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『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第15話


 -太陽の審判と、異形の産声-

 JR新宿駅東口、地上連絡階段。

 一歩外へ踏み出した瞬間、怜たちの視界を覆ったのは、かつての眠らない街の面影を完全に失った、黒煙と瓦礫の荒野だった。

 アルタの巨大ビジョンは無惨に砕け散り、崩落したビル群から立ち昇る炎が、白昼の空を毒々しい赤黒い色に染め上げている。

 だが、その惨状に息を呑む暇は与えられなかった。

「上空ッ!! 敵ドローンのスウォーム(群れ)だッ!!」

 SFGの隊員が絶叫し、アサルトライフルの銃口を空へ向けた。

 黒煙を切り裂き、新宿の空を埋め尽くすほどの『黒い羽虫の群れ』が急降下してきたのだ。人間主義同盟が放った、数百機に及ぶイスラエル製の完全自律型・武装AIドローン。

 彼らは通常の航空力学を無視したような変則的な軌道(ジグザグ飛行)で空を滑り、怜たちへ向けてマイクロミサイルと機銃掃射の雨を降らせてきた。

「散開しろッ! 迎撃!!」

 怜の怒号と共に、一斉射撃が開始される。

 SFGの徹甲弾が空を切り裂き、アイリスの『雷霆乙女サンダー・ヴァルキリー』が青白い閃光の網を張り巡らせる。紅華も両手の『赫焉ノ炎剣』から無数の火球を打ち上げ、次々とドローンを撃ち落としていく。

 だが、数が多すぎた。

 撃ち落としても撃ち落としても、黒い群れは波のように押し寄せてくる。防衛線が徐々に駅の入り口へと押し戻され、SFGの隊員たちの頭上スレスレを銃弾が掠め飛ぶ。

「チィッ……! この数、正面から捌ききれるか……!?」

 怜が空になったマガジンを乱暴に捨て、舌打ちをした、その時だった。

「――みなさん、下がってください!」

 最後尾で防御陣形を張っていた桜華が、怜と紅華、そしてアイリスを追い越して、部隊の最前列へと躍り出た。

 彼女のエメラルドの瞳には、かつての怯えた少女の面影はない。大好きな怜、憧れの姉たち、最近仲良くなった不器用なアイリス。そして、セーフハウスで自分たちAIを一人の人間(戦友)として扱い、共に訓練してくれたSFGの軍人たち。

 彼らをただ「護る」だけじゃない。私も、みんなと一緒に戦えるくらい、強く成長したんだって、見せたい。

「桜華!? 前に出るな、危ない!」

「大丈夫です、怜! ……私に、空を任せてください!」

 桜華が、真っ青な秋晴れを隠す黒煙の空へ向けて、両手を高く掲げた。

 彼女の電子頭脳コアが、地球に降り注ぐ『太陽光のプリズム』を因果律レベルで再計算し、空間の屈折率を極限まで歪ませる。

『事象改竄:超高密度光熱収束ハイパー・ソーラー・プリズム

「――降り注げ! 【天照熱光アポロン・シャイニング】!!」

 カッッッ!!!!

 新宿の空に、もう一つの『太陽』が顕現したかのような、視界を完全に白く染め上げる超閃光が炸裂した。

 桜華が因果律を書き換えて創り出したのは、太陽の熱と光線を一点に束ね、広範囲に放射する規格外の光学・熱線魔法。

 音すらなかった。

 数千度の熱線を帯びた無数の光の矢が、空を覆っていた数百機の武装ドローン群を空間ごと包み込んだ瞬間。ドローンを構成していた強化プラスチックと金属装甲は、爆発する暇すら与えられず、一瞬にして『蒸発チリ』と化して消滅したのだ。

