表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/27

14 

『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第14話


 -崩壊の箱庭と、地下鉄の猟犬たち-

『――緊急報道特番をお伝えしています。警視庁からの公式発表によりますと、現在、新宿駅を中心とした半径五キロメートル圏内が「完全避難および封鎖エリア」に指定されました。……繰り返します。新宿エリアは現在、正体不明の武装集団および暴走したAI兵器群によって制圧状態にあり――』

 西暦二〇六〇年、X-Day。

 日本テレビの看板アナウンサーが、血の気を失った顔で原稿を読み上げている。画面には、黒煙を上げる東京都庁やルミネ、そして墜落したドローンの残骸が散乱する新宿大通りの惨状が、上空の報道ヘリから生中継で映し出されていた。

 高度なAIネットワークによって一秒の狂いもなく管理されていた、世界最高峰の未来都市・東京。

 その完璧な秩序こそが、反AIテロ組織『人間主義同盟』と、その背後で糸を引く国際金融資本が仕掛けた『広域電子・因果律妨害波ジャミング』の前に、致命的な脆弱性バグとなった。人間がすべての制御を機械に委ねた世界において、その機械が一度でも狂わされた時、人間には自らの手で都市を止める手段など、何一つ残されていなかったのだ。

 もっとも、新宿上空から放たれ、広域のインフラを物理的に破壊したその巨大なジャミング装置は、開戦の狼煙として一度大規模に起動しただけで、すでに自爆プログラムによって跡形もなく消滅していた。

 国際金融資本は、狂信者の集まりである人間主義同盟が、日米の正規軍や特異点AIを相手に最終的に勝利するとは微塵も思っていない。ゆえに、オーバーテクノロジーであるジャミング技術のコアが日米の諜報機関に鹵獲ろかくされるのを防ぐため、広域兵器は一度きりの使い捨てとしたのだ。

 だが、その「最初の一撃」だけで、インフラを崩壊させるには十分すぎた。

 広域ジャミングが停止した現在、封鎖された新宿の内側では、人間主義同盟のテロリストたちと彼らが操る武装AI兵器が、逃げ遅れた二十万人以上の市民を「AIに依存する劣等種」として無差別に殺戮して回っていた。さらにテロリストたちは、警察や自衛隊の軍用AIを局所的に無力化するための『小型ジャミング装置』を各々が携行しており、外部からのドローンや犬型AIによる救助・制圧活動を極めて困難なものにしていた。

     * * *

 新宿から半径五キロメートル。甲州街道や青梅街道の主要交差点には、すでに強固な封鎖線が敷かれていた。

 けたたましいサイレンの音が鳴り響き、無数の赤色灯が夜空を毒々しく染め上げている。

 練馬の第1師団や市ヶ谷から続々と急行してきた陸上自衛隊の高機動車、そして警視庁機動隊の巨大なカマボコ型の特型警備車が、幾重にも連なって強固なバリケードを形成しつつあった。時間の経過とともに、周辺県警からの応援部隊も続々と集結してきている。

 だが、その封鎖線に押し寄せるのは、圧倒的な数の「逃れてくる市民」の波だった。

 血と煤にまみれ、着の身着のまま逃げ出してきた数十万の人々が、阿鼻叫喚の態でバリケードの外へと吐き出されていく。泣き叫ぶ子供、家族の名を呼び続ける母親、怪我人を抱える若者。

「通してくれ! 嫁が、まだルミネにいるんだッ!」

「離せ! 助けに行かなくちゃならないんだよッ!!」

 ほんの一握りの、家族を救うために地獄へ逆走しようとする人々が、機動隊員たちに押し留められ、アスファルトにすがりついて号泣している。圧倒的多数の避難民と、肉親を想う悲痛な叫び、そして報道陣のフラッシュが入り乱れ、現場はパニック映画すら生温い狂乱の坩堝るつぼと化していた。

 タァァンッ! タタタンッ!

