第三話(前編)「既知した恐怖」
哉兎は元々、未知のものに遭遇しても恐怖より興味が勝つ性分だった。しかし、これは流石に想定外なのだろう。
「王都艦隊本部前」という名前の駅で降りて、受付に歩く間も統弥は哉兎が人酔いしないよう隣を歩いてくれていた。
「なるほどね…じゃ本当にこっち来たことないんだ」
「じいちゃんから話は聞いてたけどな!キラキラでゴテゴテしたとこだって!」
「きらきらでごてごて…」
統弥は土地勘があるらしく、足取りに迷いがなかった。哉兎の言葉を聞いて周囲を見渡す。
「まあ、間違ってはないか」
本部の入り口には、それこそキラキラでゴテゴテな門構えがしてあった。石膏で出来た柱と鉄格子を美しく加工した門。重苦しいそれの足元に人だかりができていて、そこが受付のようだ。統弥に促されるまま歩いていくと、小柄な女性が白い箱の奥で立っている。哉兎を確認すると、彼女はにこやかな笑みを湛えた。
「おはようございます」
「おはようございます!!」
「収集通達、お持ちですか?」
「はい!!」
哉兎の声の大きさに驚かなかったのは彼女が初めてだった。哉兎が逆に面食らう。ごそごそとポケットをまさぐり、昨日握りしめながら寝た手紙を取り出す。手の跡がついてくしゃくしゃになっていたものの、受付員の女性はそれを慣れた手つきで丁寧に広げ、
「はい。確認致しました。本当におめでとうございます」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。では向こうに入場案内の地図がございますので、そちらで名簿を確認していただいた後、指定の場所にお進みください」
「わかりました!」
最後まで一度も笑顔が崩れなかった。哉兎が何度か女性の方を振り返ると、その度こちらを向いて手を振ってくれた。
「あ、終わった?」
受付を出た延長線上で、統弥がこちらに気付いて片手を上げた。哉兎も腕を上げて統弥の方へ走る。
「今から班分け試験だってさ」
「班分け?」
うん、と言いながら目の前の壁を指し示す統弥。哉兎が目を向けたそこには、白い紙にびっしりと人の名前が書かれていた。読むと、試験のためにそれぞれ十数人のグループに分かれるとのことだ。
「おれは北館3階…離れたね」
哉兎は南館3階。綺麗に真反対だ。双方一瞬残念そうな顔をしたものの、「じゃ!」「うん」と潔く別れた。哉兎の頭にあった不安はただ一つ。マジで迷ったらどうしよう。
指定された部屋に入ると、もう既に何人かが席に着いていた。「こんにちはー!!!」と叫びながら部屋に入る勇気も重苦しい雰囲気に押されて湧かず、いそいそと、並べられた木の長椅子に座る。周りが革張りの鞄や機能性のあるリュックサックを持っているのを見て、小さい頃じいちゃんに縫ってもらった袋を胸の内に抱き締めた。
しばらく経つと、煌びやかな緑色の軍服を身に纏った中年男性が入ってきた。いかにも艦隊の者です、と言いたげな荘厳な雰囲気に部屋の空気が締まる。
「えー、新兵諸君。此度はこの王都艦隊に心身を捧げると誓ってくれた、その心持ちに艦隊一同、大きく感謝する」
軍帽を着けた頭を深々と下げられ、反射的に哉兎も頭を下げる。
「では。今から入隊後の班分け試験を行う。やることは簡単、本部の裏山を登って、戻ってくれば良い」
なんだそんな事か、と全員が安心したのも束の間だった。
「戻ってくるまでに4人1組になってもらう。勿論最初は1人からだ。到着時に組んでいた4人を、そのまま同じ班の同士に決定する。班の中では衣食住を共にする。訓練も4人での協力。実践任務もだ。それを見越した上で、心して選ぶ事」
聞いていた新兵の反応は多様だった。周りを見渡して早速誰を仲間にするか考え始めたり、別の意味で周りを見渡して不安げになる者も居る。哉兎はというと、まあどうにかなるだろ!と逆に何一つ動じなかった。
試験が始まるまで少し時間があった。特に何をするでもなく暇を持て余している哉兎だったが、そうだと思って中庭側の窓に張り付いた。周囲が何事かと振り返る。目を凝らして対角線上を注視すると、中庭を挟んだ同じ建物の同じ階、鏡写しのように配置された部屋の一番窓際で統弥が誰かと話していた。統弥に話しかけている相手は案の定知らない人。本部周辺で暮らしているみたいだったし友達なのだろう。
哉兎の体内時計で十分後だから実際どうなのか分からない。しかし感覚ではさっきの男性が戻ってきたのがあまりにもきっかりした時間でそれこそ今日一番驚いた。
指示に従って山の麓に向かう。なぜか哉兎はずっと心の中でじいちゃんへ思いを馳せていた。いきなり使命感が出てきたのだろうか。
(じいちゃん。俺頑張るよ、緊張しすぎて心臓飛び出そうだけど!!俺が艦隊入って港のみんなにいい暮らしさせるからな!生きて帰るぞ!!)
なおただ山を登り降りするだけである。
「これより班分け試験を開始する。期限は2時間。それまでに4人組になって向かいの麓に降りてくる事。では、はじめ!」
その指示が飛んでも最初は動けない新兵が殆どだった。しかし哉兎は戦略も何も持たず早速山に駆け込んで行く。その背中を、皆が信じられないと言う顔で見つめていた。
山は傾斜が急で、普段から高低差の少ない港町を走り回っている哉兎は不本意にもすぐ体力切れした。
「はあっ… 無理だ…じいちゃん…」
「なにしてんの?」
後ろから優しい声が聞こえた。「統弥!!」と言おうとして、止まる。
振り向いた先に居たのは統弥では無かった。さっき同じ部屋だった新兵の一人。柔らかい笑みを浮かべながら、バテ気味の哉兎に近付いてくる。
「あの状況で走り出せるの君くらいだったよ。1人でしょ?俺達と組まない?」
「俺達?」
彼の後ろからもう1人の新兵が顔を出してきた。知らない。恐らく違う部屋だったのだろう、ものの数分で初対面の相手を仲間にしてしまう目の前の新兵に少し身構えた哉兎だった。
「俺は綾瀬涼。涼で良いよ」
「哉兎!桂木哉兎だ!」
そ、と適当に相槌だけ打たれ先に進まれ、慌てて追いかける。涼の背中を早歩きしながら、もう1人の新兵が哉兎に口を開いた。
「世良。よろしく」
簡潔だったがその顔に浮かぶ笑顔が統弥に似ていたので哉兎も少々安心した。




