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「それだけじゃない。教会に確認したら、俺とアメリアが結婚した記録はなく、同じ日にアメリアとマイケル・ターナーの婚姻が登録されていた」
「え、…アメリア様とマイケルが…?」
結婚に関してはバスティアンの企みではなかったらしく、バスティアンは驚きを隠さなかった。婚姻の手続きをしたのは息子なのだろう。さすが親子、やることは同じだ。
結婚相手が変わっていることを聞き、伯爵はいらだちを見せた。
「…使用人の息子と、だと? どこまでもこの家を貶めよって…。貴族の端くれと縁立ててやったというのに」
その「貴族の端くれ」がデニスのことを指すのは言うまでもない。「端くれ」でも苦労しなければ縁談をとれない令嬢。
「アメリア嬢は…訳ありってことか」
「…そんなことも知らなかったのか? はっ、金に目がくらんで結婚しておきながら、騙されたとでもほざくか」
デニスの親がアメリアのことを事前に調べたかはわからない。恐らくろくに調べてはいないだろう。伯爵家からの申し出を断れるわけがなく、期待もしていなかった三男に家付き、爵位付き、自分たちも大金が手に入る、そんな縁談がきたなら大歓迎だ。結婚後に令嬢を養うのはデニスで、難があろうと自分達には無関係。
そういう親だ。
「…もう、いいですよ。家も爵位もいただいてないし、婚姻もしていなかった。元々何もなかったというならそれでいい。実際、俺とアメリア嬢とは何もなかった。結婚したその日から実家に帰り初夜もなし。アメリア嬢とずっと一緒だったのはあの執事の方だ。実際あの執事とはやることはやってましたしね。手を出さなくて良かったと心から思いましたよ。あの男とは既に教会が婚姻を認めていることだし、爵位もある。このまま入れ替わってしまえばいいんじゃないですか?」
思わず漏れた、諦めの混じった笑い。
約束していたことは何一つ手に入らず、結婚さえも果たしていない。誰かの思惑にデニスは振り回されただけだ。
伯爵にしても、落ち着いて考えればデニスがマイケルに変わっただけで、さほど状況は変わっていない。
やっかいな娘ながらも爵位を持った男と結婚させ、住む所も与えた。世間的に見て父親としてやるべきことはやっている。それは伯爵の希望通りだ。
「そっちがそれでいいのなら、…よし、それで行こう。君の父親に渡した金は、手切れ金としてそのまま納めてもらってかまわん」
話がまとまり伯爵は満足した様子だった。デニスも納得した。自分の両親も金を戻さずに済むならこの結末に文句は言わないだろう。
結婚により既に果たされたはずだった「婚約」は解消され、全てはリセットされた。
「それでは、ご縁はなかったということで。…失礼します」
一礼して、デニスは伯爵家を去った。
伯爵にとって、アメリアは面倒な娘だった。
アメリアが気に入ったという下位貴族の三男は悪くない条件だった。世情に疎いのか、アメリアのことを知られていないのをいいことに、金を積み、屋敷や爵位まで振る舞って結婚に持ち込めたが、結局何の意味もなかった。
娘が執事となったバスティアンの息子とそんな仲になっていたのは意外だったが、執事も見て見ぬ振りをしていたのだろう。結果的に子爵位を得たとはいえ使用人と関係を持つとは、やはりふしだらな娘はどうあっても変わらない。アメリアから誘ったのか、マイケルが惚れたのか…。
二人がどうあろうと、アメリアはあの家でマイケルと暮らすしかないのだ。アメリアが自らデニスと結婚を望みながら、あの男から全てを奪っていった執事と。
伯爵はバスティアンに告げた。
「おまえの処分は後ほど決める。心しておくように」
「覚悟の上です」
かつて父親が持っていた地位と屋敷を強引に取り返し、息子に引き継いだバスティアンだったが、再び奪われることはなくなったとわかり、晴れやかな顔をしていた。領地は戻ってこなかったが、積年の念願だった家の復興を果たせたのだ。
伯爵はマイケルの爵位も家の権利もそのままにする決断をしたが、マイケルを認めていたわけではなかった。
「あの息子には荷が重かろうな」
執事としては未熟で頼りなく、学も足りない。少し強く言えば安易に折れ、妥協し、信念を持って毅然と振る舞うことはできない俗物だ。そのくせ下の者には居丈高に振る舞い、使用人の中でも決して評判のいい者ではなかった。だからアメリアの側付にして母屋から追い払ったのだが、身の程もわきまえず自分が仕える家の令嬢に手を出し、そのくせ娘がほしいと伯爵に直談判することもなかった。…つまらない男だ。
父親の不正で手に入れた地位と家でまともに暮らせるのか。
結婚したということはもはや執事ではないのだから、マイケルには給金は支払われない。マイケルにはこの先収入はないのだ。娘の嫁ぎ先とはいえ、主人を裏切り不正に加担するような男に援助するつもりなどないが、あの男はそれに気がついているのか。
自分は伯爵家に望まれて結婚したデニスとは違うということを。