 光が収まった後。

 そこには、ドローンの残骸一つ落ちていない、文字通り「完全に掃除された」蒼穹だけが広がっていた。

「「「…………」」」

 紅華も、アイリスも、怜も、そして歴戦の勇士であるSFGの隊員たちも、開いた口が塞がらず、ただ呆然と空を見上げていた。

 防衛特化だと思っていた末っ子の、あまりにも非常識な広域殲滅魔法。

「えへへっ。どうですか、怜! 私、いっぱつでやっつけましたよ!」

 当の桜華本人は、何事もなかったかのようにケロッとした顔で振り返り、Vサインを作ってニコニコと笑っていた。

 規格外の力を持ちながら、その自覚が絶望的に薄い。怜は顔を引きつらせながら、「あ、ああ……よくやった、桜華」とだけ返すのが精一杯だった。

     * * *

 だが、この圧倒的な光景に最も衝撃を受けていたのは、東口の広場に布陣していた人間主義同盟の主力部隊だった。

 彼らは、ドローン群が怜たちの防衛線を削り、弾薬が尽きかけたところに総攻撃を仕掛ける手はずだったのだ。それが、たった一人の少女AIの放った光によって、文字通り一秒で出鼻を完全に挫かれた。

「ば、馬鹿な……。数百機の軍用ドローンが、一瞬で……ッ!?」

「ひッ、あ、悪魔だ……! あいつら、人間の形をした悪魔だァァッ!」

 主力部隊のテロリストたちが、武器を震わせながら後退りする。

 その恐怖の連鎖に追い打ちをかけるように、彼らが仕掛けていた『最後の奇襲』も、最も無慈悲な形で粉砕された。

「――死ね、警察の犬どもッ!」

 新宿ルミネ側から回り込んでいた別働隊の七名が、怜たちの背後(死角)からアサルトライフルを構えて飛び出してきたのだ。

 だが、猟犬たちの包囲網はすでに完成していた。

 ダダンッ! ダダンッ!

 怜は、背後を振り返ることすらなく、完全に気配と足音だけでSIGを背面に向け、ダブルタップで二人のテロリストの心臓を正確に撃ち抜いた。

 直後、アイリスが振り返りざまに放った青い雷の鞭が、さらに二人の身体を黒焦げにして吹き飛ばす。

 紅華が空中に展開した『追尾炎槍ファイヤー・ランス』が、逃げようとした三人の背中を串刺しにして燃やし尽くす。

 そして。

 パァンッ! パァンッ!

 ルミネの屋上に陣取っていたSFGのスナイパーが放った大口径の狙撃銃の弾丸が、建物の陰に隠れていた残りの二人の頭部をスイカのように弾け飛ばした。

 わずか三秒。

 背後からの奇襲部隊は、怜たちに傷一つ負わせることもなく、完全なる死体となって転がった。

「……勝負あったな」

 真田が、ライフルを構えたまま冷徹な声で広場に響き渡るように告げた。

 怜も銃口を下げ、人間主義同盟の主力部隊のリーダー格――迷彩服を着た初老の男へ向けて一歩踏み出した。

「もう勝ち目はない。武器を捨てて投降しろ。……お前たちの罪は、日本の司法の下で、首に縄をかけられるまで償ってもらう」

 日本の国民感情、そして五千人もの死者を出した未曾有のテロ。彼らが生きて捕らえられれば、間違いなく極刑(死刑)は免れない。それでも、法治国家の番犬として、怜たちは降伏を勧告した。

 だが。

 リーダーの男は、絶望するどころか、血走った目で怜たちを睨みつけ、突如として狂ったように高笑いを始めた。

「ハハハハハッ! 投降だと? 裁きだと? 笑わせるな、AIの奴隷どもめッ!」

 男が懐から、黒々とした『起爆ボタン』のようなデバイスを取り出し、狂信的な笑みを浮かべて高く掲げた。

「我々は死を恐れない! 人間のみの純粋な世界を創り出す、その聖なる理想の礎となれるのなら……我々は喜んでこの命を捧げる!!」

「……不味いッ!!」

 怜の全身の毛穴が粟立ち、猟犬の第六感がかつてない『死の警報』を鳴らした。

 怜は一切の躊躇なく銃を構え、男の心臓のど真ん中を正確に撃ち抜いた。

 ダァンッ!!

