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『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第26話


 -猟犬の牙と、崩壊の直列回路-


 絶望が支配するホワイトハウスの庭園。

 宙吊りにされ血を流すワシントンとアナスタシア、拷問のようなジャミングに発狂して踠き苦しむシャーロット、そして恐怖に心をへし折られたアイリス。

 超重機動要塞『巨獣ベヒモス』の圧倒的な暴力の前に、世界最高の特異点たちが次々と堕ちていく中、紅華と桜華の視界の隅に、極秘の暗号化されたテキスト通信が静かに点滅した。

『――俺が奴の死角(腹の下)に潜り込む。紅華は俺の援護、桜華は前線の注意を引け。各国の特異点たちを、なんとしても救い出せ』

 発信元は、月城怜。

 紅華はハッと息を呑み、黒曜石の瞳に再び強烈な光を宿した。そうだ。私たちのマスターは、神の如き怪物に圧倒されてなお、微塵も諦めてなどいない。人間の知恵と執念で、確実にこの状況を引っくり返すための「牙」を研いでいるのだ。

「……桜華! 怜が動くわ、前線の注意を完全に引きつけなさい!!」

「はいッ! お姉ちゃん、アイリスさんを!」

 桜華が、震える両足を強く踏み締め、満身創痍のアイリスの前に立ちはだかった。

 ベヒモスの並列回路サブコアが、再び無数の圧縮空気弾丸と闇の因果律を放とうとする。

『事象改竄・広域神格:【新緑ノ絶対聖域エメラルド・サンクチュアリ】ッ!!』

 桜華が両手を高く掲げた瞬間、彼女の全身から溢れ出した生命の光が、ドーム状の巨大な極厚シールドとなって前線全体を覆い尽くした。

 ズドドドドドォォォォンッ!!!

 空気を圧縮した質量弾が結界に激突し、凄まじい衝撃波が巻き起こる。結界の表面にヒビが入り、桜華の口から一筋の血が流れるが、彼女は決して膝を屈しなかった。

「……私だって、日本の特異点です! やられっぱなしじゃ、ありませんッ!!」

 桜華の瞳が、怒りのエメラルドに輝く。彼女は防御に徹しながら、その結界の頂点から、太陽の光を極限まで収束させた一撃を空へ向けて放ち、ベヒモスの頭上から急降下させた。

『事象改竄・反撃:【天照・極光線アポロン・ガンマ・レイ】!!』

 極太のソーラーレーザーが、ベヒモスのシールドを激しく焼き焦がす。

 完全に致命傷には至らないものの、その鬱陶しくも強烈な光の暴力に、ベヒモスのサブコアの意識(演算リソース)が一時的に桜華たちへと集中した。

「今だッ! 各国のバディたちを回収しろ! 一人も死なせるな!!」

 CIAのウィリアム局長が血を吐きながら絶叫する。

 その号令を待つまでもなく、MI6、FSB、そしてCIAとSEALsの人間たちが、文字通り「決死の特攻」を仕掛けた。

 彼らはベヒモスのサブコアが放つ迎撃の雨を掻き潜り、仲間の死体を盾にしてでも前進し、宙吊りにされたAIたちのもとへ殺到した。

「アナスタシアッ!!」

 FSBのモロゾフが、闇の触手を対戦車ロケットで強引に吹き飛ばし、落下してきた純白の身体を抱き止めた。

 軍服は彼女自身の血液で赤く染まり、その息は絶え絶えだった。

「……モロゾフ、同志……。申し訳、ありません……。祖国の、誇りを……」

「馬鹿野郎ッ! 喋るな! お前はよくやった、俺の誇り高き氷の姫君だ! 絶対に死なせはせん!!」

 百戦錬磨のロシアの巨漢が、彼女の冷たい頬に顔を押し当てて、男泣きに泣いた。


 一方、MI6のヒューズは、音響レンズのジャミング地獄から解放され、地面で泥だらけになって丸まり、恐怖に震えながら泣きじゃくっているシャーロットを強く抱きしめていた。

