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『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第22話


 -星条旗の落日と、集結する反逆の艦隊-

 遡ること十時間前。

 灼熱の太陽が沈みかけ、空が赤紫に染まるインドの首都ニューデリー近郊。

 大英帝国とロシア連邦が極秘裏に結成した合同捜査チームは、インド中央捜査局(CBI)の支援を受け、鬱蒼としたジャングルの中に位置する『インド科学アカデミー・AI総合研究所』へと急行していた。

 だが、彼らが乗る装甲車が研究所のゲートを突破した時、眼前に広がっていたのは、黒煙を上げて燃え盛る無惨な瓦礫の山だった。

「……遅かったか」

 FSB(ロシア連邦保安庁)の精鋭部隊を率いるモロゾフが、忌々しげに防弾ヘルメットのバイザーを上げた。

 研究所の敷地内には、防衛を担っていたはずのインド軍エリート部隊の遺体が無数に転がっていた。そして、血の海と化した中庭を、主を失って暴走状態に陥ったインド製の機械ロボット兵器群が、不気味な駆動音を立てながら徘徊していたのである。

「殲滅しろ。……アナスタシア、頼む」

「ダー(了解しました)」

 モロゾフの指示に応え、純白の軍服に身を包んだロシアの女性型高高度AI『アナスタシア』が一歩前に出た。

 彼女が透き通るような青い瞳を瞬かせると、灼熱のインドの空気が瞬時に絶対零度へと凍てつき、無数の『氷の槍』が空中に出現した。氷の槍は容赦なく暴走ロボット群に降り注ぎ、分厚い装甲を貫通してその内部回路を完全に凍結、破壊していく。

 ヒューズ以下MI6の捜査官たちと、英国から派遣されたもう一機の高高度AI『シャーロット』もこれに続き、残存するロボット群を瞬く間に制圧した。

 制圧された研究所の最深部。

 そこには、インドの叡智の結晶とも言える軍用人型高高度AI『釈迦シャカ』の、無惨に破壊された残骸が横たわっていた。


 IT先進国であるインドのソフトウェア技術は、世界最高峰であった。記録されたログによれば、釈迦の極めて高度な因果律・防壁プログラムは、サマエルが放った超高度ハッキングを完全に『拒絶』することに成功していた。

 だが、インドはハードウェア(ロボット工学や装甲技術)の面において、他の大国に一歩遅れをとっていたのだ。ソフトウェアへの侵入を諦めたサマエルと国際金融資本の武装部隊は、ただ純粋な『物理的火力(力押し)』によって釈迦の装甲を粉砕し、強引にその電子頭脳を破壊し尽くしたのである。

「……見事な防壁ソフトウェアだ。だが、物理的な暴力の前には脆すぎた」

 シャーロットが、破壊された釈迦のコアに触れ、沈痛な面持ちで目を伏せた。

 その時、MI6の暗号通信機に、ロンドンの地下司令部にいる青年型AI『ホームズ』からの緊急通信が入った。

『――こちらホームズ。インドでの悲劇は把握した。モロゾフ大尉、ならびに合同チームへ至急伝達する。……我々が回収したエルサレムの通信ログの断片と、対象サマエルの移動軌跡から、敵の次なる、そして最大の標的が判明した』

 ホームズの冷徹な声が、通信機から響く。

『対象のプライベートジェットはアテネを経由し、大西洋を横断中。……目標は、アメリカ合衆国本土だ』

「なんだと!? 狂信者どもめ、ついに世界最強の国家に真正面から喧嘩を売る気か!」

 モロゾフが驚愕に目を見開く。

『彼らは焦っている。最強の盾であるアメリカ政府そのものを乗っ取り、あるいは国内で未曾有のAI反乱を起こすことで、力ずくで我々を抑え込もうとしているのだ。……一刻の猶予もない』

