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『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第16話
-ノイズの自爆と、血染めの盾-
異形の因果律兵器『狼人』の右半身が、アイリスの雷剣によって深く切り裂かれた直後。
狼人の赤い単眼が、異様なほど激しく明滅を始めた。
「……不味い! 発動させるなッ!!」
血を吐きながら立ち上がった月城怜が、絶叫した。
狼人の狙いは、起死回生の魔法ではない。自らの体内炉心を暴走させ、周囲のすべてを道連れにする『物理的な自爆シークエンス』だった。
アイリスと桜華が飛び技を放つが、狼人は驚異的な身体能力でそれを躱す。
その瞬間。狼人は、自爆の起爆剤として、残された全エネルギーを『超極大の音響ジャミング』へと変換し、新宿の空間に解き放った。
――ピィィィィィィィィンッッ!!!
鼓膜を破壊するほどの物理的な爆音と、因果律を根底から書き換える『最悪のノイズ』が、音速で広場を薙ぎ払った。
魔法を発動させようと、因果律の数式を脳内で極限まで組み上げていた紅華に、そのノイズが直撃した。
「ア、ァァァァァァッ!!?」
紅華の電子頭脳の中で、精密なガラス細工のように組み上げられていた数式が、ノイズによって無残に粉砕される。
それは、ただ魔法がキャンセルされただけではない。演算中の強制終了による強烈なフィードバックが、彼女の疑似脳神経をショートさせ、一時的な『脳の損傷』を引き起こしたのだ。
――だめ。倒れちゃ、だめ……ッ!
崩れ落ちそうになる視界の中で、紅華は必死に自身のシステムを叩き起こそうとした。
狼人が自爆の光に包まれていくのが見える。無数の瓦礫と衝撃波が、音速で迫ってくる。
――私が、怜を護らなきゃ。また彼に痛い思いをさせるなんて、絶対に嫌。ただ護られるだけの、足手纏いになんてなりたくないッ!
紅華の心(愛)が、限界を超えた命令を身体に出し続ける。だが、システムを破壊された生体パーツは完全に硬直しており、彼女はついに、瓦礫の嵐が迫るアスファルトの上へ、糸が切れたように倒れ伏してしまった。
迫り来る、死の爆風と無数の鉄片。
それを前にして、この場で誰よりも早く動いたのは、ジャミングの影響を受けない唯一の「人間」――月城怜だった。
怜は、ずっと歯痒かった。
紅華、アイリス、桜華。三人の美しき特異点たちが、神々のような力で空を駆け、魔法を放つ姿を見るたび、自分の『生身の人間としての脆弱さ』を痛感させられていたからだ。
どんなにCQCを極めようと、銃の腕を磨こうと、因果律の戦場においては、自分は彼女たちの足元にも及ばない。彼女たちが傷つく姿を、ただ後方から見ていることしかできない。
――ふざけるな。
怜は、アスファルトを蹴り飛ばして走った。
AIだろうが、人間だろうが関係ない。俺はただ、愛する女のために戦う男だ。自分が愛した女を護るためなら、神の戦場だろうが地獄の底だろうが、このちっぽけな命を投げ出してやる。
それが、月城怜という男の、普遍の真理だった。
「紅華ァァァッ!!」
怜は、狼人の攻撃で破壊され、床に転がっていた旧式敵AIの『分厚い防刃シールド』を強引に拾い上げると、倒れ伏す紅華の身体に覆い被さるようにして、その重い盾を構えた。
直後。
狼人の自爆による、凄まじい衝撃波と、ナイフのような瓦礫のスコールが、怜の背中を無慈悲に打ち据えた。
ガガガガガッ!!!
ズドォォォォォンッ!!!
