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『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第24話


第7話:猟犬たちの共鳴と、忍び寄る終末の足音

 ホワイトハウス・北口ゲート前の庭園ノースローン

 燃え盛る星条旗の下で、モサド急進派の暗殺官ギデオンは、切り飛ばされた右腕の断面を左手で強く押さえながら、血走った目で眼前の絶望的な光景を睨みつけていた。

 ――あり得ない。こんな馬鹿げた事態が、現実であってたまるものか。

 彼の傍らに浮かぶ死の天使『サマエル』は、高度な電子戦や、防壁の隙間を突く暗殺、あるいは「陰の因果律」を用いた変則的な軍用AIのハッキング破壊においてこそ、無類の強さを誇る機体である。

 だが、今の戦場はどうだ。アメリカの『ワシントン』に加え、極東の特異点『紅華』『アイリス』『桜華』、大英帝国の『シャーロット』、さらにはロシアの『アナスタシア』。実に六機もの「軍用高高度AI」が、サマエルただ一機を完全に包囲しているのだ。

 おまけに、地上を制圧してくるのは、Navy SEALsチーム6、MI6、FSBという、世界最強の特殊部隊のオンパレードである。

『……状況の圧倒的劣勢エラーを算出。勝率0・0001%以下。……ギデオン管理官、当座の撤退と、機体の温存を推奨します』

 サマエルの論理回路が、感情のない機械音声で撤退を進言してきた。

 しかし、ギデオンは血反吐を吐き捨てるようにして、首を横に振った。

「撤退だと? どこへ逃げるというのだ、ガラクタが……!」

 彼らがここで敗北し、サマエルを生かして逃げ帰ったところで、待っているのは「エルサレムの完全なる壊滅」である。

 ただでさえ、アメリカ合衆国本土を火の海にし、ホワイトハウスにドローンを突っ込ませたのだ。あのアリアス大統領は怒り狂っており、9・11以来の「大テロ事件」として、アメリカ国民は間違いなくイスラエル急進派の拠点への直接出兵サージを熱狂的に支持するだろう。さらに、欧州のNATO諸国、ロシア、インド、日本といった大国も、今回のテロの連鎖を受けて完全に足並みを揃え、エルサレムを地上から消し去るために動くはずだ。

 もしこのまま逃げ帰れば、本国のイスラエル政府内にいる「穏健派」たちが、国家そのものの維持(防衛)のために、ギデオンたち急進派をトカゲの尻尾として国際社会へ差し出すのは火を見るよりも明らかだった。

 そもそも、すべてが想定外すぎた。

 まさかロシアが単独ではなく、英国と合同チームを組んでインドから超音速で飛んでくるなど、誰が予測できたか。ロシアが英国製の高高度AIアナスタシアを供与されているという情報も抜けていた。

 さらに極めつけは、極東の島国・日本である。アーサー・ヴァンスの事件や、アイリスを巡るCIAの工作活動により、日米両政府は修復不可能なほどギクシャクしているはずだった。日本の「最高傑作」たちが、わざわざ防衛の要を空けてまでワシントンの火消しに飛んでくるなど、ギデオンの戦術予測シナリオには一ミリも存在しなかったのだ。

「……我々がここで死のうと、サマエルが破壊されようと、人間の尊厳を機械に売り渡すわけにはいかない! エルサレムの聖なる炎を、消させるものかッ!!」

 ギデオンは、懐から泥だらけの特殊暗号通信機を取り出した。

「……ポトマック川に待機させている『偽装工作船』へ伝達! すぐに北上を開始し、ワシントンD.C.へ『最終兵器』を運び込め!!」

 彼は通信機を握り潰すと、サマエルへ向けて血まみれの左手を突き出した。

「サマエル! 簡易的な因果律で俺の右腕の血を止めろ! 貴様は、人間どもの相手はしなくていい。……眼前にいる六機の高高度AIたちを、相打ちになってでも一体でも多く道連れにして、破壊しろ!!」