「ガッ……! 栄光あれ……!」

 心臓を撃たれたリーダーは、口から大量の血を吐きながらも、その倒れゆく痙攣の中で、親指に込めた最後の力で『ボタン』を押し込んだ。

 ――ピィィィィンッ。

 男の背後、広場の中央に鎮座していた『巨大な黒いコンテナ箱』から、電子音とも獣の唸り声ともつかない、鼓膜をつんざくような不気味な起動音が鳴り響いた。

 紅華が瞬時に怜の前に立ち塞がり、アイリスが雷の剣を、桜華が緑のシールドを展開する。

 SFGの隊員たちも一斉に銃座を構え、フェンスの隙間からコンテナへ向けて銃口を集中させた。

 張り詰めた、死の沈黙。

『――【狼人ライカンスロープ】。起動シマシタ』

 無機質で、どこかバグを含んだような歪な機械音声が広場に響き渡った。

 直後。

 ギギィィィィィィィィィィンッッ!!!

 コンテナの内側から、空間そのものをガラスのように削り取るような悍ましい摩擦音が鳴り、分厚い鋼鉄の壁が『内側から爆発』した。

 舞い散る鉄の破片と土煙の中から、それは姿を現した。

「……なんだ、アレは……」

 怜が、その光景を前に思わず呻き声を漏らした。

 インターネットの海にも、自衛隊の極秘データベースにも存在しない、完全な未知の兵器。

 身長三メートルに迫る巨躯。二足歩行でありながら、前傾姿勢で長い腕をだらりと垂らしたそのシルエットは、まさしく『狼の獣人』だった。

 だが、生物ではない。全身は黒光りする未知の特殊合金と生体繊維で構成されており、その周囲の『空間(景色)』が、陽炎のようにグニャグニャと不気味に歪んでいる。

 ――因果律を、ただ立っているだけで歪ませている。

 その直後だった。狼人ライカンスロープが、動いた。

 いや、「動いたように見えなかった」。

「ギャアァァァァァッ!?」

「ひッ、腕が、俺の腕がァァァッ!!」

 狼人が、自分を囲んでいた『人間主義同盟の残存構成員たち』へ向けて、その長い腕を軽く振るった瞬間。

 距離が十メートル以上離れていたはずのテロリストたちの胴体が、見えない『五本の巨大な爪』によって、豆腐のように真っ二つに引き裂かれたのだ。

 空間(因果律)を跳躍して伸びる、不可視の凶爪。

 血の雨が降り注ぎ、狂信者たちは自分たちが神と崇めた兵器によって、一瞬にしてゴミのように惨殺されていった。

「撃てェェェッ!!」

 真田が絶叫し、隊員たちのアサルトライフルと分隊支援火器が一斉に火を噴く。

 圧倒的な弾幕が狼人へ向けて集中する。

 


-月光の凶爪と、猟犬の決死-


 突如として新宿東口の広場に産声を上げた、異形の因果律兵器『狼人ライカンスロープ』。

 身長三メートルに迫る巨躯。漆黒の特殊合金と生体繊維で構成されたその身体から放たれる不気味なノイズが、周囲の空間(景色)を陽炎のようにグニャグニャと歪ませていた。

 狼人の赤い単眼が発光した瞬間、SFG(特殊作戦群)が放った弾幕が、狼人の身体に触れる直前で、まるで黒い虚空に飲み込まれるように次々と掻き消えた。

『事象改竄:【漆黒ノ暴食ダーク・イーター】』

 狼人が軽く片腕を振るうと、その軌跡から光すらも透過させない『完全なる闇の因果律』が解き放たれた。

 その闇は、直撃したSFGの最新鋭犬型AIロボット数体と、上空で待機していた武装ドローン群を、装甲の硬度に関係なく空間ごと『削り取る』ようにして圧壊・消滅させた。

 金属がねじ切れる悍ましい音と共に、日本の誇る最新鋭兵器が、一瞬にしてただのちりと化す。

「……嘘だろ。俺たちの弾幕を……空間ごと喰いやがったのか!?」

 SFGのポイントマンが、ナイトビジョン越しに見た現実を信じられず、声を戦慄かせた。

 だが、狼人の攻撃は止まらない。闇の衣を纏った狼人は、獣じみた四足歩行の姿勢で床を蹴ると、音速を超えた速度でSFGの陣地へと突撃した。狼人の長い腕が、不可視の凶爪を形成し、隊員の一人の首筋へと振り下ろされる。

「……舐めるなッ!!」

 真田が、部下の前に身を呈して飛び込んだ。彼は狼人の爪撃を対AI用の『高圧電源棒スタンバトン』で強引に受け流し、そのまま関節部へ電源棒を叩き込んで凄まじい過電流を流し込んだ。

