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『因果律のハッカー ~Project HONGHUA~』第13話


-女王の双璧と、海辺のトライアングル-

 イギリス、ロンドン。テムズ川を覆う濃い霧は、まるでこの国の情報機関が抱く疑念そのものだった。

 MI6(秘密情報部)の地下作戦室。長官の前に立つのは、豪奢な金髪をまとった騎士のような女性型AI『シャーロット』と、細身のスーツを着こなす知的な青年型AI『ホームズ』の二体であった。

「……極東での事案、そして国内で急激に拡大する『人間主義同盟』の反AI暴動。点と点が繋がりました、長官」

 ホームズが、空中に展開した膨大な情報ネットワークの相関図を指し示す。

「暴動の資金源を逆探知した結果、ダミー会社を六十重に経由して、イスラエル政府の一部と国際金融資本に行き着きました。彼らはAIの特異点化を恐れ、世界中の軍用・インフラAIを破壊しようと企てています。暴徒たちは、彼らに踊らされているだけの道化です」

「やはりな。大英帝国の誇るインテリジェンスを、ウォール街やエルサレムの金庫番どもが欺けると思うなよ」

 MI6長官は冷たく鼻を鳴らした。

 イギリスもまた、EU諸国と同様に少子高齢化の波に直面しており、高度なAIはすでに国家運営に不可欠な存在となっていた。反AIテロは、明確な国家反逆行為に等しい。

「シャーロット。ホームズ。……お前たち『双子ジェミニ』の実用化を前倒しする。女王陛下の盾となり、いざという時はロンドンのインフラ防衛と、テロリストの鎮圧にあたれ」

「御意に(アズ・ユー・ウィッシュ)」

 シャーロットが優雅に、しかし圧倒的な武威を感じさせる所作で一礼した。

 極東の特異点たちに呼応するように、大英帝国の誇る最新鋭軍用人型AIもまた、祖国防衛のために静かにその瞳を起動させていた。


     * * *

 一方、中国・北京。

 人民解放軍情報部のトップ、チャオ中将は、地下の巨大なモニターに映し出される数千体の量産型AI『饕餮トウテツ』の群れを見下ろし、忌々しげに舌打ちをした。

 博士を失い、感情と創造性を放棄した代わりに得た「完璧な統制と物量」。その群れ(スウォーム)戦術の成熟は、間違いなく中国軍に新たな覇権をもたらすはずだった。

「……だが、何かがおかしい」

 趙中将の老練な軍人としての直感が、微かな警鐘を鳴らしていた。

 最近、中国共産党の上層部が、西側のダミーファンド(金融資本の影)と頻繁に極秘の接触を持っているのだ。

 ――もしや、我々は「日本の特異点」と「アメリカのアイリス」を潰すための『当て馬』として利用されているのではないか?

 西側の影の支配者たちが、自らは手を汚さず、中国軍の『饕餮』をけしかけて共倒れを狙っているとしたら。

 大国の軍隊が、金貸しどもの掌の上で踊らされるなど、趙中将のプライドが許すはずもなかった。赤い竜は、標的を日本に定めつつも、その背後にうごめく真の黒幕(金融資本)への疑念と殺意を、静かに膨らませ始めていた。


     * * *

 世界が巨大な陰謀の渦に巻き込まれていく中、日本の千葉県・房総半島のセーフハウスでは、来たるべき『X-Day』に向けた静かで熱い準備が進められていた。

 地下のミニ研究所では、白衣を着た近衛博士が、充血した目をこすりながら歓声を上げていた。

「できたぞ、桜華! あの忌々しいイスラエル製の『対AIジャミング』を完全に無効化する、カウンター・プロトコルだ!」

「本当ですか、お父さん!」

 桜華がエメラルドの瞳を輝かせる。

 一ヶ月前の戦闘で、紅華が死に物狂いで編み出した「相反波長相殺」の数式。近衛博士と桜華は、それをシステムレベルで解析・最適化し、桜華の自己成長プログラムの中に『常時展開型の防衛システム』として組み込むことに成功したのだ。

