第七話(後編)「影」
「な、なあ…統弥…俺これ全部食って良いのか…???」
統弥が「ん?」と振り返るとそこには、とんでもない量の焼き串を持った哉兎がいた。統弥は暑くなってきたしとかき氷に手を出していたまさにその時で、数秒目元がひくつき、直後
「いや馬鹿か!!!!」
群衆に聞こえるまさに公開処刑の声量で叫んだ。握りしめたせいで屋台の店員に渡されたかき氷がリアルタイムで溶けようとしている。構わず哉兎に詰め寄るのだった。
「あのな!おれは別に!?哉兎が何食べたって止めないさ別に!…ただ!節度ってもんがあるだろ両手で抱えきれなくなってんじゃねぇか!!」
「え!?いやだって美味そうだし!」
肩ががっくり落ちる。言ったところで聞かないのが通常運転の奴だった。市場ではまさに万国博覧会とでも言えてしまうほど、様々な文化圏の料理が所狭しと並んでいる。語源は知らないが西洋料理、中華料理、日本料理。王都で売られているのは基本西洋料理が主流だが、この万国市はその境を超えて、普段お目にかかれない代物だらけなのだ。独立革命直後、各島の人たちが密集して各々の文化を生活のために教え合った地域がここらしいから、おそらくその影響だろう。
「そういや哉兎。理人と恋花は?」
「あー理人が暑いって言い出して冷や水もらいに行ったぞ」
「じゃあここ留まった方がいいな。ここならちょうど日陰になるし」
統弥は抹茶味の蜂蜜とレモン水がかけられたかき氷を口に含みながら、哉兎の手元に目を落とした。
「…にしてもそれ。よくそんな種類見つかったね」
「これな。なんか今日は多めに食材が来たらしくて」
哉兎の手には太い木の串と、そこに肉や魚が大量に刺さっていた。馬肉と牛肉の中間のような食感と見た目の岳鹿、白っぽくて油ののった全体的に空気感がある雪兎。雪兎は北の島から輸入したもので相当レアなはずだ。
「哉兎は幸運だよ」
「俺が幸運なんじゃなくて、俺の周りの人たちが幸運を与えてくれる優しい人なの。じいちゃんが言ってた。だからいつも感謝を忘れるなって。俺の座右の銘」
統弥が固まった。手の内で水滴がじわりと広がる。
「…うん。そうだね」
「2人ともー!ごめんね遅くなって!」
恋花が理人を引っ張って走ってきた。哉兎たちの元に着くと、理人の口に丸い何かを突っ込む。理人が「ぐぇ」と軽く悲鳴を上げた。
「これで塩分補給して。くらくらするならまた言ってね?」
「それ花飴?期間限定か」
統弥の問いかけに、恋花は胸を張って飴を見せた。透明な小さい球体の中で、白や薄緑、薄黄色が光を反射して水面のように輝いている。
「夏限定の潮ミントレモン味!あ、ソーダバージョンもあるよ!」
「なんだそれ!?欲しい!」
「一個あげるよ!塩分補給に」
統弥と哉兎の手のひらに飴が一つずつ乗る。揃って口に入れた。ミントの突き抜ける爽やかさ、レモンの酸っぱさ。そして全体的に感じる塩っけ…これは、うん。
「そういう味ってわかったら食べれる」
「なんだこれ?甘いのに酸っぱくて…しょっぱい??」
哉兎にはソーダの方が舌に合ったようだ。
そこから市場をひたすら練り歩いた。恋花と哉兎が店やら屋台やらに走り、統弥が止め、理人は店の傍に体を預けて寝る。戻ってきた統弥が理人を起こして、また太陽の下に出る。気づけば夕方を過ぎ、客もまばらになってきた。散々腹を満たした4人は、特にすることもなく道を彷徨いていた。
「…眠ぃ」
「このまま帰って寝ちゃうのもありだねー」
「宿舎に夕飯買って持って帰ろっか」
「それあり!」
「…ん?」
突然。統弥が振り返った。哉兎も反射して振り返る。
視線の先には黒と金の軍服を着た男が2人、並んで道を歩いていた。市場の客という雰囲気ではない。統弥を見ると、男たちの背中を凝視したまま固まっている。哉兎の背中に、初めて冷気が走った。
「…統弥?」
「え?あ、あぁ…うん。いや、なんでもない」
ふるふると首を振る統弥。明らかに大丈夫ではなかった。
「あの人達がどうかしたのか?」
「哉兎知ってるんだ」
「お、おう…初めてここ来た時、本部までの道教えてもらったんだ」
食い気味な統弥の切り返し。様子がおかしい。周りを何度か見渡して、哉兎と理人、恋花の肩を持って3人まとめて男達とは反対の方を向かせた。
「今日は帰ろう。もうそろそろ暗くなるし。あの人たちが巡回しにくる」
やけに早口だった。隣の恋花に「あの人たちって?」と聞くと、恋花は一度統弥を心配そうに見た後、少し覚悟したように哉兎に顔を近づけた。
「皇宮警備隊特級兵士。通称憲兵。憲法に基づいて国家に買われた兵士って意味だよ」
「なるほ…ど…?」
「俺も少しは知ってる。皇宮のお偉いさん方を護衛して、島を警備する警察様だって」
「理人くん言い方…」
「事実だろ」
