↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

王弟殿下の人形 前編 2

 少女の家では祖父に代わり、少女の父親が当主になっていた。

 少女は当初、男というだけで父親さえも恐ろしく怯えていたが、久しぶりに会った父は記憶の中とさほど変わっていなかった。城の役人から父親に引き渡され、王城の門を出てようやく夢ではないと実感し、家に連れて帰ってくれた父に感謝した。


 しかし母親は少女を受け入れなかった。

 当時六歳だった娘が二十代半ばの男に取り入るなどあり得ないことだ。しかし義父は娘の方が王弟に取り入ったと明言し、娘を城にやると言った。王弟が気に入っているのだから、王弟の元に差し出しておけば王族の覚えもめでたく、側妃にでもなれば万々歳だ、と。

 父親は半信半疑だったが、家の利益を思えば逆らうほどのことはなく、母親は義父の言葉を鵜呑みにし、娘を切り捨てる決定に従った。


 しかし娘は突然家に戻って来ることになった。つまり王弟に見捨てられたということだ。

 娘は娼婦と変わらない家の品格を落とす存在だ。世間に知られれば子育ての失敗だと責められ、母親である自分の咎にされかねない。娘の帰参は決して容認できるものではなかった。


 妻が娘を毛嫌いしたこともあり、父親は娘を屋敷の裏手にある別棟に住まわせることにした。

 ようやく王弟から解放され城から出られた娘は自由に外に行きたがった。しかし母親は娘が人目につくことを厭い、週に一度の教会への祈祷の他は外出を禁じた。当然学校にも行かせなかった。


 別棟にも使用人がいたが、母屋から回された侍女や侍従は伯爵家の使用人でありながら礼儀もわきまえていなかった。その家の令嬢である少女に敬意を持たず、仕事は手抜き、食事やおやつをくすねるのも常で、横柄な態度で適当にあしらっていた。その中心になっているのが屋敷を取り仕切る執事の息子で、不平を言ったところで執事は息子を優先し、聞き入れてはもらえなかった。

 まだメイド達の方がよほど真面目だった。少女はメイドを味方につけ、外部との手紙のやりとりやちょっとした買い物を頼んだ。


 城にいた頃も王城の外に出ることは許されず、王弟に呼ばれれば逃れるすべはなかったが、第二王女の話し相手として過ごした時間は有意義で、共に学ぶのは楽しかった。王女のために一流の行商人が持参する珍しい商品は見ているだけで楽しく、広く美しい中庭なら散歩も許された。少ないなりに自由はあったのに…。

 家に戻ったからといって望むような暮らしができるわけではなかった。家族に夢を抱きすぎたことに気付いたものの、この先希望を見いだせるものは何も見つからなかった。



 少女が家に戻ってから二年後、あの王弟が隣国に婿入りすることになった。

 この国からいなくなると聞いて心から安心できた。家に戻ってから一度も王城に足を向けることはなかったが、これで偶然にでも会うことはなくなるだろう。


 結婚するということは、あの性癖も治まったのだろうか。少女がいた六年間、変わることのなかったあの悪癖が。

 結婚相手である公爵は再婚で、亡くなった前夫との間に娘がいると聞き、不安がよぎった。

 公爵ともなれば王弟のことを調べているはずだ。余計な心配だと思ったが、きちんと調べがついているなら断りそうなものだが…。


 王城にいた頃の限られた伝手を使い、隣国の公爵家に手紙を届けてもらった。公爵にはただの中傷と受け取られるかもしれないが、それでも何もせずにはいられなかった。

 丁寧に祝いの言葉を書き、最後に

「義父となられましても血のつながらない殿方。くれぐれもお嬢様方から目をお離しになりませんように」

と書き添えた。



 その一年後、王弟は幽閉された。隣国では王弟の幼い子供に対する性的虐待を公にするとともに、この国でも余罪があったのではないかと調査と開示を求めたが、王家は否定し、賠償はもちろん謝罪にも応じなかった。


 王家が認めずとも、この国には誰もが思い当たる疑いの種がいくつもあった。

 噂が広まるにつれ、この国での幼い令嬢達の不自然な境遇は、全て王弟に関係づけられて囁かれた。特に幼くして行儀見習いになり、王弟のそばで仕えた少女達には好奇の目が寄せられることになった。


 少女の母親はいわくのある娘を隠すため薬を飲ませた。思考力が落ち、過剰な睡眠を誘う薬は、体の自由を奪った。

 薬のせいで体調を崩した娘に、病気だからと部屋から出ることを禁じ、以来「持病」の薬を飲ませ続けた。少女はその薬のせいで体調がおかしくなっているとわかっていた。しかし侍女や執事の息子に見張られ、薬を飲まなければ体罰を受け、無理矢理口に含まされた。



 そんな中でも、週に一度教会に行くことだけは許された。罪深い娘が敬虔な信者となり、神の許しを得ることが母の望みだった。

 その時だけは家族と同じ馬車に乗った。仲睦まじい一家の病弱な娘は周囲の同情を買うにはうってつけだったが、それは見た目だけ。母親から聞いた話を信じ、同じ侮蔑の目で見る兄弟達と話が弾むわけがなかった。


 渋滞待ちで外を見ていると、迷子になった平民の子供を肩に乗せ親を探している騎士団員の男がいた。母親が見つかり、再会を喜び合う姿を見ていると、ずっと家に帰りたいと願いながら城で暮らしてきた日々を思い出し、胸が苦しくなった。


 数日後、祈祷を終え教会から出た所で通りすがりの男が自分のブローチを引きちぎり、走って逃げていった。突然のことに怖くて震えていたが、うろたえている家令よりも先に男を捕らえ、ブローチを取り返してくれた人がいた。あの日の騎士団員だった。

 笑顔を向けられたわけでもなかったのに、胸が高鳴った。その人は

「気をつけて」

とだけ声をかけ、ブローチを手渡すと犯人を連れてどこかへ行ってしまった。

 男の人でありながら怖いと思わず、触れた手が熱く感じられた。それが初恋だった。


 礼を言いたくてその人を探し出してもらうと、父親はその人の家を調べ、縁談をとりまとめた。

 子爵家の三男で、家と爵位を譲るというと迷うことなく結婚を了承したという。娘は自分が付録でもその人の元に嫁げるならきっと幸せになれると思った。




 後編 近日刊行予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。