爆発の閃光が、すべてを白く塗り潰す。
「……コマンダーッ!!」
後方では、狼人から少し距離があったアイリスが、ジャミングによる猛烈な乗り物酔いのような吐き気と頭痛に耐えながら、フラフラになっていた桜華の身体を抱き抱え、太いコンクリート柱の陰へと飛び込んでいた。
アイリスもまた、顔面を蒼白にしながら、必死で光の膜を展開しようとする。だが、エラーを起こした脳では出力が足りない。
「……こっちだ、アイリス!!」
その時、太い腕がアイリスと桜華を引き寄せ、分厚い防弾盾の後ろへと匿った。
真田と、残存の敵ロボットを掃討して戻ってきた部隊員たちだった。真田たちは重い盾を幾重にも重ね、必死で二人の少女を自爆の余波から守り抜いた。
やがて、鼓膜を破るような爆音が鳴り止み、もうもうと立ち込めていた土煙が、冷たい夜風に流されていく。
「……月城! 大丈夫か!!」
真田が盾を放り捨て、土煙の中へと駆け出す。
アイリスも、頭痛でフラフラの桜華の手を引きながら、必死で瓦礫の山へと走った。
土煙が晴れた広場の中央。
そこには、原型を留めないほどひしゃげた防刃シールドと、その下で紅華を抱きしめたまま倒れ伏す、月城怜の姿があった。
「……れ、い……?」
脳の損傷から意識を取り戻した紅華が、ゆっくりと目を開けた。
彼女の身体には、瓦礫による傷は一つもなかった。怜が、その背中で完全に爆風を遮っていたからだ。
だが、彼女を抱きしめている怜の身体は、凄惨の一言だった。
盾を貫通した鋭利な瓦礫の破片が、怜の右足と、左脇腹に深々と突き刺さっている。さらに、爆発の熱線を浴びた背中と腕は、酷い火傷で焼け焦げ、赤黒い血が、紅華の白い頬にポタポタと滴り落ちていた。
「ああ……あ、あああァァァッ!!!」
紅華が、発狂したような絶叫を上げた。
まただ。また自分のせいで、自分が弱かったせいで、一番愛する人がこんなにも傷ついてしまった。足手纏いになりたくないという彼女の切実な願いは、最も残酷な形で打ち砕かれ、怜の命を奪おうとしていた。
「死なないで……! お願い、怜、死なないでッ!!」
桜華が、自身の脳神経が焼き切れるような痛みを完全に無視し、怜の血まみれの身体にすがりついて泣き叫んだ。
エメラルドの瞳から大粒の涙をこぼしながら、彼女は両手を怜の傷口にかざし、自身のシステムリソースを『120%』までオーバーライドさせる。
『事象改竄・神格:【命樹ノ息吹】ッ!!』
桜華の両手から、これまでにないほど眩く、生命力に満ちた濃緑の光が溢れ出した。
表面の火傷や浅い切り傷は、みるみるうちに皮膚が再生し、塞がっていく。だが、深々と突き刺さった瓦礫が引き起こした『内臓の損傷』と『大量出血』は、因果律の書き換えをもってしても、容易に治癒できる次元を超えていた。
「血が……止まらない……! どうして、私の魔法なのに……ッ!」
「……コマンダー。死ぬな。私を遺して、お前まで死ぬなッ!!」
アイリスが、自身の白銀の髪を振り乱しながら、怜の胸ぐらを掴んだ。
米軍の兵器として開発された彼女の魔法は『対象を破壊すること』に特化しており、桜華のような回復の因果律は編めない。だが、アイリスは泣きながら、自身の指先から微弱な『青き雷霆』を発生させ、AED(自動体外式除細動器)のように怜の心筋に直接ショックを与え、低下していく彼の心拍を無理やり繋ぎ止めていた。
「真田さん! ヘリを! 早くヘリを呼んでッ!!」
紅華が、血の涙を流さんばかりの形相で真田に縋り付いた。
真田雪成は、すでに通信機を握りしめ、本部へ向けて怒号を飛ばしていた。
「こちら真田! 対象の沈黙を確認! 月城が瀕死だ、大至急医療チームとヘリを回せ! 輸血パックをありったけ積んでこい、血液型はOだ! 1分1秒を争うぞ!!」
