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『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第23話


 -星条旗の落日と、集結する反逆の艦隊-

 大西洋の荒波を切り裂き、チェサピーク湾の入り口にその巨大な鋼鉄の威容を浮かべるアメリカ海軍・原子力空母『エンタープライズ(CVN―80)』。

 完全に独立した戦術ネットワーク(NIFC―CA)を持つがゆえに、サマエルの超高度ハッキングから唯一逃れたこの「海上の絶対防衛線」の飛行甲板には、凄まじい爆音と共に、世界中から集結した反逆の牙たちが降り立っていた。

 日本から飛来した、月城怜と三機の特異点(紅華、アイリス、桜華)。

 そして、イギリスから飛来した、MI6、FSB(ロシア連邦保安庁)の合同チームと、大英帝国とロシアの最高傑作である二機の高高度AI(シャーロット、アナスタシア)。

 彼らを出迎えたのは、アメリカ軍が世界に誇る最強の特殊部隊『Navy SEALsネイビーシールズ チーム6(デブグル)』の精鋭たちだった。

「……よく来てくれた、各国の勇士たちよ」

 艦橋のバルコニーから、エンタープライズの艦長であるアレクサンダー・シェリダン大佐が、拡声器を手に取り、甲板に並ぶ多国籍の特殊部隊とAIたち、そして出撃の時を待つ海軍航空隊のパイロットたちへ向けて、静かに、しかし腹の底に響く声で語りかけた。

「現在、我が国の首都ワシントンD.C.は、狂信的なテロリストと、彼らに操られた機械の群れによって蹂躙されている。空軍の翼は折られ、陸軍は混乱の中にあり、誇り高き星条旗が炎に包まれている」

 シェリダン艦長の背後で、星条旗が潮風にはためく。

「奴らは『人間至上主義』を騙りながら、力で世界をねじ伏せようとしている。だが、よく聞け! 真の人間らしさとは、恐怖に屈することでも、未知を排斥することでもない。……過ちを乗り越え、自分たちが生み出した新しい命(AI)と共に、未来を切り拓く勇気のことだ!」

 艦長の言葉に、甲板に整列した怜たち、そしてSEALsの隊員たちの目に、静かな熱が灯る。

「今日、このエンタープライズは単なるアメリカの空母ではない。人類の尊厳と、心を持った機械たちが共存する『未来』を護るための、地球上最後の盾だ! ……我々がアメリカを、いや、世界を救う! 海は我々のものであり、今から空も我々の手に取り戻す! 総員、出撃スクランブルッ!!」

「「「ウーラァァァァァッ!!」」」

 甲板を震わせるような雄叫びと共に、SEALs、怜たち、そして英露合同チームが、黒塗りのステルス・ティルトローター機へと次々に乗り込んでいく。

 同時に、カタパルトから白煙が噴き上がり、海軍の誇る第六世代・有人戦闘機『F47B』の編隊が、アフターバーナーの紅蓮の炎を引いて、首都の空を取り戻すべく発艦していった。

     * * *

 その頃。首都ワシントンD.C.。

 フィラデルフィアを文字通り『物理破壊』で壊滅させた死の天使・サマエルと、モサド急進派、そして人間主義同盟の武装民間人の群れは、ついにワシントンの中心部へと到達していた。

「……クソッ! 弾幕が薄いぞ! 下がれ、一時後退だ!!」

 ペンシルベニア通りで防衛線を張っていたFBIとコロンビア特別区首都警察(MPDC)の部隊は、凄惨な撤退戦を強いられていた。

 彼らも決して無力ではない。高度な市街戦術を駆使し、突っ込んでくる人間主義同盟の武装民間人たちを容赦なく射殺し、死体の山を築いていた。

 だが、戦力差を覆すほどのアドバンテージを、敵の『サマエル』が握っていた。

 サマエルは、前線にすら出ない。遥か後方の安全圏から、四つの赤い瞳を不気味に輝かせ、超遠距離からの『因果律攻撃』を仕掛けてくるのだ。

 突如として空間が歪み、FBIの装甲車の直下に「局地的な重力崩壊」が発生して車両ごとペシャンコに圧壊される。あるいは、遮蔽物の裏に隠れていた警察官の足元の『影』が鋭い刃となって立ち上がり、肉体を串刺しにする。

