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『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第21話


 -星条旗の粛清と、飛来する死天使-

 欧州での世論の逆転。そして、極東・日本における暗殺部隊の全滅。

 世界を裏から支配してきた『国際金融資本』とイスラエル急進派の円卓に、かつてないほどの濃密な「死の気配」と焦燥が立ち込めていた。

『――ロシアを襲撃した特殊任務チームは、陸路でインドのAI研究機関を壊滅させた後、予定通りプライベートジェットでアテネを経由。現在、アメリカ・ニューヨークへ向けて飛行中だ』

 円卓のフィクサーたちが、血走った目でホログラムの航路を見つめる。

 彼らは追い詰められていた。欧州イギリスやロシア、日本でこれ以上事を構えるのは、すでに彼らの実行部隊のリソースを超えつつあった。

 だからこそ、彼らは「最後の大博打」に出た。2060年現在においても、経済・軍事の両面で世界最強の国家であるアメリカ合衆国。そのアメリカ政府の『公式なバックアップ』さえ得られれば、もはや泥臭いテロリズムに頼る必要などなくなるからだ。

『アメリカ国内の反AI団体「ヒューマニズム」と、人間主義同盟アメリカ支部への資金供給を最大化しろ。……ワシントンD.C.を火の海にする必要はない。我々の真の狙いは、米国民の「恐怖」を煽ることだ』

『左様。アメリカ軍が保有する最新の武装AI群にハッキングを仕掛け、彼ら自身の手で「反乱」を起こさせる。……自国の軍事AIが牙を剥けば、米国民は嫌でも悟るだろう。AIは人類の敵であり、排除すべき悪魔であると。世論が沸騰すれば、いかにアリアス大統領といえど、我々の「反AI・人間至上主義」のパラダイムに屈せざるを得なくなる』

 自分たちの息がかかった高高度AI『サマエル』を使い、米軍のAIを狂わせる。

 それが、国際金融資本が描いた、アメリカ合衆国を内部から乗っ取るための最悪のシナリオであった。

     * * *

 だが、アメリカ合衆国のインテリジェンス(諜報機関)は、決して無能ではない。

 バージニア州ラングレー、CIA(中央情報局)本部。

「……スクリーニング完了。対象の捜査官三百名のうち、十二名のオフショア口座への不審な資金流入、および暗号化通信のログを特定しました。彼らは『黒』です」

 地下の極秘サーバー室。

 星条旗をモチーフにした精悍な軍服に身を包み、鷲のように鋭い眼光を持つ青年型AI――アメリカが極秘裏にロールアウトさせた新たな軍用人型高高度AI『ワシントン』が、冷徹な声で報告を上げた。

「ご苦労だったな、ワシントン」

 CIA長官のカーターと、極東局長のウィリアムが、ホログラムモニターに映し出された「裏切りモグラ」のリストを忌々しげに見つめる。

 彼らは、CIAが誇る国民監視用の高高度スーパーコンピュータ『アダム』の膨大なデータリンクと、ワシントンの卓越した『因果律・情報解析能力』を直結させ、局内に潜む国際金融資本のシンパを完全に洗い出したのだ。

「これで、我々の対テロ対策チームは完全に『浄化クリーン』された。……FBIの公安チームもすでに動いている。国内の主要空港、特に東海岸は完全な厳戒態勢だ」

「大統領の首席補佐官の足取りも、完全に掴んでいます。……いつでも、首根っこを押さえられます」

 ウィリアムの言葉に、カーター長官は重々しく頷いた。

 さらに、彼らは最大の「矛」をアメリカ本土へ呼び寄せる決断を下していた。

国防総省ペンタゴン経由で、日本の『御前会議』へ正式な要請を出した。……極東の島国で、エルサレムの暗殺部隊を尽く退けた、世界最強の『猟犬』と三機の特異点たち。彼らを、超法規的措置としてアメリカ本土の防衛に派遣してもらう」

「日本側は、承諾するでしょうか。彼らとて、国内の防衛戦力(最高傑作)を手放すのは惜しいはずですが」

 ウィリアムの懸念に対し、カーターはニヤリと笑った。

「極東の島国を舐めるなよ、ウィリアム。彼らはすでに、次なる『剣』を鍛え上げている。……だからこそ、日米同盟の堅持を大義名分として、特異点たちを快く送り出してくれたのだ」


