第六話(後編)「協力不可避の中で」
「っくそ…本当に出れねぇな、これ。どうすんだよ…」
あの涼が根を上げることなど珍しかった。世良と紫乃の顔に驚きが広がっているからよくわかる。安珠はといえばあの後涼にひっぺがされ、恋花は涼に噛みつこうとしたのを統弥に止められ、結果隔離されてしまっている。気の毒だな…と思いながら哉兎は恋花を見ていた。
「…つーか。協力すれば出れるってどういうことだ…こいつと協力しろってか?」
涼の視線が哉兎で止まり、睨みつける。哉兎も必死の形相で睨み返すと、理人に「犬か」と冷静に突っ込まれた。
「大体、さっきから俺は協力しようぜってずっと言ってんのに、お前が突っぱねるからだろ」
「はぁ?口だけが。お前なんかに頼った方が余計出れなくなるっつーの」
「一回やってみねぇとわかんねぇだろうが!」
「そういう楽観思考が問題だってなんで理解できねぇのかな?」
火花が散る。世良は「涼、流石にそれは、」と言いかけ、口を閉じた。統弥が止めに入ろうとするが、二人の距離は縮まるだけだ。
「俺はな!お前と違ってそうやって簡単に人を馬鹿にしたりしねぇんだよ!」
「実際馬鹿なんだからしょうがねぇだろ?あーあ、期待して損した」
「お前が俺に期待したことなんか無かっただろうが」
最後だけ妙に冷静になってしまった。それが余計気に障ったのだろう。涼の眉間の皺が深くなる。
「いつもいつも自分に見えてる世界だけが正しいと思ってんなよ、この世間知らずの港育ち_
ドゴっ。
鈍い音が響いた。涼が床に倒れ込む。その右には、拳を下げる安珠の姿があった。さっきで腹を思い切り殴られたらしく、情けない姿でうずくまっている。
「お前っ…!安珠、お前いつも…」
間髪入れずにもう一度蹴り飛ばした。壁に衝突して咳き込む涼の肩上を足で押さえつける。いわゆる足ドン。全くロマンもときめきもない方の。
「…言い過ぎだ。涼」
「っんだよ…お前には関係ねぇだろ安珠…!」
「ああそうだな。関係ない」
一度肯定したのち、安珠は冷静に続けた。
「しかし、お前はこの王都艦隊で一番になりたんじゃないのか」
「そう、だけど。それとこれとは関係…」
「ある」
涼が黙った。
「人を変えられないもので差別するのは、弱者のすることだ。お前には、そんな性分似合わないと何度言えば分かる。このままじゃ、お前は潰されるぞ」
「…だって…俺はここに入りたくて…めちゃくちゃ努力してんのに」
哉兎の目が見開かれる。そういえば、前自分が何もしないで艦隊から推薦されたことを知った時の、新兵の目。
羨ましさと、嫉妬が混じった。あの表情。
…どこかで、自分の背負わされているものの重さから、目を背けていたのかもしれない。自分は、他の新兵と違って、努力してない。だから、艦隊に入れたことが、ほぼ奇跡で。艦隊からもう目をかけられている立場なのだ。
「………涼」
「ぁあ?」
「…ごめん」
「は?」
お互い沈黙が落ちる。哉兎はしゃがんで、涼に手を伸ばした。
「俺、周りが俺をどんな目で見てるか、考えたことなかった」
「ん、んだよいきなり…気持ち悪ぃな」
「涼」
安珠の一言で涼が水を打ったように黙る。哉兎は構わず続けた。
「俺は、この艦隊で、誰より努力しなきゃいけない人間だったんだな。それを、さもお前らと同じ努力を重ねてきたみたいな態度とって」
全員黙った。哉兎は手を差し出したまま、涼に向かって頭を下げる。
「…ごめん」
涼の顔は変に凪いていた。直後、哉兎の手を払いのける。ダメか、と顔を上げた哉兎は直後驚くことになるだろう。涼が哉兎の方に手を置いたのだから。
「俺も、その…悪かった。お前の故郷、侮辱して」
「…涼」
安珠が大きく頷いた。哉兎は真剣な顔で、口を開く。
「侮辱ってなんだ?」
…………は?