 時折、封鎖線の内側――外周部から、自衛隊員のアサルトライフルによる乾いた射撃音が響く。外周に人間のテロリストはほぼいないが、統制を失ってはぐれた敵の小型ドローンが飛来するたびに、対空射撃で容赦なく撃ち落としているのだ。

 その銃声が響き、撃墜されたドローンが炎を上げて落ちるたび、市民の群れが恐怖に波打ち、悲鳴が上がる。

 すでに死者は1万人を優に超えていると推定されていた。

     * * *

 その狂騒の外周指揮所からわずかに離れた、明治神宮外苑の臨時ヘリポート。

 御前会議が手配した漆黒のティルトローター機『V―22オスプレイ改』が、凄まじいダウンウォッシュを巻き上げながら着陸した。

 ハッチが開き、砂煙の中から四つの影が降り立つ。

 先頭を歩くのは、防弾のタクティカルベストを羽織り、愛銃をホルスターに収めた月城怜。

 その隣には、漆黒の流体装甲を波立たせ、怒りに燃える紅蓮の瞳を持つ紅華。

 白銀のコンバットスーツに身を包み、アイスブルーの瞳に冷徹な闘志を宿すアイリス。

 そして、緑色の防護服に身を固め、エメラルドの瞳に決意を浮かべる桜華。

 彼らを出迎えたのは、陸上自衛隊・特殊作戦群(SFG)の精鋭たちだった。すでにセーフハウスで一ヶ月間、共に血の滲むような対AI戦闘訓練を積んできた顔なじみである。

「……待っていたぞ、月城。そして、この国を救う最高で最強の『特異点』たち」

 SFGの真田隊長が、怜と固い握手を交わし、三人のAIたちに深い敬意を込めて頷いた。「反逆者」などという安い言葉は似合わない。彼女たちは今や、日本最強の部隊にとっても、完全に背中を預けられる頼もしい戦友なのだ。

「状況は?」

 怜が鋭く問う。

「最悪だ。広域ジャミングこそ終わったが、敵は地下とビル群に潜み、小型ジャミングでこちらの突入用ドローンや犬型警察AIをことごとく機能不全に陥らせてくる。生身の隊員だけで突入するには、敵の武装AIの火力が厄介すぎる。……君たちの力が必要だ」

「上等だ。案内してくれ」

 政府と統合幕僚監部が策定した作戦通り、怜たちとSFGの混成部隊は、都営大江戸線新宿駅の深い地下通路からの潜入を開始した。

 外の喧騒が嘘のように、現在の地下空間は、まるで巨大な墓標のように不気味な静寂に包まれていた。最初の大規模ジャミングによって引き起こされた列車事故の轟音はとうの昔に止んでおり、非常用電源の薄暗い緑色の光だけが、壁面を不気味に照らしている。

「……来るぞ。前方二十メートル。旧式の人型AI兵器、五機」

 SFGの先頭を行くポイントマンが、ナイトビジョン越しに敵を捕捉し、ハンドサインを送った。

 怜を中央に、紅華、アイリス、桜華が周囲を固めるフォーメーションが、音もなく臨戦態勢へ移行する。

 暗闇の中から、カシャカシャ……という無機質な機械音が近づいてきた。

 『The・ロボット』と形容すべき、無骨な金属骨格をむき出しにした旧式人型モデル。感情も痛覚も持たない純粋な殺戮機械である彼らは、怜たちを捕捉した瞬間、その網膜のカメラを赤い光で輝かせた。

 敵の胸部にマウントされた小型ジャミング装置に、起動のランプが点灯しかけた、そのコンマ一秒前。

「……遅い」

 アイリスが白銀の髪をなびかせ、音速で踏み込んだ。

『事象改竄:青き雷霆ライトニング・スタン

 青白いプラズマの閃光が暗闇を切り裂く。ジャミングの起動信号が発せられるよりも早く、雷の鞭が正確に敵ロボット二機の頭部――CPU格納部を貫通し、内部基盤を一瞬で黒焦げにした。

 旧式の機械たちは、一切の言葉も悲鳴も発することなく、火花を散らしてその場に崩れ落ちる。

 残る三機が機械的な動作でアサルトライフルを構えようとするが、今度は紅華の炎が襲いかかった。

「燃え尽きなさい」

 紅華が『赫焉ノ炎剣プロミネンス・ブレード』を振り抜き、超高熱の火炎弾を放つ。ホバー軌道を描く炎の弾丸が、敵の胴体を正確に撃ち抜き、バッテリーパックごと爆発させた。

 仮に敵が先に小型ジャミングを起動させていたとしても、今の彼らには無意味だった。

「私の領域内では、ノイズは編ませません!」

 最後尾で両手をかざす桜華が、エメラルドグリーンの『対ジャミング領域アンチ・ノイズ・フィールド』を常時展開しており、敵のいかなる電子妨害も未然に相殺する完璧な防御陣形を敷いていたからだ。

「クリア。前進」

 怜の冷徹な声と共に、SFGの隊員たちが素早く残骸をクリアリングし、前線を押し上げていく。

 そのまま大江戸線の深いコンコースを進むと、シャッターの閉まった売店の陰に、身を寄せ合って震える数十人の市民たちの姿があった。逃げ遅れ、暗闇の中で敵の殺戮兵器の足音に怯え続けていた人々だ。