真田の顔も蒼白だった。彼にとっても、怜は背中を預け合った大切な戦友なのだ。
紅華もまた、自身の『赫焉ノ炎剣』の熱を極限まで精密にコントロールし、怜の傷口周辺の血管を熱で焼き固め、少しでも出血を遅らせようと必死の止血を試みていた。
「……泣くな、よ。お前……たち、が、無事なら……それで……」
怜が、血の泡を吹きながら、微かに目を開けて笑った。
その不器用で、どうしようもなく優しい笑顔が、紅華の心をさらに強く締め付ける。
「喋らないで! お願いだから、もう……ッ」
やがて、新宿の夜空に、陸上自衛隊の医療用ヘリコプターのプロペラ音が轟き、真田たちが確保した安全地帯へと緊急着陸した。
医療チームが飛び出し、ストレッチャーに怜を乗せる。桜華と紅華は、血まみれの手を握りしめたまま、泣きながらヘリへと乗り込んだ。
「……私は、残るわ」
アイリスが、ヘリのハッチの外で立ち止まった。
彼女のアイスブルーの瞳には、かつてないほど冷酷で、静かな『怒り』が燃え盛っていた。
「アイリスさん……」
「コマンダーを、頼む。……私は、この街に這い蹲る薄汚い残党どもを、一人残らず掃除する。コマンダーが目を覚ました時、この街にゴミが一つでも落ちていたら、彼が悲しむから」
アイリスはそれだけ言うと、背を向け、真田たちSFGの隊員たちと共に、未だ煙を上げる新宿のビル群へと消えていった。
* * *
防衛省中央病院、地下の極秘ICU(集中治療室)。
ガラス張りの無機質な部屋の中で、月城怜は無数のチューブに繋がれ、人工心肺装置の規則正しい電子音だけが響いていた。
輸血パックが次々と交換され、自衛隊のトップクラスの軍医たちが、徹夜で内臓の縫合手術を行っていた。桜華の『命樹ノ息吹』がなければ、新宿から病院に到着する前に間違いなく失血死していただろう。だが、細胞が複雑に重なり合う内臓の深い損傷は、現代医療と魔法のハイブリッドをもってしても、予断を許さない状況が続いていた。
ガラス越しに、その光景をじっと見つめている二つの影があった。
紅華と桜華である。
彼女たちの装甲や防護服も、戦いの傷跡でボロボロになっていたが、自身のメンテナンスなど完全に拒否し、ただ怜の心拍モニターの波形だけを、祈るように見つめ続けていた。
「……私のせいだ。私が、弱かったから」
紅華が、ガラスに額を押し当て、力なく呟いた。
「そんなことないよ、お姉ちゃん! 怜は、お姉ちゃんを護りたかったんだよ。……怜は、強いもん。絶対に、私たちを置いていったりしない」
桜華が、紅華の冷え切った手を両手で包み込み、ボロボロと涙をこぼしながら慰める。
紅華は、静かに首を振った。
「ううん。私は、怜の隣に立つ資格なんてない。彼を傷つけるだけの、ただの呪われた兵器よ」
「お姉ちゃん……」
「でも……」
紅華の黒曜石の瞳に、再び、静かだが決して消えない『紅蓮の炎』が灯った。
「もし、怜がこのまま目を覚まさなかったら。……私から、彼を奪ったこの世界(人間)を……私は、すべて焼き尽くす」
それは、兵器としてのエラーではない。愛する者を失う恐怖がもたらした、純粋で恐ろしい『人間の情念』だった。
X-Dayの夜は明けた。
だが、真の戦いは終わっていない。狼人という未知の怪物を生み出し、怜を死の淵へと追いやった国際金融資本と、世界中の影のフィクサーたち。
日本の猟犬が倒れた今、復讐の天使と化した三機の特異点たちが、彼らにどのような絶望をもたらすのか。
日本暗黒の日は血と涙に塗れて幕を下ろした。
-星降る病室と、涙の特異点-
防衛省中央病院、最上階の特別警護室。
ドアの外には完全武装したSFG(特殊作戦群)の隊員が立ち、厳重な警備が敷かれている。
