第五話(後編)「予測不能です」
統弥の困惑をものともしない。その余裕っぷりに、ある種の信頼すら置かされかけていた。智尋が「詳しく話すとねー」と指を立てた瞬間、智尋の頭頂に向かって「おい」と冷たい声が降ってくる。
「お前な。新兵に余計なこと吹き込むんじゃねぇ」
「ごめんて。ていうか説明終わったの?早くない?」
「お前が無駄に長いからだろ。変な雑談とか話し出して止まらんから」
「えへへ、だから去年で切られたんだけどね」
ったく、と一嵜の呆れた声が部屋を裂く。そして、その目がすっとこちらに向いた。
「…で、お前は」
びくりと統弥の体が震える。智尋のテンションに乗せられて忘れかけていただが、自分は上官に逆らって仲間を医務室に連行した人間なのだ。
「あ、あの。どんな処罰でも受ける覚悟は…」
「処罰?何言ってんだ」
「へ?」と困惑の頂点に達した統弥の声を聞いて、一嵜はさらに眉を吊り上げた。
「いや、処罰って。こいつなんか悪い事したのかよ」
智尋は黙っていたが、一嵜に見つめられると椅子の背もたれに重心を落とし、手をうなじで組んだ。上目がちで統弥と一嵜を見上げる。その笑顔には相変わらず何が宿っているか読めたものではなかった。
「この子はね、ちょっと真面目すぎるかな」
「真面目?」
「うん」
うなじを支えていた手を片方離し、座る統弥を指さす。細い指先が空を絶つ。
「上官に逆らったのは確かにここの暗黙の了解に違反する。でもさ」
立ち上がった。
「たかが暗黙の了解でしょ?私情を挟んで無闇になったのはどちらかといえば僕らの方だよ。ごめんね」
頭を下げられ、ますます「は???」と心の中では思わずにいられない統弥だった。……この人、こんなに頭の回る人だったのか。
統弥は口を塞いだ。
「…ん?あれ?俺は…訓練…」
哉兎が呻き、天井に手を伸ばしていた。統弥がはっとなって背を翻し、哉兎の顔をまじまじと見つめる。
「哉兎!?平気?」
統弥の激しく動揺した様子に若干面食らってた哉兎だったが、すぐ目を見開いてベッド横の机に置かれていた水 に手を伸ばした。ごくごくと音がするほど勢いよく水を飲み干し、コップを机に叩きつける。混濁した頭に対してはっきりとしてくた感覚。その視界はしっかり、目の前に並ぶ二人の隊員を捉えていた。
「…え?誰だこの強そうな人たち」
「あはは、強そうかぁ、それは良かった。動ける?」
哉兎は「はい、元気になりましたぜ!」と早速腕を振り上げ始めた。智尋が感心したように頷く。
「良いね、やっぱり僕が見込んだ子だ。あと敬語が堅くて嫌ならタメ口で充分だよ、僕もそういうの気にしないから」
「おう!分かった!」
「…哉兎…少佐だよ…?」
「少佐ってなんだー?」
統弥はもう、呆れるも驚くも通り越して無になっていた。
「よし、これで全員揃うね!」
「おい」
「良いじゃ〜ん、ね?毎年の楽しみだと思って」
哉兎と統弥が顔を見合わせていると、智尋は少佐の威厳を纏い直すように顎を上げた。半ば二人を見下ろす体勢で口を開く。
「君たちに、僕らから歓迎会をしてあげよう!新兵諸君!」
「オレを巻き込むなや…」
一嵜のため息。何が始まるか具体的には二人の頭に浮かんでいなかったが、とにかく意地の悪いなにかをするのだろうと統弥は大体察しがついていた。
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理人と恋花と合流し、智尋の後をついて行った先はやや大きめの平地だった。いつも朝礼をする大広間の3分の2くらいだろうか。周りは森で、緑の生い茂る地面だがところどころ肌色の大地が露出していた。
「と、いうわけで。改めて自己紹介するね」
智尋が一歩前に出て、ひらりと片手を上げて見せた。
