第四話(後編)「未知で打ち消し」
演説が終わっても、しばらく広場に集まった人の波は散らばらなかった。あちらこちらがその場でざわざわ騒いでいる。「すごいな」「あれが総帥の力か」「纏う雰囲気が違う」
…哉兎は迷わず恋花の方に走ると、そそくさ逃げようとする恋花の肩を掴んだ。それに便乗するように理人と統弥もやって来る。
「なぁ、あのすごいオーラのおじさん!恋花と苗字一緒だったじゃん!!酒口!」
「え?あ、そ、それは、ね…?」
完全なしどろもどろ。嘘を吐くのが下手なのだろう。目が泳いでいる。
「もしかして…」
「…え…?」
「結婚したのか!?」
「なんで!?」
全員絶句。統弥の顔がみるみるうちに赤くなって、理人はぎょっとその横顔を見ている。恋花は考えあぐねた後大きく息を吐いて、絞り出すように言った。
「…お、お父さん。なの…」
「あの酒口総帥に娘が?」
「コネって思われちゃうから言ってなかったの」
「なるほどね」
「父親が総帥だからコネって。性格ひん曲がってんのか」
「父さん!?すげぇ!!」
恋花の表情が和らぐ。張り詰めていた肩から力が抜けていくようだ。
「管理室行こ。理人が正式な入隊手続き終わってないみたいだから」
「え?何かあったの理人くん?」
「…就寝10時は死ぬ。普通に」
「理人、部屋入るなり荷解きもしないで爆睡してたからな!」
「あんだけ運動させといて。睡眠時間せいぜい8時間いくかいかないかは拷問だろ」
総帥の話がまた眠気を誘ったようで、理人は時折目を擦っていた。本格的に人が動き始める午前の空気を踏みしめる。
「そういえばさ、アカシ…?レコードだっけ…難しい名前してんなあれ」
廊下を歩く統弥と恋花の動きがぴたりと止まった。振り返った顔には、揃って滑稽なほど間の抜けた表情。統弥が何度か明後日の方向を見て口をぱくぱくさせ、やがて
「哉兎…まさか」
「知らん!」
「…了解」
統弥の相槌は分かってましたよと言わんばかりに困惑も何も無かった。もう通例だと理解したのだろう。ふと理人が哉兎の視界の端で左手を控えめに挙げている。
「俺も知らん」
「お前もかよ!」
統弥が声を張り上げた。半分屋外でも石造りの廊下にはよく反響する。跳ね返ってきた自分の声を聞いて統弥ははっとし、「すいません」と頭を軽く下げた。何に謝ったのかわからず顔を見合わせる哉兎と理人。
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王都艦隊の本部は、とにかく設備が充実していることで有名だ。代表といえば今まさに哉兎達が訪れている図書館。数百万を軽く超える数の著書が、しかもあらゆる分野で揃っている。早速几帳面に並んだ本棚の間で分厚い書籍を読み漁る新兵の姿が見えた。
「統弥…これは一体…?」
「よくぞ聞いてくれた」
テンションが高い。メガネの真ん中を指で押し上げる仕草も少しばかり力が強いのだ。
「今日おれは部屋に戻りません。これ全部読みます」
「全部!?」
「馬鹿声でけぇよ」
哉兎の視線は本棚から離れた机の上にどっさり積まれた本と、それを無心で眺める統弥の顔を行ったり来たりしている。統弥は「アカシックレコードのこと教えるよ」と図書館に哉兎を連れて行ったものの足を踏み入れた瞬間周りのこと全てが空気と化したらしく、本棚に歩いて行ってしまったのだ。ちょこちょこ戻ってきては本を積み、探し出してはまた積み、今に至る。
「ここまで充実してると思わなかった。天国だよ天国」
「天国……」
「眠くなってくるわここ」
「王都の図書館よりひょっとしたら大きいかもね、すごい…!」
統弥は「それで、」と切り出しながら本を一冊手に取った。題名には長ったらしい筆記体が書かれており、すぐに哉兎は解読を諦めた。絵本の読み聞かせでもするようにこちらに本を向け、ページをめくる。シルエットの異形と人が並んでいる絵だ。