『……命令コマンドを受諾。対象を、敵性高高度AIに絞り込みます』

 サマエルの四つの赤い瞳が、かつてないほどの危険な光を帯びて明滅を始めた。

 ギデオンの切り飛ばされた右腕の傷口が、サマエルの因果律によって無理やり細胞を癒着させられ、出血が止まる。

 ギデオンは、左手一本で予備の『剣型AI兵器』を拾い上げ、狂信の炎を燃やしてアメリカの州兵たちへと突撃を開始した。


     * * *

「……往生際の悪い野郎だ。だが、そのテロリスト用のオモチャ(剣)、こっちにも似たようなモンがあるんだぜ」

 突撃するギデオンの前に、黒いタクティカルスーツに身を包んだ月城怜が、音もなく立ち塞がった。

 怜の手に握られていたのは、使い慣れたSIGやタクティカル・ダガーではない。近衛博士が、新宿で情報保全隊を全滅させた敵の『剣型AI』からインスピレーションを受け、大急ぎで造り上げたプロトタイプの剣型特殊AI兵器――『叢雲ムラクモ』だった。

 刀身から青白いプラズマの光刃を放つその剣は、怜の肉体を因果律で強化し、常人を遥かに超える身体能力を与えていた。

「極東の猟犬め……ッ!!」

「……お前らの相手は、俺たちだ。野蛮な真似はさせませんわよ」

 ギデオンの背後からは、大英帝国の『シャーロット』が、黄金の因果律の刃を煌めかせながら退路を塞いだ。

 怜が『叢雲』を構えて一気に間合いを詰め、ギデオンの赤い光刃と激突する。

 ガギィィィィンッ!!

 因果律の刃同士が衝突し、火花が散る。怜は強化された身体能力と、元来の圧倒的なCQC(近接格闘)センスにより、片腕のギデオンを完全に圧倒し始めた。

 その周囲では、残存するモサド急進派の工作員たちが剣型AIを振り回して抵抗を試みていたが、MI6、SEALs、そしてシャーロットの優雅な連携の前に、次々と無力化され、地べたに這いつくばらされていく。

 そして。

 戦線の後方、血と硝煙の臭いが立ち込めるホワイトハウスの庭園では、緑色の防護服を着た「戦場の女神」が、文字通り命を紡ぎ続けていた。

「……大丈夫です、しっかりしてください! 痛いのは、すぐに消えますから!」

 桜華が、腹を撃たれて瀕死だったCIAエージェントの傷口に両手をかざす。緑色の光『命樹ノ息吹ユグドラシル・ブレス』が傷口を塞ぎ、確実に出血を止めていく。

 彼女は細胞の完全修復よりも「トリアージ(止血と延命)」を優先し、倒れている何十人もの兵士たちの間を蝶のように駆け回っていた。

「……ありがとう、お嬢ちゃん。……あんた、本当に天使みたいだぜ……」

 息を吹き返した州兵が、涙ぐみながら桜華に感謝を告げる。

 人間とAIの間にあった見えない壁が、桜華の献身的な温もりによって、確実に溶け落ちていた。


     * * *

 しかし、戦場の中央。

 死の天使『サマエル』と、彼を包囲する特異点たちとの死闘は、まさに神話の戦争ラグナロクの様相を呈していた。

『……全リソースを、破壊対象(高高度AI)へ集中』

 サマエルが、全身の灰色の流体装甲を波立たせ、空間そのものを『漆黒の沼』へと変質させた。

 サマエルの「陰の因果律」は、追い詰められてなお凶悪だった。ホワイトハウスの残骸が落とす巨大な影が、無数の『黒い棘』となって全方位からアイリスや紅華を串刺しにしようと襲いかかる。

 ワシントンが『星条旗の盾』を再展開し、アイリスが『雷霆乙女』の鞭で迫り来る影の棘を次々と弾き飛ばすが、サマエルは自身の装甲を犠牲にしながらも、呪いのようなハッキング・コードを帯びた重力弾を乱れ撃ちにしてきた。