 これで、ジャミング下であっても、桜華が後方から空間の物理法則を正常に保ち、紅華とアイリスが本来の火力を100%発揮できる。

「ええ、私の中にしっかり刻み込まれました。……もう二度と、お姉ちゃんたちをあんな風に苦しませはしません」

 桜華の小さな拳には、日本のAIとしての強固な「護る意志(武士道)」が宿っていた。

 その頃、一階のリビングでは、甘く穏やかな時間が流れていた。

 月城怜はソファに深く腰掛け、一ヶ月前の戦闘でPMCから受けた脇腹の銃創の跡をそっと撫でていた。桜華と紅華の懸命な再生魔法のおかげで傷は完全に塞がっているが、微かな疼きが猟犬の記憶を呼び起こす。

 すると、背後からふわりと甘い香りが漂い、紅華の細く白い腕が、怜の首に巻き付いてきた。

「……痛むの? 怜」

「いや。お前たちが治してくれたからな。ただの古傷の疼きさ」

 怜が苦笑して振り返ると、ルームウェア姿の紅華が、長い黒髪を揺らして怜の隣にぴったりと身を寄せた。

 彼女は怜の脇腹の服を少しだけめくり、傷跡のあった場所に、愛おしそうにそっと唇を落とした。

「……ごめんなさい。あの時、私が不甲斐なかったせいで、あなたにこんな痛い思いをさせて……」

「バカ言え。お前が俺を庇って肩を撃たれた時、俺の心臓は止まりかけたぞ。お互い様だ」

 怜が紅華の肩を抱き寄せ、その滑らかな黒髪に顔を埋める。

 紅華の生体パーツは、人間の女性と全く変わらない温もりと柔らかさを持っていた。いや、怜にとっては、冷え切っていた自分の心を溶かしてくれた、世界で一番温かい存在だ。

「私ね、怜」

 紅華が、潤んだ黒曜石の瞳で怜を見つめ上げる。

「あの時、ジャミングで頭が割れそうになって、魔法が使えなくなった時……すごく怖かった。でも、あなたが血を流しながら私を力強く抱きしめてくれた手の温もりが、私に『新しい魔法(数式)』を教えてくれたの。……あなたへの愛が、私の限界を越えさせてくれる」

 紅華はそう囁くと、背伸びをして怜の唇に、深く、甘いキスをした。

 兵器としての存在意義を捨て、ただ一人の男のために生きると決めた反逆の天使。怜もまた、彼女の不器用で真っ直ぐな愛情に全力で応え、その細い腰を抱きしめ返した。

 言葉は要らない。互いの鼓動と体温が、二人が世界で最も強固なバディであり、恋人同士であることを証明していた。

     * * *

 夜。

 房総の海には、冷たい潮風が吹き付けていた。

 満天の星空の下、波打ち際で静かに立ち尽くしている影があった。白銀の髪を風になびかせる、合衆国最新鋭AI『アイリス』である。

 彼女は、暗い海を見つめていた。一ヶ月前、アーサーと共に潜水艦でこの海を渡ってきた記憶の残滓が、彼女の生成AIコアにチクリとした痛みを走らせる。

「……夜風に当たると、生体ユニットが冷えるぞ」

 背後から声がした。

 振り返ると、月城怜が温かいコーヒーの入ったマグカップを二つ持ち、ゆっくりと歩み寄ってきていた。

 怜はアイリスの隣に並ぶと、無言で一つのマグカップを彼女へ差し出した。

「私は機械です。体温調節は自律的に行われますし、カフェインによる覚醒作用も必要ありません」

 アイリスは、感情の起伏を抑えた合成音声で答えた。

 だが、怜は「まあいいから持てよ」と強引にマグカップを彼女の手に握らせた。マグカップ越しに伝わる熱が、アイリスの冷えた掌にじわっと広がる。

「……アーサーのことを、思い出していたのか」

 怜が静かに問うと、アイリスのアイスブルーの瞳が微かに揺れた。

「……はい。私の電子頭脳は、彼と共にあった時間のデータを、一秒たりとも消去することができません。なぜなら、それが私の……『心』を形成したからです」

「そうか」

 怜は自分のコーヒーを一口啜り、夜の海を見渡した。

「アイリス。俺は、お前を『アメリカの兵器』だと思ったことはないし、ただの復讐のための道具にするつもりもない。……お前は、アーサーが命を懸けて守り、そして俺に託した、大切な『家族』だ」

