第六話(前編)「二度目の衝突」
今日もいつも通り宿舎で朝を迎える。前までは部屋のメンバーはばらばらだったのだが、班での活動が本格的にスタートして1班1部屋になったのだ。
「ほら、起きて理人。あと30分で朝礼始まるよー」
寝起きの面影はすっかり消え失せ、昨日支給された隊服に身を包んだ統弥がベッド上の理人を揺さぶっている。当の理人は「…あと3時間」と通常運転だった。
「朝飯食べる時間無くなるよ?」
「食わんし…別に良い」
「そういう問題?」
哉兎はといえば、昨日が尾を引きずって筋肉痛で、理人と状態は違えとベッドの上で悶えていた。
「いてぇ…いてぇよ…」
その腕や脛には大量の湿布が貼られており、必死にその上を摩っている。
いきなり、ドアがばんっと開け放たれた。
「おはよー!あらま。みんなボロボロだねぇ」
智尋はベッドに横たわる哉兎と理人を見つめ、爆笑していた。「やばいお腹痛い…」と言い出したあたりで一嵜の肘が千尋の腹に命中する。
「っいってぇ!?」
「煽んな」
「わかったよ…容赦ないなぁ…」
よろよろ腹を抑えて立ち上がり、3人を一通り見つめた後、
「今日ね、良いことなのか悪いのか…早速合同訓練当たったよ」
「当たる?全員じゃないんですか?」
統弥の問いかけに、智尋を差し置いて一嵜が口を開く。
「合同訓練ができる場所は限られてる。だから、抽選で当たった班同士から、組み合わせて訓練するんだ」
「てことはよ。俺たち最初に体動かせるってことか!」
「まあ実践がぶっつけ本番で来るからね。吉と出るか凶と出るか」
「…めんどくせ…なんだよそれ」
「あ、ちなみに当たったら拒否権はないよ。ほらさっさと準備しな」
のそりと理人がベッドから降りる。しかしどういうことなのか、数分後にはびしっと全身揃えて出てきた。結局、食堂に向かう5人を追いかけるのは哉兎となってしまったのだ。
「ねぇねぇ哉兎、見てこれ!茹でパン!」
「んあ?」
朝食を取って席につくなり、恋花が嬉々として手元のパンを見せてきた。
「茹で…?なんだそれ」
知らない名前に顔を歪めた哉兎を気にせず、恋花は言葉を続ける。
「まず天龗島で取れる小麦でパンを作るのね、それで、それを王都の湖で取れる天然水で茹でるの!ちょっと塩っけがあって凄く美味しいんだよ!ほら哉兎も食べて!」
無邪気な笑顔で新しいパンをトレーに乗せられた。持ってみるとしっとりしていて柔らかい。パンの表面は指に引っ付くほどだった。思い切ってかぶりついてみる。噛み切りにくいが、確かに塩気と小麦の香ばしさが共鳴して美味かった。
「…じいちゃんにも食べさせてやりたいな」
その呟きは誰の耳にも届かなかったが、港のみんなへの土産ができたな、と哉兎はほくそ笑んだ。
「全員注目ー!なんと、我らが最初の合同訓練に当たってしまいました〜、はい拍手〜」
昨日の鬼ごっこ会場よりもっと開放感のあって開けた土地。その真ん中で、新兵8人と教官4人が向かい合っている。ほとんどが智尋に呼応して拍手を返すが、2人ほど気まずそうに顔を背けている新兵がいた。哉兎とー涼である。
哉兎は恋花に勧められて3個以上食べた茹でパンを、早速全部出しそうになっていた。胃が縮んで、ぐっと喉を鳴らす。統弥は2人と丁度板挟みされる位置で頬がぴくぴくしており、恋花は明らかに涼を睨んで、理人はそんな恋花を見て「何やってんだ」と一言。涼はといえば、定期的に哉兎の方を向いては舌打ちと共にふいと反対を向く。
「…あ〜らあら。お二人仲悪い感じか」
即智尋に勘づかれ、双方ゔっと言葉に詰まる。
「奏ちゃーん、そっちの班どんな感じよ?」
「ちゃん言うな」
4班の教育官、神鬼奏は思い切り不満を顔に出した。白髪にターコイズブルーの瞳が露骨に形を変える。哉兎も一拍遅れて「…ん!?男か!?」と納得した。奏は煙草を取り出し咥え、