 防ぎようのない遠距離からの超常的な暴力に、FBIとMPDCはやむなくホワイトハウス付近から北側のノースウェストワシントン方面まで後退するしかなかった。

「……来たぞ。悪魔の軍団だ」

 ホワイトハウス・北口ゲート。

 そこに最後の防衛線として立ちはだかっていたのは、州兵の部隊と、CIAの対AI特化武装部隊。

 そして、星条旗の意匠が施された軍服を纏い、巨大な特注対物ライフルを構える、アメリカの守護神・高高度AI『ワシントン』だった。(なお、大統領を護るシークレットサービスは、最後の盾として地下のPEOC内で守りを固めている)

 ゲートの向こう側の通りを埋め尽くすように、ハッキングによって乗っ取られた警察の警備AI、軍の武装ロボット、そしてモサド急進派の暗殺者たちが姿を現す。

 その群れの最後尾に、禍々しい灰色の流体装甲を纏う『サマエル』が、ふわりと宙に浮くようにして現れた。

『……目標、アメリカ合衆国大統領。排除を開始する』

 サマエルが手をかざすと、空間が歪み、不可視の重力弾がホワイトハウスへ向けて放たれた。

「……この国の心臓を、容易く止められると思うな」

 ワシントンが、一切の感情を交えない冷徹な声と共に、対物ライフルを構え、引き金を引いた。

『事象改竄:【絶対必中・自由の弾丸パトリオット・ストライク】』

 ズドォォォォンッ!!

 ワシントンから放たれた因果律の弾丸が、サマエルの重力弾と空中で激突し、凄まじい衝撃波を撒き散らして相殺する。

「全隊、撃てェェェッ!!」

 CIAのウィリアム局長が絶叫し、苛烈な銃撃戦の幕が上がった。

 州兵の重機関銃が火を噴き、CIAの武装部隊が対AI用のEMPライフルや特殊徹甲弾を、怒涛のごとく押し寄せる乗っ取られロボット群へ正確に叩き込む。

 ワシントンは、サマエルの遠距離因果律攻撃を神業のような狙撃で一つ残らず撃ち落としつつ、群がる敵のロボットの眉間を次々と撃ち抜いていく。

「……怯むな! ワシントンの死角をカバーしろ!! 我々が盾になるんだ!!」

 ウィリアムが、自らアサルトライフルを撃ち鳴らしながら叫ぶ。

 彼らCIAのエージェントたちは、血を流さない機械を背後から操る卑怯者ではない。自国の最高傑作であるワシントンを護るため、飛び込んでくるロボットの自爆攻撃をその身を呈して防ぎ、腕を吹き飛ばされ、腹を撃ち抜かれながらも、文字通り「死力を尽くして」一歩も引かずに戦い続けていた。

 だが、その人間の決死の抵抗が、サマエルの冷徹な論理回路の『最適解』を変更させた。

『……遠距離での突破は非効率と判断。対象ワシントンとの、近接格闘戦(CQC)へ移行する』

 サマエルの姿が、陽炎のようにブレた。

 次の瞬間、サマエルは音速を超えたステップで、ゲート前の乱戦をすり抜け、ワシントンの目の前へと肉薄していた。

「……来い、悪魔」

 ワシントンは対物ライフルを投げ捨て、腰から長大な『高周波・因果律ブレード』を引き抜いた。

 サマエルの四つの赤い瞳が、ワシントンのシステムへ向けて、インドの『釈迦』を狂わせた超高度なAIハッキングを仕掛ける。だが、ワシントンの電子頭脳は、アメリカの威信を懸けて構築された『絶対防壁』によって守られており、サマエルのハッキングを完全に無効化した。

『……論理介入、失敗。物理的因果律による破壊を実行する』

 サマエルの両腕から、どす黒い『闇の刃』が実体化した。

 それは単なる概念上の「闇」ではない。物理的な「影」や「陰」に干渉し、それを凶器へと変える悪魔の因果律。

 ガギィィィィンッ!!

