食は、デニスが座るとすぐに食事が出てきた。デニスは食事を始めたが、半分ほど食べたところでアメリアが執事に車椅子を押されてダイニングに現れた。
一緒に食べるならそう言えば待ったのに。何も言わないアメリアや執事はもちろん、使用人達の気のきかなさが腹立たしく思え、つい口調がきつくなった。
「ここで召し上がるんですか?」
「ええ。食事は家族一緒にとるものでしょう?」
この家に戻ってきてから、何の断りもなく夕食にも朝食にも現れなかった当の本人が、悪びれもせずにそう言ったことがデニスには不快だった。
デニスが先に食事を始めていてもアメリアは気にもとめていない。アメリアの食事は準備されていたようで、すぐに机の上に並べられた。
何の会話もなく、カトラリーと皿が当たる音だけが響いた。
一品一口づつ口をつけただけで、アメリアはナイフとフォークを置いた。
「食が進まないようですね」
アメリアの返事はなく、執事はアメリアの車椅子を動かしてダイニングを出た。挨拶もなしだ。
さほど間を置かずデニスも食事を終えた。廊下に出ると、執事はアメリアを抱きかかえ、二階に運ぼうとしていた。デニスと目が合うと、
「お嬢様をお運びするのは私の役目ですので」
そう言って浮かべた笑みは、仕える主人に向けるようなものではなかった。
執事がアメリアに何か耳打ちするとアメリアは視線を執事に向け、しがみつくように執事の首に腕を回した。
車椅子なのだから仕方がない。そう思ってはみたものの、嫉妬という言葉では足りない不快感で心がざわついた。
あれが、自分の妻? 執事に抱きかかえられ、しがみついている女が?
執事との道ならぬ恋をごまかすための偽装結婚なら、最初からそう言ってくれた方がましだ。
もとより夫婦の時間などなかったが、二人の部屋をつなぐ内ドアの鍵を改めて確認し、その前に家具を置いて使えないようにした。