「まずね。この世界には、旧人類と新人類が存在してるの。それは知ってる?」
「それくらいは知ってる……ん?」
「曖昧なんじゃねぇか」
統弥の指先が再度ページを繰る。もう見るのを辞めた哉兎。
「で、現在の人類は新人類を直接の先祖に持つわけ。なんでそうなったかって言うと…」
「統弥の声眠くなって来るな」
「理人。寝るな」
はぁ、と呆れた息を吐く統弥。結果もっと語気が柔くなる。本末転倒ってやつでは。
「旧人類はどんな人類だったか…おれもよくわかんないんだけど、そこは」
「あ、はい!旧人類は神と共存してた人類で、この天龗島を作ったのも旧人類なんだよ」
「恋花すごいね。よく知ってる」
「えへへ、そこらへんの歴史は得意なんだ」
「で、哉兎。理人。寝るな。元々大陸を蹂躙してたのは旧人類なんだけど、そこに突然神との契約を断ち切った、新人類が出てきたんだ。彼らは旧人類を明らかに超越するもの…言葉を持ってたんだよ」
恐らくほとんど夢の中だった理人が、ぴくりと耳をそばだたせた。
「言葉使えただけで、そんな変わるもんか」
「それがそうらしい。んで、新人類はその言葉を使って、この世のありとあらゆる情報を書き込んだ聖書、ギガス写本を作った」
「ギガス写本?なんだそのなんか…デカそうな名前」
「確かに、わたし実物は凄く大きいって聞いたことある」
「そう。旧人類は新人類に征服されることに焦りを覚えて、神の力を乱用してギガス写本を超える書物を作ろうとした。それがアカシックレコード。これがシスティーナ通して新知教会の手に渡ったら、ギガス写本と合わせて何されるか分かんないから。だから探し出したいんじゃないのかな」
新知教会とはシスティーナ島に本拠地を置く、ギガス写本を聖典として新人類至上主義を掲げる宗教団体だ。エデン戦争の引き金になったのはどうやら新知教会で、そのため王都艦隊は新知教会を敵視していると聞いたことがある。
哉兎は乗り出していた体を引っ込め、腕を組んで理解しようと何度も頷く。統弥は本を戻しに行くと席を立った。頭の中で様々な単語が押し合い圧し合いしている。一旦まとめよう、そう思って考えるのを辞めた。まとめると言ったのは誰だったか。
「俺さ、まだお前らが…どうやって、つーかなんでっつーか、艦隊に来た理由、聞いてないなって思って」
統弥が戻ってきたのと同じタイミングで、勇気を出して哉兎から話を振った。わりと触れづらい話もあるかもしれない。ここまで人に何か話しかけることに対して不安を覚えるのは初めてだった。港に居るままだったら絶対に味わえなかったであろう、気遣い?優しさ?
最初に口を開いたのは恋花だった。
「わたしは…やっぱりお父さんのこともあるし、小さい頃から艦隊に入るのが夢だった。だから毎日勉強も運動も頑張って、無事艦隊の推薦取れて。それで来たって感じかな」
頬を掻きながら、「結構恥ずかしいね…」と顔を伏せている。次に統弥の目線が動いた。
「元々王都に住んでて身近だった、ていうのもあるんだろうけど。一番はそうだな、ここなら、おれのやりたい事が出来るんじゃないかって。特に無いけど、やりたい事」
初対面の時から変わらない笑顔を向けられ、哉兎も釣られて笑った。そして同時に3人分の視線が、机に突っ伏す理人を捉える。
「…え、何」
「理人くんは、何かないの?艦隊に来た背景とか…」
「背景?離島から来た。以上」
統弥が目を丸くする。
「え?離島?天龗島から離島に出てる船なんてないはずだけど…」
「離島から貿易に出てる船乗せてもらった」
「なんか…すげぇな。俺離島があることすら知らなかったわ」
港育ちなのに。言いかけて、飲み込んだ。自分のスケールがどんどん変わっていく。艦隊での、島での自分が。
そうか、きっと。まだ何も知らない。