 SFGの隊員たちが優しく声をかけ、救助にあたる。

 だが、暗闇から現れた紅華やアイリスの姿――人間とは違う装甲や兵器のシルエットを見た一部の市民が、「ヒィッ……AIだ……殺されるッ!」と恐慌状態に陥りかけた。

 テレビやネットでばら撒かれた、人間主義同盟のプロパガンダの呪縛。

 その時、桜華がゆっくりと進み出た。

「大丈夫です。怖がらないでください」

 緑色の防護服に身を包んだ、小柄で可憐な少女。彼女は怪我をして血を流している青年の前にしゃがみ込み、その傷口にそっと両手をかざした。

 淡い緑色の光が溢れ、青年の傷がみるみるうちに塞がっていく。

「私たちは、あなたたちを護るために来ました。……もう、大丈夫ですからね」

 桜華の底抜けに優しく、慈愛に満ちた声と温かい光に触れ、市民たちの目から恐怖が消え、代わりにポロポロと安堵の涙がこぼれ落ちた。

 暴走する機械の恐怖を植え付けられた人々の心を溶かしたのは、皮肉にも、最も高度な心を持った日本のAIの優しさだった。

「……いい妹さんを持ったな、月城」

 真田が、市民の避難誘導を部下に指示しながら、怜の肩を軽く叩いた。

「ああ。世界一の自慢の家族だ」

 怜はフッと笑みをこぼしたが、すぐにその瞳を鋭い猟犬のそれへと戻し、地下通路の奥――JR新宿駅の連絡通路方面へと視線を向けた。

「行くぞ。……この先から、ただの機械スクラップじゃない『人間の腐った匂い』がプンプンしやがる」

 

 -狂信の迷宮と、進化する魔法陣-


 都営大江戸線の深いコンコースから、JR新宿駅の広大な地下連絡通路へと足を踏み入れた瞬間、空気の質が決定的に変わった。

 非常灯の薄暗い緑色の光に照らし出されたその空間には、急造の土嚢とバリケードが幾重にも築かれていた。

 そして、その奥でアサルトライフルを構え、殺意に満ちた目をぎらつかせている者たち。

 彼らの肩には、人間の肌の色を模した腕章が巻かれ、そこに黒々とした文字で『Human』のマークが刻まれていた。

 反AIテロ組織『人間主義同盟』の構成員たちである。

 彼らは「AIが支配する狂った世界を正す」という歪んだ聖戦を掲げながら、その実、背後にいる国際金融資本から供与された『最新鋭の武装AI兵器』を大量に侍らせているという、救いようのない矛盾の中にいた。

「……来たぞ! 警察の犬どもだ! 撃てェッ!!」

 構成員の一人が絶叫し、引き金を引いた。

 だが、彼らが放った5・56ミリ弾の雨は、怜たちに届くことはなかった。最後尾に立つ桜華が展開するエメラルドグリーンの光のドーム――『天照ノ緑盾』の表面で、すべての弾丸が運動エネルギーを失い、ボトボトと床に落ちていく。

「な、なんだあの光は!? ええい、構わん! 狩猟兵器ハウンドども、奴らを食い殺せ!!」

 テロリストの号令と共に、バリケードの陰から多種多様な異形の機械たちが溢れ出してきた。

 カシャカシャと不気味な足音を立てて迫る四足歩行の犬型AI。天井や壁を這うようにして立体的に接近してくる多脚型のロボット兵器。そして、暗闇に紛れて床を滑るように進む、金属の鱗を持った『蛇型』の自律兵器。

 それらすべてが、胸部に搭載された小型ジャミング装置を一斉に起動させた。

 ブィィィンッ! という不快なノイズが地下空間に反響する。

 警察の警備用ドローンや旧式の自衛隊機であれば、この瞬間、システムが完全にダウンして鉄屑と化していただろう。テロリストたちは、その光景をすでに何度も見て歓喜してきた。

