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その後、デニスは騎士団の宿舎暮らしに戻った。世間的には離婚したことになっているが、訂正する気もなく、生返事でごまかしていた。
生活は大きく変わることはなく、変わったと言えば、既婚者ののろけ話を聞いてもうらやましいと思わなくなったことくらいだ。
仕事でない限りあの家の周辺には足を向けないようにしていたが、三ヶ月ほど過ぎたある日、手紙が届いた。
旦那様
答え合わせをしたくはないですか?
街でデートしましょう。
十月四日十四時、二十四番館でお待ちしています。
手紙はアメリアからだった。かつて宿舎に送られてきた身勝手な手紙と同じだった。別の男の妻になりながら、まだ「旦那様」と書いてくるところが不愉快だ。
何も知りたいことなどない。行く必要はないと思いながらも、その日はたまたま非番だった。その場所に向かったのは好奇心のせいだ。
二十四番館は、一ヶ月前にオープンした、平民には少し敷居の高いカフェだ。
どうせまたすっぽかされるんだろうと思っていたが、アメリアは先に来ていて、個室を取って待っていた。
子爵婦人というより少し裕福な商人の妻くらいの着こなしは品があり、目立つこともない。顔色は悪くなく、落ち着いて見えた。
時間通りにやってきたデニスを見て、アメリアは座ったまま軽く会釈し、連れていた侍女らしき女を下がらせた。
「何の用ですか? ターナー子爵夫人。妙な誤解を招きたくないので、夫人と二人きりになる気はありませんが」
立ったままのデニスに、アメリアはいつもの貴族らしい定型の笑顔を向けた。
「お店の方だって出入りするのだし、二人っきりという訳でもないわ。そんなに警戒しないで」
すぐに給仕が来て、デニスに温かい紅茶を出した。毒でも入れられているのではないかと警戒しないでもないが、そこは店を信じることにした。
いい茶葉を使った茶に、見た目にも美しい派手な色の果実で飾られたケーキやタルト。デニスの実家は貴族ではあったが、こんなものを口にすることはなかった。
以前はいつも顔色が悪くけだるそうにしていたが、今は痩せてはいるが人並みに見える。
「元気そうだな」
「ええ。…今は大分落ち着いているの。あなたと結婚していた時は体調が悪くて、ずっと家を空けてしまっていたけど、…寂しかった?」
デニスは眉をひそめ、カップの持ち手から手を離し、今にも立ち上がろうとしたが、アメリアは言葉を続けた。
「寂しくなんてなかったわよね。あなたは宿舎に戻って、自由を取り戻し、魅力的な女性と仲良くしていたのだし…」
アメリアが女のことを知っていたのは意外だった。
結婚は成立していなかったのだから、責められる謂れはない。しかしそれは結果論だ。面倒な結婚に嫌気がさし、一緒に飲んだ女とそのまま情事にふけった。それを今更掘り返されたのが不快だった。そんなことを言うために呼び出したのか。
「おまえだってあの執事と楽しく過ごしていただろう。執事にして連れてくるぐらいだ、結婚前から関係を持っていたんじゃないのか?」
いらだつデニスとは対照的に、アメリアは動揺しなかった。デニスの言葉に
「そう、思うわよね…」
と答えたアメリアは悲しげに見えた。
「病弱なのは嘘よ。私はずっと薬を飲まされていたの。病名もわからない「持病」のためと言われていたけれど、その薬を飲むとめまいを起こし、眠気がひどくて体に力が入らなくなる。時々飲んだ振りをして捨てていたけれど、後で見つかるとひどく叱られるから、飲まないわけにはいかなくて」
「それは…毒、か?」
曖昧な笑顔での無言は、おおよそ見当がつく答えさえも隠した。
「婚約してからは、あなたと会う日が近づくといつも以上に体調が悪くなって…、きっと薬を増やされていたのね。あなたに会えないのが寂しかった」
「花を渡すことさえ断られたけどな」
「お花を、持ってきてくれてたの? 本当に?」
もらってもいない花束を思い描き、アメリアは喜んだ。自分のためにデニスが用意してくれた花…。しかし空想上の喜びは長くは続かず、また陰りのある笑顔に戻った。
「…私には、花も、あなたの言葉も届かなかった。『せっかく来たのに無駄足になった』と怒って帰ったと聞いて、私のせいであなたに迷惑をかけているのがつらかった。ずっと謝りたかったの」
せっかく訪ねて行ったのに。確かにそう思いはした。それを口にすることはなかったが、態度には出ていたのかもしれない。だからといって病人にそんなことを伝える必要はないだだろう。そこにあるのは悪意だ。
「式の前日は薬をこっそり捨てたのに、式の日はいつも以上に眠気がひどく、力が入らなくなっていて、それでも絶対に欠席はしたくないと父にすがったの。父も「自己管理がなっていない」と怒りながらも式を挙げることには同意してくれたわ。それなのに式が終わると新しい家ではなく、いつもの家に連れ戻されてしまった。あの一人きりの家に…。こっそり家を抜け出そうとしたら見つかって、捕まった時に足を折られてしまったの。薬の量も増やされ、ほとんど寝たきりだった。自分で足を折っておいて甲斐甲斐しく世話をする振りをしているあの男を振り切る力さえなかった。せっかくあなたのいる家に戻れても、朦朧として、眠ってばかりいた。すぐ隣の部屋にいるのに、会いに行くこともできず、ようやく一緒に食事をとれた時だって、あなたの目の前で見せつけるように抱きかかえられて、…。あなたが呆れて家を出て行くのも仕方がないわ」
デニスはアメリアの足が折れていることにも気付いていなかった。病気で立てないのだと思い込み、普段頼っている男がよほどいいのだろうと、あの時、アメリアを見限った。
もしアメリアの言うことが真実なら、あの男の仕掛けた罠にまんまとはまったことになる。
今にも泣き出しそうな目をしながら、なお口元には微笑みを絶やさないアメリアのことが怖くもあり、切なくもあり、それでいてなお語る言葉を信じ切れないでいる自分がいた。