「僕は滝沢智尋。今日から君たちの教育係になった、一応艦隊の少佐だよ。よろしくね?」
一応で片付けられる肩書では無いのだが。すでに耳にしていたらしく恋花と理人はあまり動じていなかった。統弥は耳にかすめてはいたものの哉兎を医務室に運びたくてそれどころでは無かったし、初耳の哉兎は「すげーー!!」といつも通りの反応だった。
「ほら、一嵜も」
一嵜が前に出る。黄色い悲鳴はもう聞こえない。代わりにあったのは静寂だった。
「幸地一嵜。同じくお前らの教育係になった。大尉だ。こいつに殺されない程度に頑張れ」
「あらやだ物騒。どこでそんな言葉覚えて来たのかしら」
「黙れ。気色悪ぃな毎回」
4人の間に一貫した感想が走る。
……変な人だ。特にこの人。
「じゃあ早速歓迎会と行こうか」
「歓迎会?何すんだ、美味いもん食えんのか!?」
「それは終わってからだね〜…さて。君たちにやってもらう事は簡単」
智尋は再び、次は天に指を指す。
「鬼ごっこだ」
「鬼ごっこだ?」
そんな一語一句反芻しなくても。理人が「鬼ごっこ…なんだそれ」と呟き、恋花に小声で説明されていた。
「そ。鬼ごっこ。僕を捕まえられたら勝ち。一嵜は時間測る係ね」
「毎度思うけどオレ実質何もしてないよな」
「そうだよ?で、君たちがバテるまで一回も捕まらなかったら僕の勝ち。みんなは僕を捕まえれば良いのさ。簡単でしょ?」
緊張が走る。裏がありそうには見えないな、と統弥の中で思考が完結した。
「さて。早速行くよ?」
全員に(なぜか一嵜含め)10秒数えさせる。最初に顔を上げたのは哉兎だった。周りを一通り見渡すがどこにも居ない。3人も同じ心境で顔を振っていた。ふと、統弥が上を見上げる。
「そうか…多分上だ、みんな!」
その通り、智尋は木の幹に座って足をぶらぶらさせていた。統弥が先頭を切って掴みかかろうとすると、「おっと」と下に降りる。伸ばした手が空振り、そのまま地面に倒れた。
「ぐっ…」
木々を横切って逃げる智尋を理人が追いかける。もう知恵も戦略も捨てた戦法。
「良いじゃん、君。この中だったらダントツで運動神経あるよ!」
智尋が嬉しそうに理人を見やる。やっと間合いに入った理人は腕を目一杯伸ばした。が、躱されてバランスを崩す。なんとか姿勢を保ち、舌打ちして何度か腕を掴もうと奮闘した。しかし、どれもあしらわれ最終的には理人のスタミナ切れとなった。恋花は小柄な体格を活かして幹の隙間から智尋の肩を狙おうとするが、やはり失敗。哉兎はといえば、逆に何もできずただがむしゃらに出た隙を摘もうとして玉砕。その繰り返しだった。
ものの十数分で全員バテた。全員、土の上で生き倒れている。うつ伏せの4人を、智尋は肩を解しながら悠々と見下ろしていた。
「いやー、やっぱり今年もダメだったねぇ」
「お前はそうやって毎年新人いじめたいだけだろ」
「違うよ、心外………は?」
とん、と肩の上に誰かの重み。振り返ると、汗だくになった新兵ー桂木哉兎が、ぐっと智尋の肩を掴んでいた。その力は強く、まともに振り解けるものではない。
「え?ちょ、嘘でしょ?」
流石の智尋も眉を下げていた。少なくとも、油断していたのは確か。そこにつけ込まれるとは思っていなかったのだろう。
「はぁっ…はぁっ……ぁ、あ、あの…これで俺らの…勝ちです……か…」
肩の手がずり落ちる。そのまま完全に倒れた。地面から寝息が聞こえてくる。完全に立ち止まった智尋を、一嵜はほらみろ、と言うふうに見つめていた。
「油断しすぎだ」
「しょうがないじゃん。だってぇ、ね?」
哉兎にもう一度目をやる。
「…ねぇ一嵜。さっきのダメだったかって言葉、取り消すよ」
「だな」
教育官双方の瞳に、同じ熱意が宿っていた。
「今年は、随分豊作みたいだ」
風が、眠りこける4人を優しく撫でる。
私情がわたし情になっていました、すみません。