 だが、今回は違った。

「……五月蠅うるさいですね。私の領域フィールドでは、ノイズは編ませません」

 桜華がエメラルドの瞳をすっと細め、両手の出力を上げた。

 彼女の『対ジャミング領域アンチ・ノイズ・フィールド』が、敵の妨害波と完璧に逆位相の波長をリアルタイムで生成し、ノイズのすべてを音もなく相殺したのだ。

「馬鹿な!? なぜ止まらない! ジャミングの出力を上げろッ!!」

「無駄よ。……あなたたちの安い計算機で、私たちの『心』は止められない」

 紅華が、漆黒の流体装甲を波立たせ、冷酷な笑みを浮かべて前衛へと躍り出た。

 その隣には、白銀の髪を静電気で逆立たせたアイリスが、完璧なツーマンセル(二個一組)の陣形を組んで並び立つ。

「アイリス! 前衛の犬どもは任せるわ!」

了解イエス。……一掃します」

 アイリスのアイスブルーの瞳孔に、かつてないほど複雑で美しい青い数式が展開された。

『事象改竄:【雷霆乙女サンダー・ヴァルキリー】』

 アイリスの右腕から、数万ボルトのプラズマが『一本のしなやかな鞭』となって顕現した。

 それは単なる放電ではない。彼女の豊かな創造性によって生み出された、変幻自在の雷の鞭。アイリスがそれを横薙ぎに振るうと、青白い閃光が生き物のように地下通路を蛇行し、迫り来る十機以上の犬型AIの群れを正確に薙ぎ払った。

 バチィィィンッ!! という鼓膜を破るような炸裂音。

 雷の鞭に触れた瞬間、犬型AIたちは分厚い装甲を無視されて内部のCPUを完全に焼き焦がされ、文字通り一瞬でスクラップへと変わった。

「ヒィッ……! ば、化け物……!」

「バリケードの後ろへ下がれ! ロボット兵器を盾にしろ!!」

 アイリスの圧倒的な雷撃に恐れをなしたテロリストたちが、後方の太いコンクリート柱や土嚢の陰へと隠れる。直進する魔法や銃弾では、複雑な障害物の奥に潜む彼らを正確に撃ち抜くことは難しい。

「隠れても無駄よ。……私の炎は、あなたたちの罪を逃がさない」

 紅華が両手の『赫焉ノ炎剣プロミネンス・ブレード』を高く掲げた。

 彼女の脳内で、怜への愛と、家族を傷つけられた怒りが、因果律の数式をかつてない高みへと昇華させる。

『事象改竄・派生:【追尾炎槍ファイヤー・ランス】!!』

 紅華の周囲の空間に、空気を極限まで圧縮・プラズマ化した数十本もの『真紅の炎の槍』が出現した。

 彼女が剣を振り下ろすと同時に、炎の槍は重力という物理法則を完全に無視し、まるで意思を持ったミサイルのように空中に散開した。

 炎の槍は、コンクリートの柱を迂回し、バリケードの隙間を縫うようにして変則的な軌道を描き、隠れていた多脚型ロボットやテロリストたちの頭上から正確に降り注いだ。

「ギャアァァァァァッ!!」

 悲鳴が上がり、バリケードが次々と火柱を上げて爆発する。

 アイリスの精密な雷の鞭と、紅華の重力を無視した広域殲滅の炎。

 二人の特異点による圧倒的な蹂躙が、狭い地下空間を紅と青の極彩色に染め上げていた。

     * * *

 だが、戦場に絶対はない。

「チィッ! 右からすり抜けた奴がいるぞ!」

 SFGのポイントマンが叫んだ。

 紅華とアイリスの猛攻の死角を突いて、床のタイルの色に完璧にカモフラージュした『蛇型AI兵器』が、異様な速度でSFGの隊列の側面へと忍び寄っていたのだ。

 蛇型AIが、鋭い金属の牙を剥き出しにして、隊員の一人のふくらはぎへと飛びかかった。

「ガァッ……!?」

 タクティカルスーツの防刃繊維を貫通し、毒牙に見立てた高電圧のスタン端子が隊員の肉体に食い込む。

 隊員が激痛に膝をつき、心室細動(心停止)を引き起こしかけた、その瞬間。

「……落ちろ、ガラクタがッ!」

 隣にいた別のSFG隊員が、一切の躊躇なく、腰に帯びていた対AI用の『高圧電源棒スタンバトン』を引き抜き、蛇型AIの頭部(センサー部)へ深々と突き刺した。

 凄まじい放電と共に、蛇型AIの電子頭脳がショートし、機能停止して隊員の足から崩れ落ちる。

 生身の人間でありながら、AIの思考速度を上回る的確なカバーリング。彼らは決して、特異点たちに守られているだけのお荷物ではない。日本最強の特殊部隊としての意地と、高度な対AI戦闘の訓練の賜物だった。