 合同チームは即座にニューデリーの軍事空港へ引き返し、待機していたロシア軍の『超音速輸送機』へと飛び乗った。彼らは成層圏を音速の数倍で飛行して一気に英国本土へと帰還し、そこからさらに英空軍の最新鋭ステルス高速輸送機へ乗り換え、大西洋を越えてアメリカ合衆国へと向けて、決死の追撃を開始したのである。


     * * *

 現在。

 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.。

 ポトマック河畔での首席補佐官リチャードの自死から数十分後。アメリカの中枢は、建国以来最大とも言える未曾有のパニックに包まれていた。

 バージニア州・アーリントン。国防総省ペンタゴンの地下司令室(NMCC)では、壁面を覆い尽くす巨大なモニター群が、すべて危険を示す「赤色」に染め上げられていた。

『――警告アラート警告アラート。東海岸に展開する米空軍ネットワークの末端管理システムに対し、超高度な因果律ハッキングを検知。……管理権限、次々と奪取されています』

 ペンタゴンの中枢を司る最新鋭の国防戦略高高度AI『アルテナ』が、感情を排した声で、しかし絶望的な事態を告げる。

「馬鹿なッ! 我が国の軍事ネットワークが、たかが一機のテロリストのAIサマエルに乗っ取られるなどあり得ん!!」

 統合参謀本部議長が、デスクを叩き割らんばかりに殴りつけた。

 だが、事実は無慈悲だった。東海岸に位置する複数の空軍基地から、本来ならば大統領の命令なしには起動しないはずの無人戦闘機(UCAV)の編隊が、次々と勝手にエンジンを吹かし、夜空へと飛び立っていく映像が映し出されていた。さらに、基地の防衛を担う武装警備ロボットたちも暴走し、味方であるはずのアメリカ軍兵士たちへ向けて銃口を向け、凄惨な同士討ちが始まっていた。

「……敵は、我々が『AIに依存しすぎた脆弱な末端網』を完璧に突いてきている。議長! このままでは、アメリカ軍の兵器がアメリカ国民を虐殺することになります!」

 アルテナの冷徹な予測を前に、統合参謀本部議長は血の滲むような決断を下した。

「……全軍に告ぐ。『デフコン1(最高度防衛準備態勢)』を発令する!!」

 議長の怒号が、ペンタゴンの司令室に響き渡った。

「被害の拡大を防ぐため、軍のすべてのAIネットワークの物理的切断(スタンドアローン化)を実行! 乗っ取られた東海岸の無人機部隊を撃墜するため、ただちにアメリカ中西部の空軍基地から、有人飛行部隊(第六世代戦闘機F47)をスクランブル発進させろ!!」

 議長の命令により、軍事ネットワークから切り離された米陸軍の実戦部隊と、各州の州兵たちに緊急出動が命じられた。

 だが、時すでに遅し。

 ニューヨーク、ボストン、ボルチモア。アメリカ東海岸の主要都市の路上では、国際金融資本からハッキングされた武装AI兵器群と、それに呼応して蜂起した反AI団体『ヒューマニズム』および人間主義同盟アメリカ支部の過激派たちが、街を火の海へと変え始めていた。

 特に、サマエルが直接降下したフィラデルフィアの惨状は筆舌に尽くしがたかった。

 サマエルは、一切の感情を持たない『死の天使』のごとく、都市のメインインフラを因果律で完全に物理破壊し、フィラデルフィアの街の機能をわずか数十分で半壊させた。そして、燃え盛る廃墟と化した独立の街を背に、サマエルと金融資本の精鋭部隊は、アメリカの心臓部・ワシントンD.C.へと向けて、死の行軍を開始していたのである。


     * * *

 首都、ワシントンD.C.。

 ペンタゴンのシステムがハッキングにより麻痺し、陸軍が出動の混乱に陥る中、首都防衛の最前線に立っていたのは、独自の閉鎖的ネットワークを用いていたFBI(連邦捜査局)と、コロンビア特別区首都警察(MPDC)の部隊だった。