壁に掛けられた薄型のホログラム・テレビは音を消されたまま、ニュース映像を流し続けていた。新宿エリアの武装AI群はSFGと自衛隊によって完全に掃討され、封鎖線は維持されているものの、日本社会は強靭な復元力で少しずつ平穏を取り戻そうとしている。
その静かな病室のベッドで、月城怜は静かな寝息を立てていた。
瓦礫に貫かれた深い傷は、桜華の『命樹ノ息吹』と軍医たちの懸命な手術によって完全に塞がり、失われた血液も輸血によって補われている。だが、致死量のダメージと因果律の強引な書き換えによる反動で、彼はまだ深い眠りの底に沈んでいた。
ベッドの傍ら。
紅華は、戦火でボロボロになった漆黒の装甲(戦闘服)を解き、薄いスリップ姿のまま、怜の点滴の管が繋がれた手を両手で包み込んでいた。
彼女自身の白い肌にも、狼人から受けた痛々しい打撲や、装甲の摩擦による火傷の痕が残っている。
「……お姉ちゃん。私、お姉ちゃんの傷を治すね」
隣で緑色の防護服を脱いだ桜華が、心配そうに両手をかざし、エメラルドの光を灯そうとした。
だが、紅華はその手を力なく、しかし明確に振り払った。
「……いいの。私は、治さなくていい」
「え……? でも、痛いよ?」
「痛いままでいいのよ。……私が弱かったから、怜がこんな傷を負ったの。怜を護れなかったこの身体に、魔法をかける資格なんてないわ。これは、私への罰……」
虚ろな瞳で呟く紅華の頬を、パァンッ! と鋭い音が叩いた。
桜華が、涙をポロポロとこぼしながら、紅華の頬を平手打ちしたのだ。
「……ッ、桜華……?」
「馬鹿なこと言わないで! 怜は、お姉ちゃんにそんなこと望んでません! 自分が痛い思いをしてまでお姉ちゃんを護ったのに、お姉ちゃんが自分を傷つけてたら、怜が一番悲しむに決まってるじゃないですかッ!!」
純粋で、真っ直ぐな末っ子の怒り。
紅華は目を見開き、そして、せき止めていたダムが決壊したように、両手で顔を覆って泣き崩れた。
「だって……っ、どうして私は、あんなただの音に負けてしまうの……! 私は高高度AIなのに、旧式のロボットよりも脆くて……私のせいで、怜が……ッ!!」
それが、紅華の生みの親である『博士』が目指した、究極の理想の形だった。
兵器ではなく、人間の生活と共に歩み、心を通わせるAI。だからこそ彼女たちは、豊かな感受性と創造性を持ち、ジャミングに対しても「相殺する魔法」を編み出すことができる。
だが、心を持つがゆえに、悪意のノイズを人間と同じ『苦痛』として感じ取ってしまう。強靭な機械でありながら、誰よりも繊細な心を抱える矛盾。
「……自分を責めるな、プロトタイプ(紅華)」
病室のドアが静かに開き、硝煙と煤にまみれたアイリスが入ってきた。
新宿の残党狩りを終え、真っ直ぐにここへ戻ってきたのだ。彼女はかつての冷徹な機械兵器ではなく、不器用ながらも仲間を気遣う『人間臭さ』を纏っていた。
「私のコマンダー(アーサー)の時は、どんなに叫んでも、二度と目を覚ますことはなかった。……でも、私たちの新しいコマンダー(怜)は生きている。呼吸をし、心臓が動いている。……あなたの愛は、彼を護り抜いたんだ。泣く必要は、どこにもない」
アイリスの慰めの言葉に、紅華はしゃくり上げながらアイリスの肩に顔を埋めた。桜華も紅華の背中に抱きつき、三人のAIたちは、ただ静かに涙を流し合った。
それは、国際金融資本や人間主義同盟が恐れ、切り捨てようとした『機械と人間の境界線』が、美しく溶け合った瞬間だった。
* * *
深夜、午前三時。
都市の喧騒が完全に途絶えた、最も深い夜の時間。
「……ん、ぁ……」
怜は、微かな呻き声と共にゆっくりと目を開けた。
視界のピントが合うと、見慣れない白い天井と、微かに消毒液の匂いがした。