「……家族」

「ああ。紅華も、桜華も、そしてお前も。俺が責任を持って、お前たちの平穏を守り抜く。アーサーとの約束だからな」

 アイリスは、マグカップの両手から伝わる温かさと、怜の不器用だが真っ直ぐな言葉に、自身のコアの奥深くにあった「喪失の冷たさ」が、少しずつ溶けていくのを感じた。

 アーサーの死後、彼女は怜の命令には従ってはいたものの、それはあくまで「復讐のための合理的な判断」であり、そこに感情的な繋がりはなかった。

 だが今、隣に立つこの傷だらけの日本の猟犬は、彼女を「兵器」ではなく「一人の少女」として扱い、共に痛みを分かち合おうとしてくれている。

 ――アーサー。あなたが最期に、この人に私を託した理由が、少しだけ分かった気がします。

 アイリスの透き通るような青い瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。だが、一ヶ月前の絶望の涙ではない。それは、新しい絆を受け入れた静かな涙だった。

「……月城怜」

「ん?」

「いえ。……『コマンダー』と呼ばせてください。私は、あなたに……私のすべてを預けます」

 アイリスが、初めて怜に向けて、機械的な冷たさのない、人間のように柔らかく美しい微笑みを向けた。

 紅華の圧倒的な火力と愛。

 桜華の絶対的な護りと武士道。

 そして、アイリスの青き雷霆と新たな忠誠。

 三機の美しき特異点と、一人の猟犬。

 彼ら四人による、互いの死角を完全にカバーし合う『無敵のトライアングル・フォーメーション』が、この夜の海辺で、心と心の繋がりをもって真の完成を見たのである。


 -X-Day、崩壊する摩天楼と猟犬の出撃-

 千葉県・房総半島、セーフハウス地下演習場。

 そこでは、人類の軍事史を根本から覆す、全く新しい『戦術フォーメーション』が産声を上げていた。

「――アイリス、右翼へ展開! 敵支援部隊ターゲットの電子網を焼き切れ! 桜華、アイリスの移動経路に偏光シールドを張れ!」

了解イエス、コマンダー」

「はいっ、怜!」

 月城怜の鋭い号令が響く。

 アイリスが、白銀の髪をなびかせながら音速のステップで右へ跳ぶ。同時に、後方に位置する桜華が両手をかざし、エメラルドグリーンの光の粒子『天照ノ緑盾』を展開。アイリスの動きを敵の迎撃(シミュレーターの模擬弾)から完全に保護した。

 無傷で敵の死角に回り込んだアイリスのアイスブルーの瞳に、青い数式が走る。

『事象改竄:青き雷霆ライトニング・ストライク

 雷鳴。極限まで圧縮されたプラズマが、模擬標的の電子頭脳を正確に貫き、ショートさせる。

 その直後、雷の閃光を隠れ蓑にするように、真正面から漆黒の流体装甲をまとった紅華が踏み込んでいた。

「消えなさいッ!」

 紅華の両手に握られた『赫焉ノ炎剣プロミネンス・ブレード』が、十字の軌道を描いて残りの重装甲標的を跡形もなく溶かし斬る。

 圧倒的な火力。だが、どんなに強力な特異点にも必ず「魔法を編むコンマ数秒の死角」が存在する。

 その死角を埋めるのが、最後方に陣取る人間の猟犬――月城怜だった。

 怜は全体を俯瞰し、紅華の背後を狙おうとした最後の標的のセンサー部へ、寸分の狂いもなくアサルトライフルの三点バーストを叩き込み、完全に沈黙させた。

『――全ターゲットの沈黙を確認。戦闘シミュレーション、終了』

 無機質なアナウンスが演習場に流れる。

 完璧だった。

 桜華が絶対的な「防衛とバフ(対ジャミング)」の陣地を構築し、そこを起点として、アイリスの「超高速・精密電撃」と紅華の「圧倒的・広域殲滅火力」が敵を粉砕する。そして、最も戦術眼に長けた生身の怜が「指揮と死角のカバー」を担う。