     * * *

 同時刻。日本、東京・市ヶ谷の防衛省地下大深度バンカー。

 月城怜、紅華、アイリス、桜華の四人は、彼らを見送るために並んだ時田正宗や、陸上自衛隊・特殊作戦群(SFG)の真田隊長たちと向かい合っていた。

「……俺たちがアメリカに行っている間、日本の留守は大丈夫なんですか、課長」

 怜の問いに、時田は顎をしゃくり、バンカーの奥に立つ『二つの影』を指し示した。

「心配無用だ。……紹介しよう。純国産の二体目となる高高度人型AI『経津主神フツヌシノカミ』。そして、彼が振るう特化型・剣型武装AI兵器『布都御魂フツノミタマ』だ」

 そこに立っていたのは、漆黒の近代的なタクティカルアーマーの上に、日本古来の甲冑の意匠を組み込んだ、筋骨隆々たる武士のような男性型AIだった。その手には、妖しい紫色の因果律の光を帯びた、長大な日本刀(布都御魂)が握られている。

「彼らは、桜華の防衛理論と、紅華・アイリスの実戦データを元に、陸上自衛隊・特殊作戦群との完全な『共同作戦』を前提として設計された、一点モノの護国の鬼だ。……お前たちが国際色豊かな『最強の矛』なら、彼らは日本本土を死守する『絶対の盾』といったところだな」

「……頼もしい後輩ができたもんですね」

 怜が感心したように口笛を吹く。

 紅華たち三人のAIも、フツヌシノカミと視線を交わし、互いの電子頭脳コアの奥で、確かな共鳴と信頼のプロトコルを交わした。

「行け、猟犬。アメリカ本土で燻るテロの火種を、お前たちの手で完全に踏み潰してこい」

「了解しました。……行くぞ、お前たち」

 怜の号令と共に、三機の特異点たちが力強く頷く。

 彼らは、横田基地で待機していた在日米軍の次世代ステルス高速輸送機に乗り込み、決戦の地・アメリカ本土へと向けて、太平洋の空へと飛び立った。

     * * *

 だが、死の足音は、猟犬たちよりも一足早くアメリカの大地を踏み締めていた。

 ニュージャージー州、ニューアーク・リバティー国際空港。FBIの厳戒態勢の網の目を、金融資本の莫大な賄賂とダミーコードでハッキングし、一機の所属不明のプライベートジェットが滑走路に降り立った。

 タラップが下りる。

 深夜の冷たい風の中、降り立ってきたのは、国際金融資本の精鋭武装チーム。

 そしてその中央を歩くのは、全身を『禍々しい灰色の流体装甲』で覆い、四つの不気味な赤い瞳を持つ、異形の高高度人型武装AI――『サマエル』。

 感情も創造性も持たない代わりに、ただひたすらに「同族(AI)をハッキングし、破壊すること」だけに特化して設計された、死の天使。ロシアの『ヴィスナー』をスクラップにし、インドのAI研究機関を血の海に沈めた、正真正銘の化け物である。

