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翌日、デニスはディクソン伯爵の元を訪れた。伯爵と顔を合わせたのは婚約と結婚式の二回だけ、これで三度目だ。
部屋には伯爵と一緒に執事も同席していた。
伯爵は娘婿を歓迎するそぶりも見せなかった。
「何の用だ。これでも忙しい身でな、手早く済ましてもらいたい。金の無心か? 暮らしには問題ないだけの金を渡してあるはずだ」
「誰の暮らしです?」
デニスの問いを生意気だと思い、伯爵は訝しげに顔をしかめた。
「確かに食事は出され、部屋も整っています。だがメイドも執事も、使用人はアメリア嬢が実家に帰ると一緒について行き、あの家からいなくなる。自分の娘を養うための金を出していることに、そんなに偉そうに言いますかね? おこぼれに預かっていることにもっと感謝すべきですか?」
伯爵の表情が疑念に変わっていた。
「…実家に? …あれは帰ってきてるのか?」
伯爵は娘が家にいるかどうかも把握していないようだ。
「結婚式が終わったら、そのままそちらに戻りましたよ。今の家には気が向いた時に来るくらいです。…ご存じないのですか?」
「あれは、結婚した後もここにいたのか?」
伯爵が執事に尋ねると、執事はデニスにちらりと視線を動かした後、こくりと頷いた。
「何故嫁に出したあいつが戻っている! どういうことだ!」
愛娘に対する父親の怒り方ではなかった。アメリアが体調を崩せば喜んで実家で引き取り世話をしてるのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
「一緒に住んでいる娘が自分の家にいるかどうかも知らないとは」
伯爵は膝の上で拳を握ったが、言葉は出なかった。変わって執事が答えた。
「お嬢様は、別棟でお暮らしですので」
「…あなたは、戻っていることを知ってたんだな」
「別棟の管理も私が引き受けております。別棟のことで旦那様のお手を煩わせることがないようにしておりましたので、ご存じなくても仕方がないかと」
娘のことは執事に任せ、娘がどこにいようと関心のない父親。この家のことを誤解していたことにデニスは気付いた。
「マイケル・ターナーをアメリアの執事に選んだのもあなたか」
執事は眼鏡のブリッジを押し上げながら答えた。
「はい。……ずっとお嬢様のお世話をしておりましたので、適任かと」
執事自らあの男をあの家に送り込んだというわけだ。
「伯爵、あの屋敷の名義がマイケル・ターナーになっているのはどういうことだろう?」
「……、何だと?」
「調べたのか…」
伯爵も執事も驚いていたが、驚きどころが違った。
「どういうことだ、バスティアン、何故あの家がおまえの息子の名義になっているっ」
伯爵の怒り具合からして、伯爵も知らなかったようだ。
「子爵位も同じくマイケル・ターナーが継承していた。それがあなたの意思でないなら、…その執事がやったのか」
執事バスティアンは青ざめた顔でうつむいた。
爵位は王の認可をもって継承者が決まる。家や土地の権利も役所に届け出が必要だが、どちらの手続きにも持ち主である伯爵のサインと伯爵家の印章が必要だ。この家の執務を任されている執事なら、細工は容易だろう。
「あれは…、…あれは取り戻しただけだ。あの屋敷も爵位も元々は私の父のものだった。父は先代に借金を負わされ、領も爵位も屋敷も手放すことになった。…金を払えば返してもらえる約束で、以来私はずっとここで働きながら返済してきた。…あと二年…。二年で戻ってくるはずだったのに、その約束を反故にしてこんな若造にくれてやるなど…」
バスティアンの言う通り、家も爵位もディクソン伯爵の前はターナー家の名義になっていた。本来の継承者に戻す手続きなら疑念を持たれることもなく、すんなり通っただろう。
伯爵は爵位を継いでから父の尻拭いばかりしてきたが、まだ父の後始末が残っていたことに頭を抱えた。
アメリアを厭う妻の愚痴を聞きたくないばかりに、アメリアに関する面倒なことは全てバスティアンに任せていた。貴族としての建前を整えた上で娘が家からいなくなってくれるなら、余っている爵位、使っていない家を譲るくらい何てことはないと考え、大盤振る舞いした。
バスティアンが前伯爵である自分の父親に借金があったのは知っていたが、あの家と爵位に関与していたことまでは聞いていなかった。それを他人に譲渡しようとしたためにバスティアンは文書を偽造してまでも取り返すことを選んでしまった。
決して許される行為ではないが、これまで家のために務めてくれたバスティアンを先に裏切ったのは伯爵の方だ。伯爵にはデニスよりもバスティアンへの罪悪感を強く感じていた。