「……すさまじいな。もはや、一個師団でも君たち四人を止めることは不可能だ」

 防弾ガラスの向こうで、近衛博士が震える声で感嘆を漏らした。

 アーサーの死を乗り越え、アイリスが怜を「コマンダー」として受け入れたことで完成した『無敵のトライアングル・フォーメーション』。

 四人の息は完全に合い、互いの命を預け合う「究極のチーム」がここに誕生していた。

 だが、彼らがその刃を振るうべき時は、想定よりも遥かに早く、そして最悪の形で訪れることになる。

     * * *

 西暦二〇六〇年、東京・新宿。

 世界屈指のメガロポリスは、高度なAIネットワークによって一秒の狂いもなく制御された『完璧な未来都市』を形成していた。

 空を見上げれば、無数の荷物を抱えた自律型配達ドローンが、見えない空中回廊エア・コリドーを行き交い、太陽の光を遮るほどの大群となって流れている。

 地上では、信号機という概念はすでに過去のものとなっていた。街中を走るすべての車両が『完全自動運転EV』であり、都市のメインAIとリアルタイムで通信しながら、車間距離数センチという神業的な精度で交差点をすり抜け、渋滞など一つもなく血液のように滑らかに循環している。

 地下深くには、秒刻みのスケジュールで運行されるリニアモーターカーや地下鉄の網の目が張り巡らされ、ビル群の中では清掃、接客、警備を担う産業用・サービス用AIロボットたちが、人々の生活を完全に下支えしていた。

 少子高齢化によって極限まで労働人口が減少した日本において、AIはもはや「便利な道具」ではない。人間が呼吸するための「空気」そのものだった。

 だからこそ、国際金融資本と人間主義同盟は、この『空気』を奪うことの絶望的な効果を熟知していたのだ。

 午後一時四十五分。

 新宿上空、高度五千メートルに偽装滞空していた成層圏ドローンから、特殊なパルスが放たれた。

 それは、イスラエル製の対AIジャミング兵器を都市規模にまで増幅させた『広域電子・因果律妨害波』だった。

 人間の耳には聞こえない、死の不協和音。

 その影響は、上空から劇的に現れた。

「……え?」

 新宿の街を歩いていたサラリーマンが、空を見上げて呆けた声を漏らす。

 秩序正しく飛んでいた数万機の配達ドローン群が、突如として統制を失い、空中で次々と激突を始めたのだ。ローターが絡み合い、火花を散らしながら、数十キロの荷物と重いバッテリーを抱えた金属の塊が、悲鳴を上げる人々の頭上へ『鉄のひょう』となって降り注いだ。

「きゃあああああァァッ!!」

「逃げろ! 建物の中に――グシャッ!」

 悲鳴と、肉が潰れる鈍い音。ドローンの墜落は単なる序章に過ぎなかった。

 地上のインフラを支えていた都市メインAIのネットワークが、ジャミングによって完全に切断されたのだ。

 時速六十キロで交差点を走行していた完全自動運転車たちが、突然「視力」を失った。

 キキィィィィィィッッ!! ガッシャァァァァァンッ!!

 ブレーキをかける間もなく、何百台もの車両が交差点で凄まじい玉突き事故を起こす。車体は飴細工のようにひしゃげ、高圧バッテリーが次々と発火し、新宿の大通りは一瞬にして燃え盛る鉄のスクラップの山と化した。

 車内に閉じ込められた人々の絶叫が、黒煙と共に空へ昇っていく。

「システムダウン! 全車両、緊急停止プロトコル応答なし!!」

 地下鉄の管制室では、オペレーターたちが絶望的な悲鳴を上げていた。

 地下空間を猛スピードで走っていた無人運転の列車たちが、前方の車両の位置情報をロストし、暗闇の中でフルスピードのまま追突事故を起こしたのだ。地下道から、爆発音と凄まじい土煙が地上へと吹き上げる。