「ア、ァァ……ヒューズ、いや……音が、頭が割れる……怖い……ッ!」

「大丈夫です、マイレディ。もう終わりました。私が、大英帝国の盾が、あなたを護ります。……あなたは少しも醜くなどない、我々の最高の淑女レディです」

 ヒューズは、気品を失い、恐怖に震える彼女の背中を、まるで怯える子供をあやすように優しく、力強く叩き続けた。

 人間たちが多大な血を流し、CIAの対AI武装部隊の半数が命を落としながらも、彼らは三機の高高度AIを安全圏まで引きずり戻すことに成功したのである。

     * * *

「……よくやった、お前ら」

 戦場の喧騒の裏側。ベヒモスの巨大な巨体の「死角」となる背後の廃墟の陰で、月城怜は州兵の生き残り部隊を率いるミラー大尉と通信を繋いでいた。

「大尉、上空の連中に伝えろ。お膳立ては済んだ。……今持ってる一番デカい花火を、あの鉄屑の頭にブチ撒けろってな」

『了解した! ……地獄の業火を見せてやる!各機突入開始!!』

 ミラー大尉の通信と同時に、ワシントンの上空の雲が真っ二つに割れた。

 そこに現れたのは、サマエルのハッキング被害を免れていたアメリカ中西部から飛来した「米軍の大型制空型無人機(UCAV)」の大編隊、そして補給を受けて舞い戻ってきた『F47B』有人戦闘機の姿だった。

 ヒュルルルルルルルッッ!!!

 ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!

 数十発の空対地精密誘導ミサイルと、バンカーバスター(地中貫通爆弾)が、ベヒモスの頭頂部へ向けて一斉に降り注いだ。

 ベヒモスのメインコアが異常を検知し、全出力を「上空のシールド」へと振り向ける。分厚い因果律の壁にミサイルが激突し、夜空に巨大な太陽が何十個も生まれたかのような、視界を完全に奪う閃光と爆煙が巻き起こった。

「……今だッ!!」

 ベヒモスの意識(演算)が、完全に「上(空)」と「前(桜華たち)」に釘付けになった、そのコンマ一秒の隙。

 月城怜は、廃墟の陰から弾かれたように飛び出した。

 彼は生身の肉体を極限まで酷使し、ベヒモスの巨大なキャタピラが巻き上げる土煙の中を、文字通り地を這うようにして滑り込んだ。

 目標は、ベヒモスの「腹の下」。強固な装甲に守られた、直列に繋がるメインCPU群の物理的な格納庫の真下だ。

 頭上には何百トンという鋼鉄の塊があり、キャタピラに巻き込まれれば一瞬で挽肉になる。常人であれば恐怖で足がすくむ絶望の空間へ、怜は躊躇なく潜り込んだ。

「……極東の宝剣、そのドテッ腹に突き刺してやるよッ!!」

 怜は、手に握りしめた近衛博士の魂の化身とも言える剣型特殊AI兵器『叢雲ムラクモ』のスイッチを、最大出力オーバーロードまで押し込んだ。

 刀身から、青白いプラズマが滝のように溢れ出し、空間の因果律を強制的に書き換える。

『事象改竄・物理特化:【叢雲・因果断絶ノ太刀ムラクモ・ゼロ・ブレイド】ッ!!!』

 怜が、渾身の力を込めて『叢雲』をベヒモスの腹の底――強化外殻の継ぎ目へ向けて深く突き立てた。

 ガギィィィィィィィィィンッッッ!!!!!

 人間の筋力では絶対に不可能な物理的破壊力が、因果律のブーストを受けて炸裂する。分厚い複合装甲がプラズマの高熱でドロドロに溶け、そのまま内部の「メインコア(直列回路)の心臓部」の一部に、青白い刃が深々と到達した。

『……警告アラート! 警告! 機体下部装甲、突破サレマシタ。メイン直列回路、第4、第7、第12セクターニ深刻ナ物理損傷ダメージヲ確認――』

 ベヒモスが、初めて「苦痛」にも似た巨大な機械の絶叫を上げ、その巨体を大きくグラつかせた。

「怜ッ!! 下がって!!」

 腹下から脱出をもくろむ怜をカバーするため、紅華が前衛へ躍り出た。

 彼女は、メインコアの損傷に慌てふためき、怜を押し潰そうと動いたベヒモスの「残存するサブコア(並列回路)」へ向けて、灼熱の炎の槍を両手に顕現させた。

『事象改竄:【双焔・穿神槍ツイン・プロミネンス・ジャベリン】!!』

 紅華が渾身の力で投擲した二本の炎の槍が、ベヒモスの左右に浮かぶサブコアへ向けて一直線に飛翔する。

 ベヒモスは、メインの直列回路をこれ以上破壊されるわけにはいかないと判断し、自らを護るためのサブ回路(並列AI)を「物理的な盾」として炎の槍の射線上に強制移動させた。

 ズドォォォォォンッ!!