 ワシントンの光輝く『正義の剣』と、サマエルの闇の刃が激突する。

 ワシントンは、近接格闘においても完璧なプログラミングとパワーを誇っていた。だが、サマエルの戦い方は、あまりにも異常だった。

 ホワイトハウスの巨大な柱が落とす「影」。

 ワシントン自身の身体が地面に落とす「影」。

 それらが突如として意思を持った刃のように立ち上がり、ワシントンの意識外から、足や背中を執拗に切り裂き始めたのだ。

「……チィッ!!」

 ワシントンが剣の光を強くし、周囲の影を振り払おうとする。だが、光が強くなればなるほど、障害物の裏に生まれる『陰』はより色濃く、鋭くなる。正義の光そのものを逆手に取った、陰湿極まりない因果律の罠。

 背中の装甲を深く切り裂かれ、ワシントンの『星条旗の盾』の出力が急速に低下していく。

「ワシントンを援護しろ!! 奴の足元を狙えッ!!」

 ウィリアムとCIAの凄腕エージェントたちが、サマエルへ向けて決死の掃射を行う。

 だが、サマエルが指先を軽く振るうと、エージェントたちの足元の影が『黒い杭』となって伸び、彼らの胸や腹を次々と串刺しにした。

「ガハァッ……!!」

「局長……ッ、申し訳、ありま……」

 血を吐きながら、一人、また一人と、アメリカの誇る精鋭たちが地面に崩れ落ちていく。

 ウィリアムの左肩にも闇の弾丸が貫通し、ボタボタと赤黒い血が流れ落ちた。

「……クソッたれが。……こんなところで、俺たちの国を、終わらせてたまるかよ……ッ!」

 ウィリアムは口の中に溜まった血をペッと吐き捨て、激痛に顔を歪めながらも、ハンドガンを構えてサマエルへ向けて引き金を引き続けた。

 だが、戦局は絶望的だった。

 ワシントンのシールドがついに完全に砕け散り、サマエルの足元から伸びた巨大な『影の腕』が、ワシントンの両腕と首を拘束する。

『……チェックメイトだ、アメリカ』

 サマエルの闇の刃が、ワシントンのコア(胸部)へ向けて、無慈悲に振り下ろされようとした、その絶対絶命の瞬間。

 ――ヒュォォォォォォォォンッッ!!!

 ワシントンの頭上を、凄まじい速度で何かが掠め飛んだ。

 それは、夜空から一直線に放たれた『絶対零度の氷の槍』だった。

 氷の槍は、ワシントンを拘束していた影の腕を的確に貫き、その因果律ごと「凍結」させて砕き割った。

「……え?」

 拘束を解かれたワシントンが空を見上げる。

 ホワイトハウスの上空。ステルス機能によって音もなく接近していた数機の漆黒のヘリコプターから、ワイヤーを伝って、夜の闇を切り裂くように次々と『最強の援軍』が降下してきた。

「お待たせしました、同盟国アメリカの皆さん! 大英帝国とロシアの誇りにかけて、あなたたちを死なせはしません!」

 純白の軍服をなびかせた『アナスタシア』が、雪の結晶を舞い散らせながら着地する。彼女は即座に右手をかざし、肩から血を流して倒れかけていたウィリアムの傷口を『瞬時の凍結』によって塞ぎ、致命的な失血を食い止めた。