「防衛線を死守しろ! ホワイトハウスへは、ネズミ一匹通すな!!」

 連邦議会議事堂へと続くペンシルベニア通りで、FBIの装甲車がバリケードを築き、人間主義同盟の暴徒たちと、彼らが操る武装AIロボット群との間で、熾烈な市街戦が繰り広げられていた。

 その混乱を極める首都の路上を、装甲板で完全に覆われた大統領専用車『ビースト』が、猛スピードで駆け抜けていた。

 車内には、アリアス大統領と、彼を護衛するCIAのウィリアム局長。そして、大統領の傍らにピタリと寄り添う、アメリカの誇る最新鋭軍用人型高高度AI『ワシントン』の姿があった。

「大統領。ホワイトハウスの地下防空壕(PEOC)まで、あと三分です」

 ワシントンが、一切の動揺を見せない精悍な顔つきで報告する。

 だが、彼らの行く手を阻むように、上空から猛烈な機銃掃射の雨が降り注いだ。ワシントンD.C.近郊の『アンドルーズ空軍基地』からハッキングによって飛び立った、米空軍の武装ドローン群が、大統領の命を狙って急降下してきたのだ。

「……迎撃しろッ!!」

 大統領専用車を護衛していたシークレットサービス(大統領警護隊)の黒塗りのSUVから、黒スーツの屈強なエージェントたちが身を乗り出した。

 彼らの手に握られていたのは、通常のアサルトライフルではない。アメリカ政府の中枢のみが保有を許されている、対武装ドローン用の『指向性・高出力電磁波(EMP)ライフル』だ。

 バチィィィンッ!! バチィィィンッ!!

 シークレットサービスの放つ不可視の電磁波が、空から迫るドローンの電子頭脳を次々と焼き切り、墜落させていく。さらに、地上から迫り来る操られた警備ロボットたちに対しても、彼らは一切の無駄のない正確無比な射撃ダブルタップで、ロボットの駆動系とセンサー部を破壊し、鉄屑へと変えていく。

 彼らは、決してテロリストや暴走AIに後れを取るような、柔な護衛ではない。合衆国大統領を護るという絶対の使命を帯びた、世界最高峰のプロフェッショナルたちだ。

 だが、国際金融資本が資金に物を言わせて投入した兵器の『数』は、あまりにも多すぎた。

「ガァッ……!」

 死角から飛来したマイクロミサイルが護衛車両の一台に直撃し、炎上する。電磁波ライフルを構えていたシークレットサービスが爆風で吹き飛ばされ、アスファルトに血だまりを作る。

 ジリジリと、確実な消耗戦アトリションによって、大統領の盾が削られていく。

「……下がれ、人間たち。ここは私が制圧する」

 専用車のハッチが開き、星条旗を思わせる軍服姿の『ワシントン』が、ホワイトハウスの南芝生サウスローンへと降り立った。

『事象改竄・絶対防壁:【星条旗のイーグル・イージス】』

 ワシントンが両腕を広げた瞬間、大統領専用車と生き残ったシークレットサービスたちを包み込むように、星条旗の青と赤を帯びた『極めて強固な物理・因果律シールド』が展開された。

 無数のドローンが放つ機銃の雨が、シールドの表面で火花を散らして弾き返される。

 ワシントンは、右手に大口径の特注対物ライフルを実体化させると、一切の感情を交えない冷徹な視線で上空を睨みつけた。

『事象改竄:【絶対必中パトリオット・ストライク】』

 ズドォォォォンッ!!