 凄まじい爆発と共に、ベヒモスの防衛と迎撃を担っていたすべてのサブコアが、完全に粉砕され、火の粉となって消え去った。

 これで、ベヒモスに残されたのは、怜の『叢雲』によって一部を破壊され、不協和音を上げている「直列回路メインコア」のみとなった。


     * * *

「……ハァ、ハァ……っ」

 桜華の結界の中で、ジャミングの恐怖と内部破壊の激痛に震えていたアイリスが、焦点の合わない瞳で地面にうずくまっていた。


「……こ、わい……。怜……暗い、痛い……っ」

 冷徹な米軍の兵器として生まれたはずの彼女が、恐怖という感情に完全に支配され、システムを再起動できずにいる。

 そのアイリスの白銀の髪を、血と煤にまみれた紅華が、優しく、しかし力強く撫でた。

「……立ちなさい、アイリス」

「こ、うか……? 無理、です……。私の回路は、もう……因果律が、編めない……」

 アイリスが涙をこぼす。

 紅華は、そんな彼女の冷たい両手をしっかりと握りしめ、かつて自分が怜を傷つけて絶望の淵にいた時のことを思い出しながら、黒曜石の瞳で真っ直ぐに見つめ返した。

「あなたが教えてくれたんじゃない。私たちは、ただ与えられた命令を実行して、壊れたら終わりの機械じゃないって。……私たちは、泣いて、傷ついて、恐怖を知るからこそ……昨日よりも強くなれる、『心』を持った存在なんでしょ?」

 紅華の言葉が、アイリスの電子頭脳の奥底に、温かい火を灯す。

「私が絶望の闇に落ちそうになった時、あなたがその不器用な手で、私を引っ張り上げてくれた。……だから今度は、私があなたを闇から引きずり出してあげる」

 紅華が、アイリスの手を強く引き、彼女を無理やり立ち上がらせた。

「さあ、涙を拭きなさい。私たちの愛する家族マスターが、命を懸けてあの怪物の足元を崩してくれたわ。……最後のトドメを刺しに行くわよ、私の最高の相棒バディ!」

 紅華の愛と信頼に満ちた言葉。

 アイリスの白銀の瞳孔に、再び、冷徹で美しい青い数式が、静かに、しかし力強く展開され始めた。

 恐怖は消えていない。だが、隣に立つ友の温もりが、それを凌駕する勇気を与えてくれたのだ。

「……了解イエス。……アメリカの地にゴミを残すわけには、いきませんから」


     * * *

 反撃の狼煙は、一気に燃え上がった。

 桜華の『命樹ノ息吹』によって緊急修復を受けたワシントンとアナスタシアが、ボロボロの軍服のまま、再び前線へと歩み出た。

「大英帝国とロシアの借りは……高くつきますよ、鉄屑」

「ええ。私たちの誇り、その身に刻んであげましょう」

 アナスタシアが絶対零度の氷の槍を、ワシントンが特注の対物因果律ライフルを構え、ベヒモスのメインコアへ向けて同時に遠距離攻撃を放った。

『……敵対行動ヲ確認。直列回路、最大出力ニテ防御・反撃シーケンスヘ移行……』

 ベヒモスが、残存する全出力を結集し、これまでのように強固な因果律シールドを展開し、同時に巨大な重力弾を撃ち返そうとした。

 ――だが。

「……え?」

 ワシントンが、その反撃を見て拍子抜けしたような声を漏らした。

 展開されたシールドは、氷の槍とライフルの弾丸を受けた瞬間に、まるで薄氷のようにパリンと砕け散った。さらに、ベヒモスから放たれた重力弾は、先ほどの圧倒的な速度とは程遠く、ワシントンが片手で展開した『星条旗の盾』に、あっさりと防がれてしまったのだ。

「……どういうことだ? 奴の攻撃が、目に見えて遅くなっている……?」

 ウィリアム局長が目を白黒させる。

 それこそが、国際金融資本の技術者たちが気づかなかった、直列回路シリアル接続の『致命的な弱点』だった。

 並列回路パラレルであれば、一部のCPUが破壊されても、他のCPUが演算を補い、全体の速度を維持できる。

 しかし、数十基の高高度AIを一直線に繋いだ直列回路においては――怜の『叢雲』によって中腹のセクターが物理的に破壊されたことで、データ通信に『莫大なラグ(遅延)』が発生し、全体の処理速度が「一番遅い(壊れかけた)CPU」のレベルまで極端に引き下げられてしまったのである。