「……ちょこまかと、鬱陶しい暗殺者アサシンね」

 紅華が、漆黒の髪を炎のように逆立て、黒曜石の瞳に圧倒的な『覇気』を宿して前に出た。

 FANUCの拡張オプションによってジャミングを完全に克服し、戦略クラスへと進化した彼女の電子頭脳は、サマエルの小賢しい陰の因果律を、根本となる「熱量」で強引に塗り潰す計算を弾き出していた。

『事象改竄・神格:【神滅ノ双極星スーパーノヴァ・ツインズ】ッ!!!』

 紅華の両手に顕現したのは、かつての炎の剣ではない。

 太陽の表面温度に匹敵する、白く輝く超高密度のプラズマが、二振りの『長大な灼熱の双剣』となって彼女の手に握られていた。

 紅華が双剣を交差させて振り抜いた瞬間、サマエルが展開していた強固な重力シールドが、まるで薄い飴細工のようにドロドロに溶け落ちた。

『……警告。シールド融解。装甲表面温度、限界値を突破――』

「燃え尽きなさい、悪魔ッ!!」

 紅華の容赦ない双剣の乱舞が、サマエルの灰色の外殻を次々と切り裂き、深々とダメージを蓄積させていく。サマエルが影の棘で反撃しようとするが、紅華の放つ圧倒的な「光と熱」の前に、周囲の陰そのものが完全に消失し、サマエルの因果律が成立しなくなっていた。

「……今ですわ、アナスタシア!!」

「ダー!! 逃がしません!!」

 シャーロットの叫びに呼応し、後方に待機していたロシアの特異点『アナスタシア』が、透き通るような青い瞳を輝かせた。

『事象改竄・広域制圧:【絶対零度の氷牢コキュートス・プリズン】!!』

 紅華の超高熱によって急激に温められていた空間の空気が、アナスタシアの因果律によって『一瞬にして絶対零度』へと強制冷却された。

 凄まじい熱膨張と収縮の暴力。そして、サマエルの両足元の地面が瞬時に凍りつき、巨大な氷の結晶がサマエルの膝下を完全に拘束した。

 サマエルの機動力が、完全にゼロになった。

『……駆動系、凍結。エラー。……破壊対象への特攻(自爆)シークエンスへ移行――』

 足をもがれたサマエルが、胸部のコアを不気味に赤く発光させ、最後の手段である『自爆』のための巨大な因果律を両手に構築し始めた。

「……させません」

 その瞬間、ワシントンの横をすり抜け、白銀の髪をなびかせた『アイリス』が、サマエルの真正面へと音速で踏み込んでいた。

 彼女の右手に握られていたのは、鞭でも剣でもない。大気中の電子を一点に極限まで圧縮し、敵のCPU(電子頭脳)を物理的に破壊することだけに特化した、必殺の槍。

『事象改竄・一点突破:【穿神ノ雷槍グングニル・ボルト】ッ!!!』

 アイリスが槍を突き出した。

 青白い閃光が夜空を貫き、自爆の因果律を放とうと掲げられていたサマエルの両腕を、その付け根から『完全な電子の奔流』によって消し飛ばした。

 バチィィィィィンッ!!!

 サマエルの電子頭脳に致命的なショートが走り、構築中だった自爆の因果律が、完全に物理的にキャンセルされる。

『……エ、エラー……。システム、完全沈黙……』

 両腕を失い、足元を氷に囚われ、四つの瞳の光を失いかけたサマエル。

 その頭上へ、燃え盛る双剣を掲げた紅華が、死の天使を狩る『真の女神』のごとく舞い降りた。

「……これで、終わりよッ!!」

 紅華の【神滅ノ双極星】が、十文字の軌跡を描いて振り下ろされた。

 ズバァァァァァァァンッッ!!!