張り詰めていた糸が切れたように、全員しなだれる。統弥がへなへなと崩れ落ち、理人が腕を引っ張って統弥に「痛い痛い!」と言わせていた。「なんだよそれ…」と額に手を当てる涼の視界に、歩いてくる世良が映った。
「世良」
「ごめん。悪かった、二人とも。俺、何もしなくて」
哉兎と涼の瞬きのタイミングがほぼ同時だった。
「…いや別に、お前が謝ることじゃないだろ」
「そうだよ、お前は悪くない!」
「…だとしても、ごめん」
再び沈黙が落ちる。紫乃が世良の背中を叩き、世良の「いったぁ!?」という情けない声だけが響いた。
「さて、と。じゃあ本格的に脱出の糸口探そっか」
統弥が場を仕切ると、涼が思い出したように腰を上げ、それに便乗して哉兎も立ち上がった。
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一方。地上では。
「みんな出てこないねぇ、奏ちゃん」
「まああの黒髪と綾瀬、仲悪そうだったしな」
「なんかあったの?」
「どうやら班分け試験で揉めたらしい」
「班分け試験かー懐かしいねー!」
「…お前やってないだろ」
「あら?そうだった」
智尋、一嵜、奏は向かい合って、慣れた調子で新兵の帰りを待っていた。智尋は適当に拾ってきた丸太に十字になるように仰向けで横たわって、少佐も威厳も端くれもない姿勢で天を見上げていた。
「あつーいー」
「踏むぞ」
「やめてやめて!一嵜やめて!奏ちゃん止めて!」
「やれやれ一嵜」
「僕の味方ゼロ!?」
智尋はがばっと持ち前の体幹を無駄遣いして起き上がった。首を鳴らして、哉兎達が落とされた方を見やる。一拍。固まった。少し顎に手を置いて考えて、「あれ?」と首を傾げた。
「…そういえば、通気口開けてきたっけ?」
「「は?」」
一嵜と奏の声が同時に重なる。お互いの顔を見合わせ、途端、焦りが勝った。
「ちょ待て。出口あそこだけだろ?どうすんだよ」
「もし閉めてたら、出てこれないぞあいつら」
智尋は二人の焦りなどまるで聞こえていないかの如く、「大丈夫だって〜」と笑っている。一嵜が「何が大丈夫なんだよ」と詰め寄る一瞬前。数メートル先の地下から、錆びたハンドルを回す音が聞こえた。「やった!」「開いたぞ」「そっち回すな馬鹿」「バカってなんだよ」「二人とも…」と賑やかな声。
「あ、おかえり〜」
全員ががばっと外に放り出された。未だ手がハンドルを握る格好のままの哉兎と涼、後ろから腕を伸ばしていた統弥、涼の背後から落ちないように支えていたであろう安珠、恐らく力技で最後蹴飛ばした紫乃、紫乃を抱える世良、ただ投げ出された理人とその上に倒れ込む恋花。
「………お前ら。どうやって」
「え?どうやってって…普通に開けて出てきました!だろ涼?」
「ああ…あの、何か問題でも…」
奏が「いや…」と返答に戸惑っていると、智尋が背後から出てきて「僕が解説しましょ〜!」と高らかに宣言した。
おおよそ10分ほど前。
「…なあこれ。大人数で回したら開くんじゃね?」
涼が突然言い出した。哉兎がはしごを登ってハンドルを叩くと、確かにきい、と僅かに動く。下の6人を見下ろして、二人同時ににやりと笑った。
「なんだその笑顔」
「お前もだろ!」
全員に協力を要請した。まず哉兎と涼が対角線上にハンドルを握って、同じ方向に回す。それから安珠と統弥が後ろから回ってさらにハンドルに力を入れる。じきに、錆や苔がずれて滑らかに動くようになった。
「よしあとは回すだけだ!」
涼が鼓舞し、再びハンドルに手をかける。はしごに登っている4人を下から残りの4人が支えた。
「…っ今だ紫乃!行け!」
「分かってるわよ言われなくたって」
紫乃がはしごを駆け上がり、世良に支えられながらハンドルごと蹴破った。じゃがいもの収穫のように地面から次々に脱出した。汗だくな体を地面から起こす。
そして、今。
「…え?じゃあ、俺たちが開けたのは本来の出口じゃない?」
「そうだ。本当なら奥に通気口があって、そこを協力し出てくるはずだったんだが」
「…この馬鹿が通気口開け忘れるから」
「いったぁ…もう、結果出てきたんだから良いじゃん」
8人のぽかんとした顔が並んでいる。
涼と哉兎がふと目を合わせ、笑って地面に倒れ込んだ。
「真似すんなよお前」
「せっかく今いい雰囲気だったのにんなこと言うなよな涼」
「は?」
「は?」
「馬鹿」
「バカ」
奏がぼそりと。
「……あれ、仲良くなったのか」
「そうなんじゃない?良かった良かった」
智尋の笑顔を見て、奏の口から出た言葉は「なんだその笑顔」だった。