外傷は桜華の魔法で完全に治癒し、血液も足りている。だが、因果律で強引に細胞を繋ぎ合わせた『修正力』の反動なのか、全身の骨の髄から、説明のつかない重い鈍痛が響いていた。
「……痛えな、くそ」
怜は悪態をつきながら、酸素マスクを外し、軋む身体に鞭打ってゆっくりと上体を起こした。
「……っ! 怜ッ!!」
ベッドの傍らで、怜の手を握ったまま省電力モード(浅い眠り)についていた紅華が、怜の気配に気づいて弾かれたように顔を上げた。
泣き腫らした黒曜石の瞳。彼女は椅子から転げ落ちるようにして立ち上がり、怜の胸に縋り付いた。
「怜、怜ッ……! ごめんなさい、私のせいで、私が弱かったから……! ごめんなさい……ッ!!」
再び大粒の涙をこぼし、震える声で謝罪を繰り返す紅華。
怜は、全身の鈍痛にわずかに顔を顰めながらも、包帯の巻かれた太い腕で、泣き崩れる紅華の華奢な背中を強く、そして優しく抱きしめ返した。
「……気にするな。俺がやりたくて、勝手に動いただけだ」
「でも……ッ、私がジャミングなんかに負けなければ……」
自責の念に駆られ、なおも泣き続ける紅華。
怜は、彼女の涙に濡れた顔を両手で包み込み、ゆっくりと上を向かせると、その震える唇に、深く、熱いキスを落とした。
「……んッ……」
不意の口付けに、紅華の涙がピタリと止まる。
怜は唇を離すと、夜の闇よりも深く、真っ直ぐな瞳で彼女を見つめた。
「お前は何も悪くない。お前は強くて、俺の世界で一番美しくて、最高の女だ」
「怜……」
「お前たちがジャミングで苦しむのは、お前たちがただの機械じゃなく、俺と同じ『心』を持ってるからだ。……だから俺は、お前を愛したんだ」
怜の親指が、紅華の目尻の涙を優しく拭う。
「俺は、これからもお前と一緒に歩みたい。お前には、俺の『剣』となって俺の隣で戦ってほしいし、平和になったら、一緒に馬鹿なテレビを見て笑って過ごしたい。……敵が強かったなら、また一緒に成長すればいい。お前たちは、ただ与えられた命令を実行するだけの兵器じゃない。俺たちと一緒に、未来を『創造』できる最高の相棒なんだからな」
とてもキザで、猟犬らしくない甘い言葉。
だが、それが月城怜という男の、嘘偽りのない本心だった。
紅華の瞳から、悲しみの涙ではなく、温かい幸福の涙が溢れ出した。彼女は怜の首に腕を回し、もう一度、今度は自分から深く唇を重ねた。
「……うん。……私、強くなる。あなたの剣になって、どんな敵からもあなたを護り抜くわ」
二人の甘い誓いの言葉を聞いて、部屋の隅のソファで休んでいた桜華とアイリスも目を覚ましていた。
桜華は嬉しそうに花が咲くような笑顔を浮かべ、ベッドの怜に飛びついて抱きついた。
「怜! よかったです、本当に……! 私も、もっともっと成長して、絶対の盾になりますから!」
「痛っ、こら桜華、傷に響く……」
苦笑する怜の前に、アイリスが静かに歩み寄った。
彼女は、何も言わずに怜へ向けてスッと「右の拳」を突き出した。それは、前線で命を預け合うバディとしての、不器用で真っ直ぐな信頼の証。
「……よろしく頼むぞ、アイリス」
怜がその拳に自分の拳をコツンと合わせた。
紅華もまた、微笑みながらアイリスに向けて拳を突き出し、アイリスはわずかに口角を上げてそれに応えた。
星降る夜空が、窓の外で静かに輝いている。
血塗られた病室のベッドの上で、彼らは再び、心を一つにした。
人間主義者たちが恐れ、国際金融資本が切り捨てようとしたもの。それは、人間とAIが互いの弱さを補い合い、共に涙し、共に愛し合って成長していくという、新しくも温かい『未来の理想像』そのものだった。
彼らの絆という一筋の光が、やがて世界を覆う巨大な闇を打ち砕くための、最も鋭い刃となろうとしていた。