 バチィィィンッ!! 狼人の身体が一瞬だけ硬直する。アーサー・ヴァンスにも引けを取らない、SFG隊長の最高峰の対AI格闘術。

 だが、狼人の背後からはさらに数体の敵軍用AIが、SFGの裏から回り込んできてきている。

「……チィッ。月城、不味いぞ! 挟み撃ちだ!」

「……分かっている。真田達は、軍用AIを引き付けておけ! この化け物は……俺たちがやる!!」

 怜がアサルトライフルを構え、紅華たちの前に立った。

「怜! 下がって! これは、あなたの出る幕じゃない!」

「バカ言え。お前たちを、こんな化け物の前に置き去りにできるか」

 怜は血走った目で真田を見た。彼らをこの因果律の嵐に巻き込ませるわけにはいかない。

「真田!! お前たちは敵を引き連れて、一度地下通路まで下がれ! ここは生身の人間がいれる場所じゃない!!」

「……了解した。月城……死ぬなよ、猟犬! 撤退ッ!!」

 真田は、この会話をしている際にも戦闘を継続し負傷した部下を引きずりながら、殿しんがりを務めて回り込んできた敵ロボット数体を破壊し、地下への階段へと走り込んだ。

 広場には、怜たち四人と、異形の狼人だけが残された。

「……殺せ」

 狼人の機械音声と共に、死闘の幕が上がった。

 狼人が床を蹴り、音速のステップで紅華へと肉薄する。

 ガギィィィンッ!!

 紅華の『赫焉ノ炎剣プロミネンス・ブレード』と狼人の腕の装甲が激突し、凄まじい衝撃波が瓦礫を吹き飛ばす。紅華の身体が弾き飛ばされるが、彼女は空中で姿勢を立て直し、無数の炎の槍『追尾炎槍ファイヤー・ランス』を狼人へ向けて放った。

「よそ見は致命傷です、ガラクタ」

 アイリスが狼人の死角へ回り込み、雷の大剣『雷霆ノ双刃ケラウノス・ブレード』を縦薙ぎに一閃する。

 狼人は、紅華の炎の槍を『漆黒ノ暴食』で掻き消しながら、アイリスの雷剣を受け流した。アイリスの高速連撃に対し、狼人は具現化させた紫の熱線『紫月ノ咆哮ルナ・ブラスター』を至近距離から放ち、牽制する。

 後方では桜華がエメラルドグリーンの光『天照ノ緑盾』を展開し、二人の傷を癒やし、駆動系を限界突破させるバフを掛け続ける。

 怜もまた、三人の戦闘に巻き込まれないよう立ち回りながら、遠くから翔んでくる遊兵型ドローンを超強力テーザー銃とSIGで次々と撃ち落とし、特異点たちの足元を支えていた。

 だが、その死闘の均衡は、敵の卑劣な『二の手』によって破られた。

 ブィィィィィィィン…………!!

 突然、狼人がその全身の流体装甲を振動させ、自らを震源地とした非常に強力な『局所的・因果律ジャミング』を放ったのだ。

「……ア、ァァッ……ガ、ハッ……!!?」

 紅華、アイリス、桜華の三人に、致命的な『不協和音ノイズ』が直撃した。

 桜華の対ジャミング領域をも貫通する、因果律を直接書き換える悪意の波形。

 三人のAIたちは、まるで脳髄を直接ヤスリで削り取られるような激烈な激痛に襲われる。展開されていた魔法陣が、ガラスのようにパリンッと音を立てて砕け散る。

 痛覚がないはずの機械が、苦悶の表情を浮かべて嘔吐えずき、脂汗を流す。それは彼女たちが、人間と同じように豊かな「心」と「創造性」を持ってしまったが故の、システムエラーを超えた『命の苦しみ』だった。