ずっと黙っていた統弥がようやく口を開いた。
「王都では未だ艦隊より憲兵の方が上なんだ。価値も位も桁違いに高い。なんたって憲法に守られてるから」
本部前に着いた。統弥は一度息を吸って、また続ける。
「だから、この王都で憲兵のこと悪く言うのは、法に触れるのと同じくらいの重さがあるんだよ」
理人の眉に皺が寄ったが、何か思い当たることがあったのか顔を伏せた。恋花に至ってはぐうの音も出ないとばかりに頷いている。
「…なんだよそれ。それじゃまるで…」
「哉兎」
「まるで…」
「哉兎って。それ以上は」
「あれ。なんだっけ?なんて言うんだこれ…思い出せない」
首を捻る。出てこない。安心が何なのか、統弥の背筋がだらけた。
「いいよ。思い出せないままで」
食堂の料理人たちは親切に夕食を並べてくれていた。市場から買ってきて食べている者たちもいたが、4人は急いで帰ってきたため手元にあるものといえば金と花飴くらいだ。各々で適当に夕飯を済ませ、そのまま宿舎に向かった。
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消灯。部屋の電気が消え、全員の寝息が聞こえ始めたころ。1人ベッドから起き上がる新兵がいた。哉兎である。
寝巻きからシャツに着替え、音を立てないようになんとも滑稽な体制で壁際を歩き、誰もいない本部の大広間に出る。どこにも人の気配はなく、しんとしていた。港育ちには少々耳に痛いほどの静寂だっただろう。本部入口の門にはすでに鍵がかかっていたが、裏山脇の非常口は施錠されていないことを哉兎は班分け試験で見ていた。いそいそと裏山まで行き、非常口から本部を出る。
目指す先は一つ、憲兵だ。
憲兵は基本夜遅くまで巡回しているらしい。統弥の様子がおかしかった理由を暴こうと乗り出したわけだ。無鉄砲だが、この行動力の権化を止めておける者が居るのかと言われても居ない。
市場に出ると、意外にもあっさりさっきの軍服は見つかった。今回も2人並んで歩いている。バレないよう最大限の気配を消して、忍び寄る哉兎だった。背後数メートルの場所を維持して、会話の聞こえる範囲で尾行。着いていくと、いつのまにか建物に入っていた。今更戻れないしとどんどん奥に入っていく哉兎、そのくらいにしておけ。あるドアの前で2人が足を止め中に入った。ちょうど陰になる場所に座り、会話を盗み聞きしようと試みる。
「…戻りました」
「ご苦労様。どうだった?艦隊に異変は」
艦隊?哉兎がさらに壁に引っ付いた。
「休暇日ということで多めに警司兵を派遣しましたが、別段異常は見られませんでした」
「妙だね。なにか仕掛けてくると思ったんだけど」
「やはり大量に新兵を投入したことでそちらの管理に時間を追われているのでは?」
「可能性は高い。だとしてもあいつが…?何もしてこないわけないと思うんだけどなぁ」
建物内でも巡回があり、人の目に触れるか触れないかをぎりぎり保っている。ふいに、会話が止んだ。哉兎が違和感は残るものの胸を撫で下ろし、さあ帰ろうとなったのも束の間。
「…で?そこで何してるのかな、艦隊のわんこ君?」
「っ、やば」
歩き出した時にはもう遅かった。ドアが開けられ、さっき尾行していた2人に今度は追いかけられている。後ろか怒号。全速力で逃げる。来た道を戻れるはずもなくとりあえず人気の少なそうな場所を選んで曲がり、階段を登って降りて、そうしていたら_
「…どこだ?ここ」
迷った。案の定。挙げ句の果てに。
「居たぞ!!あそこだ!」
「な、内臓だけは!!」
どうやら哉兎の感覚では捕まると内臓を切って出されるようだ。
必死で走っていると、いきなる首根っこを掴まれ建物の出口裏に引きずり込まれた。
「んぐっー」
「黙ってくれないかな」
数人が走り去っていく。人の気配がなくなったところで解放され、自分の口を塞いでいた犯人を見て、別の意味で顔から血の気が引いた。
「桂木くんねぇ。度胸があるのは結構なことで」
「智尋さ…違くて。これは…」
智尋が人差し指を唇に当てる。背筋にびしっと電流が流れた。
「わかってる。経緯は統弥くんから聞いたよ」
「統弥が!?」
「桂木くん」
「はいぃ!」
正面から向き合った智尋の顔は真顔だった。笑顔が消えるとこの人にもこんな威厳があるのかと哉兎の感想は失礼極まりない。
「…憲兵には、いずれ関わる時が来るさ」
「へ?」
智尋は「行くよ」といって哉兎に背を向けた。その背中に、果たして何を背負っているのだろうか。
諸事情により13日まで小説を更新することがおそらくできません。
身勝手な理由で大変申し訳ありませんが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。




