第四話(前編)「終止符の始まり」
「おはよ…って、うわあ!?何!?」
起きてきた統弥が洗面所に向かうなり仰け反った。そこに居たのは頭をぼさぼさにしたお化けーであるはずもなく起床した哉兎だった。
「え、哉兎?今5時だよ??」
「あぁ、うん。おはよ」
「おはよじゃなくて。いつもこんな時間に起きてんの?」
「いつもより早く目ぇ覚めて。2時に起きた」
「2時ぃ!?」
統弥はそれこそお化けを見るような目で哉兎を見ていた。昨日の就寝時間は10時。軽く見積もっても4時間しか寝ていない計算になる。心配が驚きをすぐに上回ったようだ。
「いつもは何時に起きてんの…??」
「4時」
そっか。それなら安心か。うん…と言いながら、いや大丈夫じゃないだろ!と心の中で突っ込む統弥だった。
「…あ、でもそっか。港の朝って早いんだっけ」
「そうそう」
鏡の前で寝癖を整えている哉兎はまだ頭が回りきっていないのか、些か大人しかった。横で統弥が顔を洗いながらちらりと哉兎を見やると、「朝って頭痛くなんの」と哉兎は苦笑いして見せた。
統弥は目覚めこそ悪くても、数分経てばすっかり目が覚める。持ってきたトランクの中から腕時計を取り出して手首につける動作には迷いがなかった。それから哉兎は二度寝しようとし、統弥がそれを止め、2人で適当に雑談したりしていたらあっという間に時間は過ぎた。6時。併設された教会の鐘が鳴り、朝の訪れを告げる。廊下ではあちこちから人が活動を始める音が聞こえていた。これなら港とそんなに大差ないな、と哉兎の頬が綻ぶ。ふと、どこかから困惑と不安の入り混じった声が聞こえてきた。
「…おい、こいつ…死んでんじゃね…?」
デジャヴを感じた哉兎がすぐさま自分と統弥が寝ていた部屋に飛び込むと、案の定理人がベッドの上で布団を被って芋虫と化していた。その背中からは寝息の微かな上下すら感じられない。しかし哉兎は躊躇なく理人から布団をひっぺがした。
「起きろ理人!!朝だぞ!!」
「んー…あと5時間…」
「なげぇよ!?」
見回りの艦隊隊員が来たことで渋々起きた理人だった。その顔に浮かんでいるのは苛立ちと不満と、眠気。
寝室棟を抜け階段を降りると、すぐそこに食堂があった。統弥と、まだ体が朝を拒否している理人を抱えた哉兎が食堂に向かうと、何やら人だかりができていた。その中心で、咀嚼音と人々の響めきが聞こえる。
人だかりの中央では、恋花が朝食のパンを齧っていた。その隣には大量に積み上がった銀色の皿。3人が揃いも揃って途方に暮れている。するとこちらに気づいた恋花がパン片手に手を振った。
「あ、3人ともおはよう!ここのご飯ものすごい美味しいよ!特にパンが種類もいっぱいあって…あ、すみませんこれおかわりお願いしても良いいですか?」
スープの皿をにこにこと差し出す恋花。厨房では料理人が総勢固まっている。最初に我に帰ったのは統弥だった。恋花に近づき、机の上を一瞥する。
「これ、恋花が1人で食べたの?」
「うん!」
「この。短時間で」
「うん!」
無邪気な笑顔で返す恋花の表情は無理をしているようには到底思えなかった。次にはっと目を覚ましたように哉兎が机に駆け寄り、途端、堰を切ったように顔に満面の笑みが浮かぶ。
「すっげえ!!恋花がこれ全部食ったのか!俺も負けねぇ!」
哉兎は厨房に走って行ってしまった。人だかりもやがていそいそと自席に戻って朝食にありつく。騒ぎの残骸に残されたのは椅子を枕にしてまた夢にいざ行かんとする理人。
「見ろよこれ!めっちゃ美味そう!統弥も貰ってこいよ!」
哉兎はトレーの上にパンと、スープと、サラダを所狭しと並べてこっちに見せつけている。統弥も「うん、そうだね。そうだ」と自分に言い聞かせながら厨房脇に向かった。哉兎は理人を引っ張って向かいに座らせたのち恋花の隣に座ると、パンを口に放り込みながら「いつもこんなに食ってんのか」と聞く。恋花は待ってましたとばかりに
