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ツクバヤマハレ  作者: 宮川学
桂木哉兎入隊編
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第三話(後編)「断絶が招くもの」

あれから順調に3人で山を登り進めていたのだが、中腹の折り返し地点で丁度道が二つに分かれていた。そこをどう行くかで涼と意見が割れ、哉兎と涼は揉めていた。


「だから!ここは絶対分かれた方が良いって!どうせ出口は一個しかねぇんだから!」

「違うって。3人同じタイミングで辿り着かないと意味ないの。あと出口じゃなくて麓だから」

「どっちでも良いだろんなもん」

「は?」

「ちょ、お前ら一旦落ち着けって…」


横で世良が止めに入ろうとしているが、きっと双方聞いてない。


「何でわかんないかなぁ?固まって歩いた方が安全なんだってば」

「ありえねえ。俺の勘がそう言ってる」

半分呆れた様子の涼にまたも食らいついてしまう哉兎だった。

「大体涼王都育ちって聞いたぞ?こんな山なんか走ったことねぇだろうしー」

「君さぁ」


涼の冷め切った声に一瞬哉兎も世良もびくついた。


「…君、何でも自分が一番正しいと思ってんならやめた方が良いよ」

「んなこと思ってねぇし」

「目立つことやってれば自然と周りから好かれるとか思ってんだろ?これだから港育ちは」

「っお前ー!」


涼の胸ぐらを掴もうとした哉兎の手を、世良が制した。


「哉兎」

「世良、離せよ!」

「あんな田舎で走り回ってるから多少は体力あるかと思って拾ってやったのに。頭が追いつかないんじゃどうしようもねえわな」


涼はそういうと、世良の腕を掴んで哉兎から引き剥がした。


「行くぞ」

「え?でも哉兎が…」

「こんな奴と一緒に居たら頭変になるわ。ほら行くぞ」


世良は涼に腕を引っ張られ連行されて行った。2人の足音が遠ざかり、ぽつんと分かれ道に哉兎だけが残される。いつもの自分なら「待てよ!!」と追いかけるところだが、さっき涼に言われた言葉がどうにも引っかかっているのだ。


「何でも自分が一番正しいと思ってんならやめた方が良いよ」

「目立つことやってれば自然と周りから好かれるとか思ってんだろ?」

「これだから港育ちは」


前から薄々抱いていた、周りとの壁。それを、今になって真正面から突きつけられたような気がして、哉兎は数分の間動けず立ち尽くしていた。体内時計の秒針も止まるくらい。


ぼーっと突っ立っていると、斜め前に気配を感じた。期待半分でそちらを見ると、誰かが何かを引き摺って歩いている。目を凝らすと引き摺られていたのは人間だった。流石の港育ちも見たことのない異様な光景にぎょっとする哉兎。反射的に少女の方へ駆け寄る。


「っお、おい!何やってんだよ!?」

「いやあああああああああああ!?」


お互い叫びあったみたいになってしまった。少女も驚いてその場に尻もちをついている。はっとその肩越しに後ろを見やると、確かに人がうつ伏せで倒れていた。少年だ。力なく垂れ下がった右腕を少女が握っている。


「え、あ…あの…もしかして同じ新兵の人…?」

「そうだけどどうしたんだよこの状況!?平気か!?」

「わたしは平気ですけど…でもこの人が…」


泣きそうな目の少女と、うつ伏せで動かない少年を交互に見る。哉兎の頭に悪い想像が広がった。

まさか。


「起きないんです…!」

「……………え??」


起きないんです?


少女が泣きながら少年の手首を折れんばかりにぶんぶん降っている。哉兎は目の前で何が起きているか分からずただぽかんとしていた。


「死んでんじゃ…ねぇのか?」

「物騒なこと言わないでください!さっき突然寝ちゃって…何しても起きてくれないんです!」

「いや物騒な運び方してるのお前…」


すると、少年が少し呻いた。痛いのかなんなのか分からない声だったが、哉兎達はすぐさま少年の近くにしゃがみ込む。


「平気か!?水飲め!!」

「わわわ大丈夫!?意識ある?」


少年の体が強張り、また力が抜けた。数秒経って、「ぅ…」と絞り出したような声を上げながら目を擦った。顔を上げる。紺色の髪を一度手でくしゃっと握った。


「…何でそんなにテンパってんだよ」

「うわああああ!!理人くん!良かった…」


少女が少年を理人と呼んで、抱きつかんばかりに喜んでいた。それを眺め、無感情そうな瞳が哉兎に向く。


「…誰」

「あ、この人?助けてくれたの!わたしが理人くん運んでたらね、会って」

「あそう…で、お前誰?」

「話聞いてたか!?」


哉兎が思わず突っ込む。少年は表情筋をぴくりともさせていない。


「こいつ恋花。俺は理人」


改めて少女に目線を向ける。茶色で、でも毛先だけピンク色の髪が肩あたりで揺れている。切り揃えられた前髪の下には明るいピンクの瞳。恋花、という軽い響きが似合う。少年はまた頭が傾き始めていたが、宝石のような藍色の瞳はまだ僅かに開いていた。力無く恋花に預けた右手首には、銀の腕輪が光っている。