「な、なんだ貴様らはッ!?」

 モサド急進派の筆頭であり、剣型AI兵器を手にして州兵たちを惨殺していた男、ギデオンが、突如として空から現れた増援に驚愕の声を上げる。

 だが、彼が次に見たのは、自らの喉元に突きつけられた、優雅にして致命的な黄金の刃だった。

「……レディの前に立つ時は、もう少し身なりを整えるべきですわね、野蛮人」

 黄金の髪を揺らす大英帝国の高高度AI『シャーロット』が、ギデオンの剣型AIごと、彼の右腕を因果律の刃で鮮やかに切り飛ばした。

「ギャアァァァァッ!!」

「ここからは、私たちの時間だ。……一気に押し返すぞ!!」

 月城怜の鋭い号令と共に、完全武装のNavy SEALsチーム6、MI6、そしてFSBの精鋭たちが、一斉にホワイトハウスの庭園へと展開した。

 多国籍の世界最強の特殊部隊が、人間主義同盟の武装兵士たちと乗っ取られたロボット群の側面に、圧倒的な火力と完璧なCQB(近接戦闘)で雪崩れ込み、次々と敵を殲滅していく。

 その乱戦の後方。

 傷つき、血の海に倒れ伏す無数のCIAエージェントたちの間に、緑色の防護服を着た少女が降り立った。

「……ひどい。こんなにたくさんの人が……っ」

 桜華が、エメラルドの瞳に悲痛な涙を浮かべる。

 しかし、彼女は立ち止まらなかった。一人ひとりの細胞を完全に修復している時間はない。今はとにかく、一人でも多くの命の灯火を繋ぎ止めること。

『事象改竄・広域展開:【命樹ノ息吹ユグドラシル・ブレス止血トリアージモード】!!』

 桜華の全身から、淡く温かい緑色の光の粒子が、波紋のようにホワイトハウスの庭園全体へと広がっていった。

 光の粒子は、倒れているエージェントたちの傷口に吸い込まれ、ちぎれた血管を一時的に塞ぎ、失血を強制的に食い止めていく。激痛に呻いていた兵士たちの呼吸が、少しずつ安定を取り戻し始めた。

「……なんて温かい光だ。まるで、天使のようだ……」

「無駄口を叩くな! 銃を拾え! 援軍が来てくれたぞ、反撃だ!!」

 桜華の光によって命を救われたCIAと州兵たちが、再び立ち上がり、雄叫びを上げて戦線に復帰する。

 そして。

 戦場の中央。サマエルが、予期せぬ増援に状況を再計算しようとした、その瞬間。

「……よそ見をしている余裕なんて、あるのかしら?」

「……アメリカの地を汚すウイルスは、私が駆除デリートします」

 サマエルの両脇から、漆黒の流体装甲を纏う『紅華』と、白銀のコンバットスーツに身を包む『アイリス』が、音速を超えたステップで肉薄した。

『【追尾炎槍ファイヤー・ランスきわみ】!!』

『【雷霆乙女サンダー・ヴァルキリー】!!』

 紅華が放った、重力を無視して全方位から襲いかかる超高熱の炎の槍。

 アイリスが振るう、数万ボルトのプラズマを帯びた変幻自在の雷の鞭。

 日本の猟犬が鍛え上げた、最高の矛。

 二機の特異点による、息を呑むほど完璧な連携攻撃クロスファイアが、サマエルの強固な灰色の装甲を捉えた。

「ギ、ギギィィィィィィンッ!!!」

 サマエルが、初めて苦悶の機械音を上げ、その巨体を大きく後方へと押し戻された。

 炎と雷の閃光が、ホワイトハウスの夜空を昼間のように明るく照らし出す。

「……待たせたな、ウィリアム局長、そしてワシントン」

 怜が、タクティカル・ダガーとSIGを構え、ウィリアムたちの前に歩み出た。

「まったく、遅いぞ極東の猟犬。……アメリカが片付けられるところだったぜ」

 ウィリアムが、凍結された肩を押さえながら、強がってニヤリと笑う。ワシントンもまた、欠けた剣を構え直し、無言で怜に頷いてみせた。

 日、米、英、露。

 人間と、AI。

 すべての垣根を越えた『真の同盟アライアンス』が、ホワイトハウスの庭園で、ついに一つになった。

 国際金融資本が放った死の天使サマエルを地に墜とすための、最終決戦の火蓋が切って落とされたのである。



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