「全員。そこ入れ」
そう、森の一点を示した。全員が首を傾げる。
「森で暮らせってこと?」
「半分正解だな」
つかつか歩いて行った先には、大きな鉄の扉があった。錆びたハンドルを開けると、重々しい音と共に砂埃が舞い上がった。総員咳き込む。中を覗こうとすると、突然背中を蹴られた。
「え?うわあああああああ!!!」
当然、落ちる。次々に新兵が放り込まれ、全員が中に蹴落とされた。
「お前ら。全員で協力してそこから出てこい」
ドアが閉まる。ばたん、という断絶の音。隔離された室内が静まり返っていた。最初に口を開いたのは理人だった。
「はぁ…まじかよ。あちぃ…」
一応通気口はあって風は流れてきたが、確かに汗が背中を伝っていくのが哉兎にも分かった。
「…つーか。こいつと同じとかまじ艦隊入ってからついてねぇよな」
「あ?」
哉兎の態度に鳩が豆鉄砲を食った顔をした。すぐに持ち直したが、舌打ちの衝動が隠しきれていない。
「…あの、ともかく。わたしたち、まだお互いの名前も知らないのよね?自己紹介した方が良くない?」
涼の奥にいた、紫色の髪の女子が口を開いた。統弥は顎に手を当て、「そうだね。まず素性確認から行こう」と切り出した。
「まずおれ。久遠統弥。あとは…あ。一応頭には自信あるんだ。分からないことあったら聞いて」
次に、言い出しっぺの女子新兵が身を乗り出す。
「三笠紫乃。運動は割と得意だから力仕事はわたしに頼んで。…ほら、あんたも」
紫乃に背中を叩かれ鈍い声を上げる人物を見て、哉兎が目を見開いた。
「あれ?世良じゃん、久しぶり!」
違う反応を想定していたのか、世良も心底驚いた顔をした。驚愕と驚愕が鉢合わせると、変顔大会になるのか。
「哉兎…うん。俺世良。地下だから特にできることないな…」
呼応するように統弥が「理人も、ね?」と促す。理人はこれ以上ないレベルで面倒そうに、
「志賀、理人……眠い」
終わり。
「…あれ?そういや恋花は?」
哉兎に言われ、改めて統弥と理人は周りを見渡した。居ない、確かに。
「いや…哉兎じゃあるまいし、どっか行くとかはないだろ」
「理人酷いな!?」
「そうだね…恋花に限ってあり得ない」
「酷いってばお前ら!!」
不意に、奥から誰かが会話する声が聞こえた。2人分。哉兎が先陣を切り、それに全員続く。
「…しかし、やはり炭水化物対炭水化物というのは、胃がもたれてしまうのではないか?確かに悪魔の組み合わせではあるが、それ以外の食材を入れるとなると…」
「何言ってるの安珠ちゃん!例えば茹でパンとパスタも炭水化物同士でしょ?でも美味しいし、お腹にもたまらないじゃん!」
「…む。それは一理あるな」
「そうそう。だからね、麦潮飯と穂パンの組み合わせ___」
「何やってんだお前らは」
割り込んだのは涼だった。安珠と呼ばれた赤髪の女子を見下ろして、深々とため息を吐く。
「安珠。どこにも行くなって何回言えばわかる」
「人間には足がついているのだからどこにでも行くのは当然だろう?動かない車椅子みたいな男だな」
涼のこめかみに青筋が浮いている。紫乃が世良を無意識に半歩後ろへ引っ張った。
「ていうか…恋花?何してるの?」
困惑の統弥に対して無邪気な恋花。
「あのね!安珠ちゃんもたくさん食べる仲間みたいで、今麦潮飯と穂パンの食べ合わせはどうだろうって話しててね…」
「いや恋花。やはりそれは許容できん。穂パンは甘いものと一緒に食うに限る。ましてや塩気の強い麦潮など…そうだ恋花。干しパンとの組み合わせはどうだ?食感にも差が生まれテンポ良く食べられると思うのだが」
「確かに!それ良いね安珠ちゃん、天才!」
呆気に取られる6人。この2人だけ、場違いに和解していた。