「理人、と…恋花」

「うん!あ、ごめんねタメ口…」

「気にすんなって!」


2人の雰囲気にすっかり絆された哉兎は、さっきの萎れた表情はどこへやら、すっかり元に戻っていた。明朗快活な笑みを浮かべ、気を取り直すように2人に向き直る。


「お前ら2人?ここまでずっと?」

「ううん。もう1人居たんだけど、怪我しちゃって。理人くんが救護室に運んでくれたの。でもそれから寝ちゃって」

「…仕方ねぇだろ重かったんだから」

「ごめんねやらせちゃって」


2人が哉兎の方を向いた。4つの目に同時に見つめられて、どれと目を合わせれば良いか迷う。恋花が手を組みながら、口を開いた。


「あの、もし良かったら…私達と組まない?」

「え?」

「嫌だったら全然良いんだけど…わたし達も仲間が居たら心強いから!ね、理人くん!」

「別に」


理人の目が哉兎を掠めた。


「…お前。名前は」

「桂木哉兎!」

「珍しい名前してんな」

「あ、それわたしも思った。哉兎って中々聞かないよね。良い名前」


さっきとのあまりの温度差で、哉兎の頬が珍しく赤くなった。それに自分で気づいて顔を背ける。背けても耳の先がしっかり赤い。


「何照れてんだお前」

「て、照れてねぇよ」

「分かりやすいなお前」


理人の声は冷めていたが、何も貼り付けていない赤裸々さがあった。だから元々の性格なのだろうと哉兎もすぐに納得することができた。


「とにかく!一旦この3人で山降りてみよっ!そこで後1人見つければ良いし!」

「だな。行くぞ」


恋花と理人が立ち上がり、哉兎も後に続いた。

____

「あ!見えた見えた!あれ麓じゃない?」


恋花が人差し指で指し示した先、確かに人だかりができて、いくつかテントも張られていた。


「結構集まってんな。今何時?」


理人に聞かれ、恋花が胸ポケットから懐中時計を取り出す。哉兎が片眉を上げた。


「時計持ってねぇの理人」

「お前も持ってないだろ」

「うん」

「うん」


沈黙。


「よし…みんな大体3人組か2人組か…4人組あんまり居ないね。安心した…」


恋花の言う通り、散らばっている新兵はほとんどが3人組で固まっていた。稀に2人組。見たところ4人組は居ない。


「あれ、降りてこれたんだ」


恋花と理人は「誰?」「知らん」と能天気だったが、哉兎の顔には色んな理由で翳りがさしていた。恋花が心配そうに「哉兎…大丈夫?」と覗き込んでくる。


「てっきり1人でとぼとぼ降りてくるかと思ってたのに。あ、見捨てられた奴ら同士で寄せ集めの3人組作ったんだ。ゴミ箱じゃねぇんだからさ。もうちょっと場所弁えろって」


涼は嘲るような笑顔を浮かべながらじりじり哉兎達に近づいていく。哉兎の視線は涼ではなく、その後ろ。


後方で腕を組んでいる、統弥に注がれていた。哉兎と目が合うと、形式的に手だけ振って見せたが、そこに朝の温かさはない。


「統弥…お前」

「え?何、知り合い?」


統弥は世良の隣で突っ立っていたが、哉兎に名前を呼ばれ、涼に怪訝そうな顔をされると飛び跳ねるように驚いた。そして少し目を泳がせた後、「あ…うん。そうだね」と適当に相槌を打った。


「そっかぁ、久遠もお人好しだよな、こんな奴に構ってやるとか」


恋花は哉兎の隣で「何あの人」と顔をしかめ、理人はずっと黙っていた。涼の視線が理人に留まる。


「…なに」

「いや、君。俺たちのとこ来ない?」

「何で?」


理人の気怠そうな表情も気にせず、涼は「なら」と統弥を指差した。


「久遠と交換でどう?」

「交換って。頭湧いてんのかお前」


理人の容赦ない一撃に、涼の顔がぴくりと引き攣る。理人の目が統弥を捉えた。


「お前は」

「え?」

「お前は、あいつらのとこ居たいわけ?」

「え、いや…それは」


理人が哉兎の肩を軽く叩いた。理人に圧倒されて黙っていたままの哉兎はびくっと体を跳ねさせる。


「こいつの方が、あいつよりお前のこと大事にすると思うけど」

「理人…」

「いやいや。久遠、どんだけお前のこと大事にしてくれたって、あれじゃ………って、は?」


統弥が哉兎の元に歩み寄り、哉兎に向かって頭を下げた。


「え!?ちょ、統弥何してー」

「ごめん。哉兎。おれ、涼たちと組んだ方が自分のためになるって、本気で考えてた。哉兎のこと見捨てようとした。ごめん。本当。本当にごめん」

「そんな、謝んなって!俺…」


すると、いきなり拍手の音が聞こえた。音の方向を向くと教官数人が拍手しながらこっちに歩み寄ってくる。


「おめでとう。君達が、最初の4人組だ」

「え?」


揃って間抜けな声をあげた。


「君達のことを見させてもらった。きっと君達4人なら、素晴らしい絆を紡いで行けるだろう」

「ようこそ、王都艦隊へ。歓迎するよ」


もはや新兵全員が口を閉じた。皆多様な感情を抱えながら哉兎達を見やる。


哉兎、統弥、理人、恋花はお互いを見た。その顔触れにこれからの未来を予測できるものは、一つたりとも無かったのだ。

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