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王弟殿下の人形 前編 1

 ラウレル王国で小説が出版された。その内容はこの国の公爵家に婿入りした愚かな隣国の王弟が起こした事件を連想させ、瞬く間に売り上げを伸ばした。

 しかし冒頭には、この物語はあくまで創作であると注記されている。




王弟陛下の人形  前編


 とある王国では、第一王子の婚約者を選ぶパーティが繰り返される中、幼い令嬢に異変が相次いだ。

 病気を理由に領に引きこもるようになった令嬢、他国の貴族の養女として引き取られ国を出た令嬢、葬儀もなく死亡届が出された令嬢、行方がわからなくなった令嬢…。

 王子妃の第一候補である公爵令嬢の嫌がらせが原因だと噂され、公爵令嬢は無実を訴えたが、候補を辞退することになった。しかしその後も異変は密かに続いていた。



 パーティの片隅、一人でいる少女に王弟が声をかけた。


「将来の王妃としての心構えを教えてあげよう」

「おいしいお菓子があるんだ。君はかわいいから、君だけにあげよう」

「犬を飼い始めたんだ。見たくないかい?」

「君だけ特別に第一王子に会わせてあげるよ」


 王弟は少女を自分の部屋に招き、扉は閉ざされた。



 ある少女は父母にその日にあったことを話した。

 足を見せるのははしたないと言われていたのに、ドレスの裾をめくられて、…。

 怖かった。何か変だった。気持ち悪かった。口止めされていたのに話すことにしたのは、どうしたらいいのかわからず、助けてもらいたかったからだった。

 しかし両親は

「あのお方がそんなことをするはずがない」

「そんな嘘を言えば不敬罪に問われる。滅多なことを言うものではない」

と聞き入れてはくれなかった。

 一方で、その話を耳にした現伯爵家当主である少女の祖父は、密かに王弟に賠償としてとある事業への融通と資金協力を求めた。金を払った王弟は、賠償は名目で少女を買ったと考え、それは正しかったのだろう。少女は祖父によって「行儀見習い」として王城に差し出された。


 その後、他国の姫君が第一王子の婚約者に決まり、令嬢を集めたパーティは開かれなくなった。



 王弟は「行儀見習い」の少女を自分の元に受け入れ、自室の隣に少女の部屋を設けた。壁には数枚の肖像画がかけられていたが、部屋に似合わずどこか不気味だった。一人で過ごしていると時々視線を感じ、妙な息づかいが聞こえるような気がした。王弟に来客があると急に着替えを命じられることがよくあった。新しいドレスが部屋に置かれていたが、誰かに着替えを見られているような気配がして震えが起きた。


 時にサイズのおかしな服が用意され、きわどく見える足をしげしげと眺められたり、大きすぎる服が肩からずれたところを覘かれ、隙間から手を入れられたり、服の上から執拗に撫でられることもあった。触れるのは王弟だけだったが、それを他の男がニヤニヤしながら見ていることもあり、たまらなく嫌だった。

 二人だけになった時は、時間が早く経つことを祈るしかなかった。


 呼び出された時は常に笑っているよう求められ、怯えや涙を見せると後で侍従に鞭で打たれた。そうしてどんなときでも笑顔を作ることを覚えた。笑顔で、人形のように、言われるがまま、逆らわない。それが少女のなすべき仕事だった。


 王弟は時に公務で城を出たが、出かける時は同行を命じられなかった。王弟がいなくなるとほっとしたが、城から出ることは許されず、見張りがついた。

 城の中には同年代の子供が何人かいて、時に仕事が回され、第二王女の話し相手として呼ばれることもあった。王女に気に入られてからは王女の勉強の時間に同席したり、王女が主催するお茶会に呼ばれたこともあった。しかし王女以外の王族や従者からは警戒されているように感じていた。


「殿下とのことを問われたら、侍女として仕えている、それ以上のことは言わないように」

 何人かの大人に繰り返しそう言い聞かされていた。大人達は王弟と少女の関係を知っていたが、王弟の望むことをかなえるのが大人達の仕事であり、少女もまたそれに従うしかなかった。

 もちろん、王女にも秘密にしていた。王女は優しい叔父が好きだが、二人きりになってはいけないと言われていると話した。王までも王弟の悪癖を知りながら黙認しているのなら、自分が救われる日は永久に来ないように思えた。



 王弟は少女をそばに置きはしたが、少女を妃にする気はなく、少女の年齢が上がるごとに関心をなくしていった。

 部屋に別の少女が入って行くのを見かけたのも一度や二度ではなかった。王弟付きの行儀見習いの少女は初めは一人だったがそのうち三人に増え、人も部屋も入れ替わった。

 肖像画のある王弟の隣室でなくなってからは自室で安心して過ごすことができたが、誰かが同じ目に遭っているのかと思うと心苦しかった。



 六年が過ぎ、少女が初潮を迎えると、王弟は少女に家に戻る許可を出した。許可と共に言い訳と脅しを連ね、少女を牽制した。


「喜べ、おまえを家に帰してやる」

「淑女としての作法が身についたのは私のおかげだ。おまえも王族に縁ができて喜ばしいだろう。私に感謝するといい」

「城に迎えたのはあくまで行儀見習いのためだ。全てはおまえのためだ」

「純潔をなくすにはドレスを脱がなければいけない。私達の間にそういったことはなかったのだから、おまえは純潔だ。そう言い張ればいい。何の心配もいらない」

「城であったことは他言無用だ。漏らせば、おまえの家など取り潰され、家族は路頭に迷うことになる」

「私への敬意を忘れるな。常におまえのためを思ってきた私を裏切るなよ」


 欺瞞に満ちたその言葉一つ一つが、少女には恐怖だった。

 それでも家に戻れるなら。

 少女は愚痴一つこぼさず、感謝を告げた。


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