 何重にも展開されていたサマエルの残存装甲が、超高熱のプラズマ刃によって豆腐のように両断される。

 死の天使サマエルの巨体は、見事なまでに『四つ』に切断され、切断面から爆炎を吹き出しながら、ホワイトハウスの庭園に鉄屑となって崩れ落ちた。


     * * *

 サマエルが完全に破壊されたのと、ほぼ同時だった。

「……ガ、ァァッ!?」

 怜の放った『叢雲』の青白い刃が、ギデオンの持つ剣型AIの刀身を根元から叩き折り、そのままギデオンの身体を地面へ強烈に組み伏せた。

「……大人しくしやがれ、狂信者。お前らの負けだ」

 怜がギデオンの背中に膝を突き立て、両腕を背後にねじり上げる。

 ギデオンは血まみれの口から泡を吹き、「放せ! エルサレムの栄光は……ッ!」と狂ったように暴れて抵抗を試みる。

 だが、近づいてきたシャーロットが、優雅な手つきで黄金の因果律を紡ぎ出した。

『事象改竄:【黄金のゴールデン・バインド】』

 光の茨がギデオンの全身に絡みつき、彼の筋肉の動きと因果律の抵抗を完全に封じ込めた。

 ギデオンは、茨の拘束の中で芋虫のように地面に転がり、無力な呻き声を上げるしかなくなった。

 戦いが、終わった。

 ホワイトハウス・ノースローン。

 周囲の通りで暴れ回っていた操られロボットたちも、サマエルの破壊と共にコントロールを失い、各国の特殊部隊によって完全に掃討されていた。

 燃え盛っていた炎が消し止められ、鼓膜を破るような銃声も、因果律が空間を歪める不気味なノイズも、すべてが消え去った。

「……終わった、のか?」

 怜が、タクティカル・ダガーの血を払い、静かな夜空を見上げて呟いた。

 その声に呼応するように、重い緊張から解放された者たちが、次々とその場に座り込んだ。

 CIAのウィリアム局長が、血まみれのスーツのまま大木に背を預けて深く息を吐き出す。ワシントンもまた、ボロボロになった特注ライフルを地面に突き立て、静かに目を閉じて自己修復のコマンドを走らせていた。生き残った州兵たちは、アサルトライフルを地面に置き、互いの無事を確かめ合って抱き合っている。

「怜ッ!」

 紅華、桜華、アイリスの三人が、無傷のまま怜のもとへ駆け寄り、弾かれたように彼に抱きついた。怜は苦笑しながら、三人の頭を優しく撫でる。

 少し離れた場所では、純白の軍服を汚したアナスタシアが、FSBのモロゾフ大尉から「よくやった、最高の働きだったぞ」と頭を撫でられ、雪解けのような嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 大英帝国のシャーロットも、ヒューズ以下MI6の捜査官たちと「これで、女王陛下への顔向けもできますわね」と優雅に微笑み合い、荒れた庭園を後にする準備を始めていた。

 日、米、英、露。

 各国の猟犬と特異点たちが、アメリカ合衆国の首都を見事に護り抜いた、完璧な勝利。

 誰もが、これで最悪のテロの連鎖に終止符が打たれたと、そう信じかけていた。

 ズズズズズズズズ…………。

 突如として。

 大地の底から響くような、重く、悍ましい『地響き』が、ホワイトハウスの庭園を震わせた。

「……なんだ? 地震か……?」

 怜が、地面の振動に顔をしかめる。

 ワシントンが、閉じていた目をカッと見開き、ポトマック川の方角――ワシントンD.C.の南側へと、その鋭い視線を向けた。

「……違います。この振動は、物理的な質量移動と……桁外れの『因果律の重圧プレッシャー』です」

 ギデオンが、拘束された地面の上で、血まみれの口を歪めて「狂気の笑い」を漏らし始めた。

「ハハ……ハハハハハッ!! 喜ぶのはまだ早いぞ、機械の奴隷ども! ……エルサレムの『最終兵器』が、今、貴様らを裁きに来たのだ!!」

 遠く、ポトマック川の水面を割って、偽装工作船から巨大な「何か」が上陸する重低音が、ワシントンD.C.の夜空に響き渡った。

 それは、サマエルすらも前座に過ぎないと思い知らされるほどの、圧倒的で、涜神的な『真の絶望』の足音であった。

(第6章 第7話 完)


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