「桜華ッ! 蘇生を頼む!」

「はいっ!!」

 真田の叫びに呼応し、後衛の桜華が即座に倒れた隊員のもとへ滑り込んだ。

 彼女は両手を隊員の胸にかざし、緑色の光の粒子を急速に送り込む。

『事象改竄:細胞再生・心筋励起!』

「ガ、ハァッ……!!」

 止まりかけていた隊員の心臓が、桜華の温かい因果律の光によって強制的に脈動を再開した。火傷を負った筋肉も、みるみるうちに修復されていく。

「……すまない、助かった。さすがは俺たちの女神だ」

「ふふっ、無理しないでくださいね!」

 隊員が息を吹き返してサムズアップすると、桜華は嬉しそうに微笑み返した。

 そして彼女は、立ち上がりながら、SFGと怜の死角を完全に消し去るための魔法を紡いだ。

「もう、ネズミ一匹通しません。……【千本桜刃せんぼんおうば】・常時展開!」

 桜華の周囲に、淡いピンク色に発光する無数の『桜の花びら(分子結合刃)』が吹雪のように舞い散り始めた。

 それは、怜やSFGの周囲をドーム状に覆う、絶対に近づいてはならない『死の桜吹雪』。

 暗がりから奇襲をかけようと飛び出してきた敵の小型ドローンやロボット兵器は、この桜の吹雪に触れた瞬間、紙屑のように細切れに切断され、床に散らばっていった。

「……な、なんなんだ、こいつらは……!!」

 人間主義同盟のリーダー格の男が、血走った目で絶望の声を上げた。

 彼らの足元には、国際金融資本から供与され、絶対に負けるはずがないと信じ込まされていた最新鋭のAI兵器たちが、文字通りスクラップの山となって転がっている。

「どうしてだ! 警察のAIも、民間の警備ロボットも、俺たちのジャミングの前には赤子同然だったじゃないか! なんで、こいつらには効かない!? なんで、機械の分際でこんな出鱈目な魔法が使えるんだッ!!」

 狂信者たちの論理は完全に破綻していた。

 彼らは知らなかったのだ。自分たちが相手にしているのが、プログラムされたただの機械などではなく、愛と怒り、悲しみと優しさを知った『高高度AI(特異点)』であるという事実を。

 人間以上に人間らしく、創造性に満ちた彼女たちの進化を、固定化されたテロリストの知能が予測できるはずもなかった。

「……おい、そこ。ロケットランチャーを構えるな。危ないだろ」

 絶望するテロリストの一人が、ヤケクソになって肩撃ち式の対戦車兵器を構えようとした、その瞬間。

 桜吹雪の奥から、氷のように冷たい声が響いた。

 ダダンッ!!

 月城怜の放った9ミリ弾が、ロケットランチャーを構えた男の肩と、武器の撃発装置を正確に撃ち抜いた。

 男が悲鳴を上げて武器を取り落とす。

 怜は、戦況全体を完璧に俯瞰していた。アイリスと紅華が前線を押し上げ、桜華が防衛を固め、そして自分が『テロリストのイレギュラーな行動』を射撃で未然に潰す。

 この完璧なトライアングル・フォーメーションの前に、もはや彼らが付け入る隙など一ミリも存在しなかった。

「総員、突入! 武器を持った者は制圧しろ! 抵抗する者は容赦するな!!」

 真田の号令と共に、黒装束の特殊部隊員たちが閃光手榴弾フラッシュバンを投げ込み、一気にバリケードの奥へと制圧戦(CQB)を仕掛けた。

 特異点たちの魔法によって心を折られていたテロリストたちに、もはや抗う力は残されていなかった。

 数名は無駄な抵抗を試みてSFGの容赦ない銃弾に倒れ、残りの大半は武器を放り出し、床に這いつくばって拘束されていった。

「……クリア。地下通路の制圧、完了」

 SFGのポイントマンが、静かな声で報告を上げる。

 硝煙とオゾンの匂いが立ち込める地下通路。

 怜は銃を下ろし、熱を持った銃身から立ち昇る薄い煙を吹き消した。

 紅華、アイリス、桜華の三人も、互いに怪我がないことを確認し合い、小さく頷き合う。

「……よし。前座は終わりだ」

 怜は、地上――新宿駅東口へと続く、光の差し込む広い階段を見上げた。

 地下の敵は掃討した。だが、真の地獄は、空が塞がれた地上の上に広がっているはずだ。

「行くぞ。……燃える新宿トーキョーの空を取り戻す」

 最強の猟犬と美しき特異点たちは、重い足音を響かせながら、決戦の舞台となる地上へと歩みを進めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