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ツクバヤマハレ  作者: 宮川学
桂木哉兎入隊編
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2/15

第一話「立志」

今日は前日まで続いてた大雨が止んで、またいつもの潮風と魚の匂いが戻ってきた。港の朝は早い。育ち盛りの少年なら尚更、大人達の荷物運びに駆り出されるのは常識なのだ。


哉兎(やと)、そろそろ起きなさい。今日はお前の好きなカジメが市場で割引される日だよ」


町の外れにある簡素な家で、布団を抱えながら爆睡する少年がいた。ただでさえ癖っ毛な黒髪が寝癖でさらに大変な事になっている。カジメという単語を聞いた途端かっと目が開いて跳ね起きた。目の前には台所でスープを煮込む老爺の姿。


「じいちゃんおはよ!!」

「全く、声を落としなさい。元気なのは嬉しいがね」


哉兎を物心つく前から独り身で育てたじいちゃんにとっては日常のやりとりだった。


「あと少しで市場が開くよ。着替えて行ってきなさい」

「わかった!」


哉兎は顔を洗い普段着に着替えた。魚を入れる用の袋に銀硬貨と紙幣を突っ込む。時計は沖合の灯台にしかなく、港町の人々は皆家のどこに光が当たるかで時刻を測る。致命的な弱点は太陽が出ていない際なす術がない事。実質ほぼ体内時計で全員動いているようなものだ。哉兎は「いってきまーす!」とじいちゃんに手を振りながら家を出た。市場はここから10分ほど走った所にある。浅瀬の海底に棒を立て、その棒に釘で木の板を固定し作る通路は軋む上に劣化しやすく、哉兎も何度か歩いている最中に底が抜けて海に落ちた。しかし海の上に浮いているかのような独創的な風景は町の自慢らしく、哉兎も潮の匂いがして好きだった。ただテンションが上がるとすぐ走ってしまう哉兎には少々死活的な仕組みだが。


市場にはすでに朝一番の魚を手に入れようと客が数人並んでいた。魚以外にも野菜や果物、稀に肉が店の街頭でぶら下がっていたりするが、今日のお目当てはそれではないらしい。哉兎が真っ直ぐ向かったのは一番港口に近い店だった。店と言っても船の縁に布を敷いて魚を並べているだけで店らしくはない。店主は哉兎と目が合うと示しあわせたように一つの魚に手を置いた。


「来たか哉兎!雨でデカいのが流れてきたみたいでな、傷が少ない上に見た感じ脂も乗ってる。お前のために取っておいたぞ!」


それを聞くと哉兎の顔がぱぁっ!と擬音がしそうなほど明るくなった。満面の笑みで船に寄りかかり魚を覗く。カジメー天龗島の沖合でしか獲ることのできない、他の島では幻の珍魚とすら言われている魚だ。大きいものでは3メートルにもなる灰色の体に、最大の特徴は背中から突き出た3〜5本の骨だろう。脊椎の骨の一部が突然変異で突き出ているらしいが詳しい仕組みは分かっていない。今哉兎の目の前にあるカジメはざっと見積もっても4.5メートルはある代物で、店主の興奮具合にも頷ける迫力だった。哉兎ががさごそ袋を漁って紙幣2枚と銀硬貨12枚を取り出す。店主はそれを受け取って値踏みするように見下ろし、にっこり微笑んだ。


「はい、42ティカルな。まいどー!」


流石に自分の身長の2倍半もある大魚を肩に担ぐわけにもいかず、袋に入れて引きずることにした。帰り道で偶然果物屋を見つけ、じいちゃんの好物である林檎を買って家に帰る。玄関を開けると食卓の上にスープとパンを並べていた。


「じいちゃんただいまー!カジメめちゃくちゃデカいの買えた、ほら!」


巨体を見ると糸のように細い目が精一杯見開かれた。久しく見えた黒目がカジメを凝視している。


「…置き場に困ってしまうね。捌いて氷冷庫に入り切らない部分は干物にしようか。とりあえず台所の裏に置いておきなさい。まず朝食にするよ」


カジメを運び終えると、木製のがたついた食卓を2人で向かい合って囲んだ。野菜と魚の皮や骨で出汁をとり、適当に余った食材を入れて煮込んだスープは具に味が沁みていて、素朴ながら哉兎には一番のご馳走なのだ。