「そう!わたしいっぱい食べるから、ここでの食事にもし量の制限あったらどうしようって思ってて…。でも良かった。厨房の人たち優しいし、ここならご飯食べられなくて暴走することもなさそう」
「暴走…?」
哉兎の脳裏に浮かんだのは。四つん這いになってカサカサと動きながら食べ物を探す恋花の姿だった。すぐにぶんぶん首を振る。
「つーか理人。お前食わないの?美味いぞ?」
「…」
無言で哉兎の手に握られたパンを見つめてから、ふいっと顔を背けた。
「要らん」
「そっか…」
哉兎の残念そうな声に反応したのか、理人がむくりとこっちを向く。もう一度パンを見つめ、それから手のつけられていない水の入れ物を指差した。
「…水なら、飲むけど」
「ほんとか!飲め!」
差し出されたそれを受け取って、近くにあったコップに注いで口をつける。ようやく脳が起きてきたらしい。そのまま立ち上がってどこに行ったのかと思うと、両手にコップを持って戻ってきた。恋花と哉兎の目の前にそれを置いて水を注ぐ。
「…喉、詰まるぞ。お前ら」
「あれ、理人起きたんだ。おはよ」
模範的な量の料理をトレーに乗せて統弥が戻ってきた。理人の隣に腰を下ろし、改めましてと言いたげに3人を見渡す。
「今日からこの4人で活動するわけだけど。改めてよろしく」
統弥の声に3人が頷いた。
「つーか。今日って何すんだ。任務?」
「そんなことしたらせっかく集めた新兵が早速ギブアップだろ、朝食終わったら総帥の演説」
端で恋花の顔が引き攣ったように見えたが誰も気づいていない、幸いなことに。
朝食を終えると、全員が中庭の大広場に集められた。寸分の狂いなく同じ敬礼のポーズ。哉兎も周りに合わせて右手を額の前に掲げた。
しばらくすると、壇上に1人の男性が足を踏み入れた。途端、新兵の間にざわめきが広がる。
「おい、あの人、まさか」
「そうだ…まさか本当にお目にかかれるとは」
「王都艦隊現総帥、酒口大雅だ」
酒口ぃ?
哉兎が首を傾げ、数メートル先の恋花を見やる。汗だくだった。あとで聞けば良いか、と注意を総帥に戻す。彼が口を開くと、騒いでいた新兵も弾かれたように定位置に戻った。
「…君達が、今年の新兵か。まずは、この王都艦隊に入隊してくれたこと、誠に感謝すると同時に、君たちの存在を誇りに思う」
哉兎は特に何を思うでもなくその言葉を聞いていたが、中には感動して涙を流している者まで居て、さすがの哉兎でも眉が寄った。
「今年は随分沢山集まってくれたようだな。さて、この王都艦隊について、再度説明しておこうと思う」
自然と哉兎の背筋が伸びる。
「まず、ここが設立された経緯は、皆わかっていると思う。30年前、この島で起きた独立革命…それを主導し、この島を天龗島として世界に躍進させたのは、他でもない。わたしたちだ。それから、我々は王都を開拓し、政治を整え、外交を管理し、様々な方法で島を発展させてきた」
そうだったのか。哉兎には知らない情報だらけで少し混乱気味なのだ。
「しかし、6年前に起きた…エデン戦争は、皆知っているか?」
エデン戦争。聞いたことがある。6年前、独立革命前に天龗島を領地にしていた島、システィーナ島とトロイア島がもう一度天龗島を取り返そうとトロイア内部で企てた戦争だ。数多の犠牲を出し、トロイア島は文明後退にまで追い込まれたという戦争。
「そこで。アカシックレコードが持ち去られた。人類の、全てが記されたあの書物を、我々はシスティーナに許してしまったのだ」
総帥の声のトーンが変わる。
「君たちに頼みたいことはただ一つ。アカシックレコードを、取り戻してくれ。そして、わたしたちの自由を、平等を、今ここに完遂しようではないか」
アカシックレコード。聞いたことのない名前に哉兎の片眉が上がった。と同時に、溢れんばかりの拍手が巻き起こる。それに圧倒されながら。哉兎はこの終わりなき世界に、足を入れてしまったのだとただ感じていた。