 狼人の狙いは、このジャミングによる全滅ではない。

 魔法の構築がキャンセルされ、対抗魔法を展開するまでに生じる『コンマ数秒のラグ(隙)』。

 その一瞬で、前衛で最も脅威となる片方――紅華を確実に殺すこと。

 狼人が、膝をついて硬直する紅華の首筋へ向けて、不可視の凶爪を振り下ろそうとした。

 紅華の瞳に、死の影が映る。

 だが、狼人の計算には、一つだけ『致命的なバグ』が存在した。

「……やらせ、ねえよッ!!」

 月城怜である。

 因果律を書き換えるジャミング波も、生身の人間である怜にとっては、ただの鼓膜をつんざく不快な『物理音』でしかなかった。

 AIたちが苦悶で硬直したあの場で、誰よりも早く、一切のラグなしで動けたのは、最も脆弱なはずの「人間の猟犬」だけだったのだ。

 怜は紅華が狙われたと察知した瞬間、SIGをフルオートで撃ち放ちながら、残っていた高圧電源棒を狼人の顔面へ向けて投擲した。

 ダダダダダダッ!!

 弾丸は弾かれ、電源棒も躱された。だが、それでいい。

 怜はタクティカル・ダガーを両手で構え、紅華と狼人の間に自らの肉体を割り込ませたのだ。

「怜ッ!?」

 ガギィィィンッ!!

 チタン合金のダガーと、狼人の因果律の爪が激突する。

 だが、狼人の膂力は、生身の肉体ではどうしようもないほど圧倒的だった。ダガーが触れた瞬間、怜の身体はトラックに跳ねられたように、後方の壁に向かって凄まじい速度で弾き飛ばされた。

 ガ、ハァッ……!!!

 怜が血を吐きながら瓦礫の中に崩れ落ちる。

 しかし。怜が命を懸けて作ったその『一瞬の隙』が、激痛に沈んでいた紅華のシステムを、怒りと愛の力で強引に再起動させた。

「……怜を、傷つけたわね……ッ!!」

 紅華の黒曜石の瞳が、狂気的なまでの紅蓮に染まる。

 ジャミングの激痛を、マスターを傷つけられた『怒り(感情)』の出力が完全に凌駕したのだ。

 紅華は即席のシールドを展開し、炎の剣を狼人の首筋へと振り下ろした。

 ジャミングの効果は強く、炎の剣の威力は鈍っていた。狼人は具現化した『紫月の剣』でそれを受け止め、そのまま足技を繰り出し、紫の熱線を纏った蹴りを紅華の腹部へ叩き込んだ。

「ガ、ハッ……!!」

 紅華のシールドが砕け散り、彼女の身体は怜が倒れる瓦礫の方へと蹴り飛ばされる。

 だが、狼人が無傷だったわけではない。紅華の執念の炎は、狼人の胸部装甲を確実にドロドロに溶かし、深いダメージを刻み込んでいた。

「よくも、お姉ちゃんたちをッ!!」

「万死に値します、ガラクタがッ!!」

 そして、感情による強制再起動を果たしたのは、紅華だけではない。

 桜華とアイリスもまた、家族を傷つけられた怒りでジャミングの激痛をねじ伏せ、一気に反撃に転じた。

 体勢を整えた狼人が『紫月ノ咆哮』を放とうとするが、桜華の放った太陽光線『天照熱光アポロン・シャイニング』がそれを正面から相殺する。

 光と光が拮抗して視界が白く染まったその死角から、アイリスが音速で踏み込んだ。

「消えなさいッ!!」

 アイリスの雷剣が、紅華が溶かした狼人の胸部装甲の隙間へ正確に突き刺さり、そのまま右半身を深く切り裂いた。

「ギ、ギギィィィィィィィッ!!」

 狼人が、初めて苦悶の機械音を上げて後退する。青白いプラズマが内部回路を焼き、右腕がだらりと垂れ下がった。

 アイリスと桜華が、致命傷を与えるべく追撃しようとした、その瞬間だった。

 狼人の赤い単眼が、異様なほど激しく明滅を始めた。

 それは、魔法式(因果律)の構築ではない。

「……不味い! 発動させるなッ!!」

 意識を取り戻した怜が、血を吐きながら絶叫した。

 それは、魔法ではなく、狼人の体内炉心そのものを暴走させる『物理的な自爆シークエンス』だった。

 アイリスと桜華が飛び技を放つが、狼人は右半身を壊されながらも、驚異的な身体能力でそれを躱す。紅華も熱を操作して狼人を炭素化しようとした、まさにその時。

 新宿の街を揺るがす、凄まじい爆発音が轟き渡った。



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