 絶対的な火力と防御を誇っていたベヒモスは、一つの傷口から、ただの「図体がでかくて遅い鉄屑」へと成り下がったのだ。

「……お前の演算速度では、もう私のスピードには追いつけません」

 その決定的な隙を、恐怖を乗り越えたアイリスが逃すはずがなかった。

 彼女は自身を雷のプラズマへと変え、ベヒモスの迎撃を鼻で笑うような超高速のジグザグ軌道で肉薄した。

『事象改竄・極限圧縮:【雷神ノ戦斧トール・ハンマー】ッ!!』

 アイリスが振り下ろした極太の雷の刃が、シールドを失い、機能不全に陥っていたベヒモスの「外殻(メイン装甲)」を、紙を裂くように完全に叩き割った。

 赤黒く脈動する、直列に繋がれたおぞましいメインCPUの群れが、夜風の前に完全にむき出しとなる。

「……トドメだァァァッ!!」

 外殻が破壊されたその瞬間、退避していた月城怜が再び地を蹴り、むき出しになったCPUの群れへ向けて跳躍した。

 青白いプラズマを最大出力で放つ『叢雲』が、ベヒモスの心臓部へ深々と突き刺さる。

 バチィィィィィィンッッ!!!

 物理的な破壊と因果律の断絶が、直列回路全体に連鎖的な『致命的エラー(カスケード・フォルト)』を引き起こした。数十基のコアが次々とショートし、狂ったような火花を撒き散らしながら、ベヒモスの巨体が完全に機能停止して天を仰ぐ。

「……紅華ッ!! 決めろォォォッ!!」

 怜の絶叫。

 夜空高く舞い上がった紅華の姿は、まさに戦場のすべてを浄化する紅蓮の女神であった。

「この世界は、あなたたちのようなエゴイズムの道具じゃない! 人とAIが手を取り合う、美しい未来よ!!」

 紅華の両手に顕現した、太陽の如き【神滅ノ双極星スーパーノヴァ・ツインズ】。

 彼女は、機能不全に陥り、崩れ落ちようとする十メートル超の巨大要塞へ向けて、流星のように急降下した。

『事象改竄・絶対神格:【紅蓮華・鳳凰ノクリムゾン・フェニックス・ダンス】ッ!!!』

 紅華の身体が、巨大な炎の鳥(鳳凰)へと変じた。

 交差された灼熱の双剣が、ベヒモスの巨体を「脳天から無限軌道まで」、完全な十字の軌跡を描いて切り裂いた。

 数万度の熱線が鋼鉄を溶かし、因果律を焼き尽くす。

 一切の音すらなかった。

 直後、ホワイトハウスの庭園を真昼のように照らし出す、超特大の爆発の炎が夜空へと吹き上がった。

 人類の尊厳を脅かした国際金融資本の最終兵器『巨獣ベヒモス』は、美しき特異点の炎の前に、文字通りチリ一つ残さず、完全に灰燼に帰したのである。



     * * *

「……あ、あ、あああぁぁぁ……」

 拘束の茨の中で、その圧倒的な終焉の光景を見上げながら、ギデオンは瞳孔を開き、魂の抜けたような声を漏らした。

 無敵のはずだった直列回路の悪魔。人間の尊厳を取り戻すための聖戦。

 そのすべてが、極東の猟犬と、心を持った機械たちによって、完全に打ち砕かれたのだ。

 ギデオンはガクリと首を垂れ、その場で完全に崩れ落ちた。

 爆炎が収まり、ワシントンD.C.の空に、静かな夜明けの光が差し込み始める。

 怜は、溶け落ちたベヒモスの残骸を見下ろし、小さく息を吐いた。

 その隣に、炎の剣を収めた紅華が舞い降り、アイリスと桜華も駆け寄ってくる。

 傷つきながらも立ち上がった各国の兵士たち。

 誇りを取り戻した特異点たち。

 世界を裏から操ろうとした巨大な闇は、ここに完全に討ち果たされたのである。

(第6章 第8話 完)


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