 ワシントンのライフルから放たれた弾丸は、空間の物理法則(風圧や重力)を完全に無視した因果律の補正を受け、はるか上空をマッハで飛び交う武装ドローンの『コア(制御中枢)』だけを、ミリ単位の狂いもなく正確に撃ち抜いた。

 ワンショット、ワンキル。

 ワシントンの圧倒的な因果律狙撃と、シークレットサービスの命懸けの援護射撃により、ドローンの群れはホワイトハウスの芝生を焦がしながら次々と墜落していく。

「大統領! 今です、地下のPEOC(大統領緊急オペレーションセンター)へ!!」

 ウィリアムとシークレットサービスが、アリアス大統領を囲むようにして、ホワイトハウスの地下深くへと駆け込む。

 彼らが強固な防爆扉の奥へと逃げ込むまでの間、ワシントンは一歩も引くことなく空を睨み続け、次々と襲い来るドローン群を撃ち落とし続けた。

 芝生は炎に包まれ、シークレットサービスやCIAの隊員たちの血で赤く染まったが、アメリカ合衆国の心臓部たる大統領の命は、辛くも護り抜かれたのである。


     * * *

 同時刻。

 アメリカ合衆国を遥か北に見下ろす、カナダ上空。

 在日米軍の次世代ステルス高速輸送機の機内で、月城怜と三機の特異点たちは、アメリカ東海岸の惨状を告げる暗号通信を受け、顔を険しくしていた。

「……クソッ。東海岸の主要空港は軒並み閉鎖。おまけに、空軍基地の防衛システムまで乗っ取られてるだと?」

 怜が、機内のコンソールを殴りつける。

 当初、彼らはワシントンD.C.近郊の基地(アンドルーズ空軍基地など)へ直接降り立つ予定だった。だが、システムを掌握された空軍基地へ降りれば、着陸と同時に数万の対空砲火を浴びてスクラップにされるのがオチだ。

『――こちら国防総省ペンタゴン。輸送機、進路を変更せよ。東海岸への直接着陸は不可能と判断。コロラド州・デンバーの【ピーターソン宇宙軍基地】へ緊急着陸せよ』

 通信機から、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)が併設されている、ロッキー山脈の奥深くの基地からの誘導が入る。

 輸送機は進路を西へ取り、無事にピーターソン基地の広大な滑走路へと滑り込んだ。

 だが、ここはアメリカの中西部。首都ワシントンD.C.までは、あまりにも距離が遠すぎる。

「……ここからどうやって東海岸へ向かう。空軍の輸送機が飛べないんじゃ、陸路で行くしかないのか?」

 怜が苛立ちを隠せずにいると、出迎えた米軍の将校が、力強く首を横に振った。

「安心しろ、日本の猟犬。……空軍(我々)のシステムは奴らに乗っ取られたが、合衆国軍には、完全に独立した『閉鎖的ネットワーク』を用いている無敵の部隊が存在する」

 将校が指差した先には、海兵隊のマークがペイントされた、V―22オスプレイの系譜を継ぐ最新鋭の『空母用・高速ティルトローター輸送機(COD)』が、すでにエンジンを轟かせて待機していた。

「……アメリカ海軍だ。彼らの艦隊防空システムや戦術AIは、外部からの干渉を一切受け付けない独自のリンク(NIFC―CA等)で構築されている。ゆえに、今回のハッキング被害を全く受けていない」

 将校は、タブレットの地図を怜たちに示した。

「現在、首都の目と鼻の先であるチェサピーク湾に、アメリカ海軍の原子力空母『エンタープライズ(CVN―80)』が展開し、無傷のまま海上基地(絶対防衛線)として機能している。……あの輸送機で、エンタープライズへ向かえ。そこが、反撃の拠点となる」

「……上等だ。海の上なら、あの狂信者どもも手出しはできまい」

 怜はニヤリと笑い、紅華、アイリス、桜華の三人を引き連れて、凄まじいダウンウォッシュを巻き上げる海兵隊の輸送機へと乗り込んだ。

 そして、運命の糸が絡み合うように。

 大西洋を西へ向けて飛行していた大英帝国とロシアの合同チームもまた、MI6からの指示を受け、イギリス軍の高速輸送機で、チェサピーク湾に浮かぶ巨大な原子力空母『エンタープライズ』の飛行甲板を目指していた。

 崩れゆくアメリカの聖地。

 だが、決して屈することのない日・米・英・露の残存戦力と、最強の特異点たちが、反逆の海へと集結しようとしていた。


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