『……目標、アメリカ合衆国。インフラネットワークへの潜入ダイブを開始する』

 サマエルの四つの瞳が、ワシントンD.C.の方角を見据え、悍ましいノイズの波長を放ち始めた。

 同時に、ワシントンD.C.の市街地では、反AI団体『ヒューマニズム』と人間主義同盟のアメリカ支部が、不気味な松明を掲げ、暴動の準備を静かに進めていた。

 星条旗の足元で、最悪の火薬庫が爆発の時を待っていた。

     * * *

 運命が交錯する中。

 ワシントンD.C.郊外、ポトマック河畔の高級住宅街。

 深夜の静寂を破り、数台の黒塗りのSUVが、ある豪邸を取り囲んだ。

 アサルトライフルを構えたCIAの特殊部隊がドアを蹴り破り、邸内へと突入する。

 だが、彼らがリビングで見つけたのは、逃げ惑うことも、武器を取ることもせず、ただ静かに革張りのソファに腰掛け、高級なバーボンをグラスで揺らす初老の男の姿だった。

 アメリカ合衆国大統領首席補佐官、リチャード・スターリング。

 彼こそが、大統領の目と耳を塞ぎ、エルサレムの国際金融資本にアメリカの最高機密を売り渡していた『大物モグラ』である。

「……遅かったな、ウィリアム局長。もう少し早く来るかと思っていたが」

 リチャードは、突きつけられた銃口の群れを前にしても、微塵も動揺することなく、薄く笑った。

 特殊部隊が道を開け、その後ろから、苦渋に満ちた顔のウィリアム局長と、そして、怒りに肩を震わせるアリアス大統領本人が姿を現した。

「リチャード……! なぜだ。共にアメリカの復興を誓い合ったお前が、なぜ我が国を売った!!」

 アリアス大統領の怒号がリビングに響く。

 だが、リチャードはグラスのバーボンを一口啜ると、憐れむような目で大統領を見つめ返した。

「……売った? 違いますよ、ミスター・プレジデント。私は、この狂った国を『再生』させたかっただけだ」

「再生だと?」

「ええ。人としての本質に逆らい、すべてを冷たい機械(AI)に委ねる……。そんなものでアメリカの威信が保てると本気で思っているなら、あなたも、この国も、完全に堕ちたものだ。……人間は、人間の力で汗を流し、血を流してこそ、世界の頂点に立つ資格がある。AIの力で再生するなど、人間の無限の可能性と魂を、ひどく見くびっている!」

 リチャードの瞳の奥に宿る、決して揺るがない狂気。

 彼は、金で買われたスパイなどではなかった。心の底からAIを憎み、人間の優位性を信じて疑わない『真の人間至上主義者』だったのだ。

「……それで、エルサレムの金庫番テロリストどもに尻尾を振ったというのか。あの新宿やロンドンでの大虐殺を、正当化するつもりか!」

 ウィリアムが銃口を突きつけながら激昂する。

 しかし、リチャードは喉の奥で、ククク……と乾いた笑い声を漏らした。

「彼ら(エルサレム)もまた、滑稽な連中ですよ。AIを憎みながら、AIという力に取り憑かれ、それに依存している。……いずれ、彼らにも『人間』の怒りによる裁きが下るでしょう」

 リチャードは、グラスをテーブルにコトリと置いた。

「私は、エルサレムに協力した。……すべては、機械に魂を売ったこの国を憂い、人間の手にアメリカを取り戻すため。だが、私が彼らを引き入れたことで、結果的にアメリカ本土を、最悪の危険に晒してしまったことは事実です」

 リチャードの口元から、タラリ……と一筋の血が流れ落ちた。

 彼があらかじめ奥歯に仕込んでいた、猛毒のシアン化合物のカプセルを噛み砕いたのだ。

「なっ……! 吐き出せ、リチャード!!」

「……私の、罪は……私の命で、償い、ます……。だが……ミスター・プレジデント……」

 リチャードは、泡を吹き、痙攣しながらも、血走った目でアリアス大統領とウィリアムを睨みつけた。

「貴様、何に協力した! エルサレムの連中を、どこへ引き入れたッ!!」

 ウィリアムがリチャードの胸倉を掴み、絶叫する。

 リチャードは、焦点の合わなくなった瞳で虚空を見つめ、最期の息を振り絞って、呪いのような言葉を吐き出した。

「……私は……アメリカに……『真の災厄サマエル』を……呼び寄せて、しまった……」

 ガクッ、と。

 リチャード・スターリングの首が折れ、完全に事切れた。

 大統領の側近であり、狂信的な人間至上主義者の、あまりにもあっけない、しかしアメリカに消えない絶望の影を落とす最期。

「……真の災厄だと?」

 ウィリアムが、血に塗れたリチャードの死体を離し、青ざめた顔で呟く。

 直後。

 ウィリアムの胸ポケットの通信機から、CIAのAI『ワシントン』の、緊迫した警報音が鳴り響いた。

『――緊急事態エマージェンシー!! ウィリアム局長! アメリカ東海岸の軍事ネットワーク中枢に対し、未知の超高度因果律ハッキングを検知!! ……防衛網、突破されます! 第2、第3空軍基地の無人戦闘機(UCAV)群のコントロールが……何者かに奪取されましたッ!!』

「……なんだと!?」

 アリアス大統領とウィリアムが、絶望に目を見開く。

 リチャードが引き入れた『死の天使サマエル』は、すでにアメリカの心臓部に、その凶悪なハッキングの牙を突き立てていたのだ。

 空を覆う星条旗の翼が、今、アメリカ国民へ向けてその銃口を反転させようとしていた。

 極東から飛来する日本の猟犬たちは、果たしてこの「真の災厄」に間に合うのか。

 史上最大のアメリカ本土防衛戦が、いよいよその狂気の幕を開けようとしていた。


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