「そういやじいちゃん、いつもの店主の人にこの前さ、海連れてってもらった」

「なるほど。どうりであの日は帰った時、手が乾いていたんだね」

「うん!カジメは獲れなかったけど浅瀬の魚はめっちゃ獲れた!」

「スープの具が増えて助かったよ。ありがとう哉兎」


哉兎が魚を釣った時の波瀾万丈について力説しようとすると、突然扉がノックされた。直後低い声で「王都の者だ。連絡がある」と非日常な言葉が部屋に響いた。じいちゃんが眉を顰め、「哉兎はここに居なさい」と言って徐に扉を顔が覗けるくらいの距離で開けた。


「…王都の方々がこのような貧相な町に何の用でしょうか」


じいちゃんの声に想像以上の棘を感じて哉兎の背筋がぶわっと粟立つ。


「御宅の息子に艦隊から手紙を仰せつかった。以上だ」


姿はよく見えなかったが豪勢な服を着ていたのは分かった。重そうだななどと哉兎がぼんやり考えていると、じいちゃんが新妙な面持ちで白の封筒を食卓の上に置いた。赤色の蝋で封をされた手紙はとにかく厳格な雰囲気を醸し出していて、それ系統の雰囲気に慣れていない哉兎は肩が強張る。


「哉兎。話がある」


じいちゃんにいきなり呼ばれ「はい!!」と声が張った。じいちゃんは険しい顔を崩さずさっきのように哉兎の対角線上に腰を下ろす。


「これが何か分かるか?」


手紙を指差され、一瞬きょとんとしてしまったが、左下に何か書かれているのに気付いて目を凝らした。端正な文字で、「ー王都艦隊ー」とだけ、4文字がぽつんと孤立している。


「………艦隊?」

「ああ」


じいちゃんはゆっくりと噛み締めるように頷き、手紙を哉兎に開けるよう促した。開封すると折り畳まれた白の紙がもう一枚出てきて開く。


『ー我々は元来より自由と豊かさの平等を求め、益々の艦隊の繁栄と進出を目標とし、艦隊の未来を担うに値する人材を毎年新兵として迎え入れて来ました。今年も天龗島の未来ある若者を厳正なる審査の上選別し、王都艦隊新兵候補として貴殿が推薦されました事を、此処に通達致しますー』


港育ちの哉兎にはそもそも読めない文字すらあっただろう、それでも掻い摘んだ情報を継ぎ合わせ、自身の置かれている状況をやっと理解したようだ。


「…俺、俺が、推薦?艦隊に?」


首を縦に振られ、途端様々な感情が湧き出て来た。哉兎の耳にも届いている。30年前、まだこの島が他島の植民地だった頃、国家反逆を掲げ、民衆と共に独立革命を実現した組織。現在でも国家の抱える憲兵と対立しながら、独立の中心地となった王都を拠点に活動を続けている。風の噂で聞いて「かっけー!!」と言ってはいたものの、まさかそれに自分が入る事になるとは。頭が追いつかなかった。じいちゃんを見ると哉兎を一瞥して、一度壁を見つめ、まっすぐ目を見て一言。


「自分で決めなさい」


その言葉に哉兎の中で核心が突かれた気がした。哉兎は口に出そうとした言葉を何度か飲み込んで、やがて顔を上げた。


「行くよ俺。艦隊に入る」


哉兎が口にした内容より、言ったという事実が最もその緊張を解いたのだろう、じいちゃんはへなへなと半ば崩れ落ちた。


「…そうか。哉兎。必ず、生きて帰るんだよ」


哉兎は首が落ちそうになるほど激しく頷いた。

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― 新着の感想 ―
質問板から来ました。 設定も話の流れも面白いのですが、 ・視点が主人公の中にある部分と外にある部分が混在するように見える >哉兎が口にした内容より、言ったという事実が最もその緊張を解いたのだろう、じ…
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