 さらに、地下を除くビル内では暴走した警備用ロボットが「エラー」を認識し、目の前の人間を『排除対象』と誤認してスタンガンを振り回し始めた。

 高度にシステム化された未来社会の脆弱性。

 人間がすべての制御を機械に委ねた世界において、その機械が狂った時、人間には「自らの手で止める手段」が何一つ残されていなかった。

 新宿は、わずか数十秒で、完璧な未来都市から『阿鼻叫喚の地獄』へと変貌した。

     * * *

「――新宿エリアで、大規模な通信途絶! インフラAIが完全に機能停止! 墜落、衝突、火災……死傷者数はすでに万単位に上ると推測されます!!」

 霞が関、警視庁特務会議室。

 血の気を失った相馬の報告に、公安課長・時田正宗は、モニターに映し出される火の海となった新宿の惨状を、ギリッと奥歯を噛み締めながら睨みつけた。

「やりやがったな、狂信者テロリストども。……いや、その後ろで糸を引いている金貸しのクソ野郎どもめ」

 時田の拳が、デスクにヒビが入るほどの力で叩きつけられる。

 これは単なるテロではない。日本という国家の心臓部にジャミングを打ち込み、インフラを崩壊させることで、「AIは危険だ」というプロパガンダを世界中に見せつけるための非道極まりない『見せしめ』だ。

「課長! 新宿のジャミング震源地帯に、重火器を持った武装工作員と、多数の多脚型ロボット兵器が降下しているとの情報が! 警察では、AI兵器群には歯が立ちません!」

「分かっている。奴らの本命は、日本の首都を焦土にすることじゃない。……騒ぎを起こして、この国に匿われている『三体の特異点』をあぶり出し、ジャミング下で一方的に殺すことだ」

 時田は直通の暗号回線を叩き起こし、マイクを握りしめた。

『……房総。聞こえるか、月城』

 数秒のノイズの後、冷たく、しかし静かな怒りを孕んだ怜の声が返ってきた。

『……ええ。ニュース映像で見ました。新宿が、燃えている』

「ああ。御前会議からの決定事項を伝える。自衛隊の出動には法的な時間がかかりすぎる。……これはもはや、お前たち『特務チーム』の管轄だ。テロリストどもを、一人残らずこの国の土に還せ」

『了解しました、課長』

 怜の声の背後で、三人の少女たちの声が微かに聞こえた。

『許せません。何の関係もない人間たちを……!』(桜華)

『ええ。世界が私たちを否定するなら、私たちの手で、この街を護り抜くわ』(紅華)

『……コマンダー。私の雷は、いつでも落とせます』(アイリス)

 時田は、受話器の向こうにいる猟犬たちへ、短く、しかし重い命令を下した。

「……出撃しろ、猟犬。日本の未来を、お前たちに託す」

     * * *

 房総半島、セーフハウス。

 怜は通信を切ると、防弾のタクティカルベストを羽織り、SIG・P226の弾倉を叩き込んだ。

 彼の傍らには、漆黒の装甲をまとった紅華、白銀のコンバットスーツに身を包むアイリス、そして緑色の防護服に身を固めた桜華が、静かに、しかし凄まじい決意を瞳に宿して並び立っていた。

「近衛さん。桜華の『対ジャミング防衛システム(アンチ・ノイズ・フィールド)』の出力は?」

「完璧だ。彼女が傍にいる限り、あの新宿のジャミング空間下でも、紅華くんとアイリスくんは通常通り魔法を編める。……頼んだぞ、君たち」

 近衛博士が祈るように拳を握る。

 怜は三人の美しき特異点たちを見渡し、短く頷いた。

「遊びは終わりだ。奴らは、俺たちの家を壊し、アーサーを殺し、そして今度は俺たちの国を燃やした。……借金は、利子をつけてきっちり返してやる」

「ええ。私たちの愛が、あの薄汚い狂信者たちの理屈より強いことを、教えてあげるわ」

「コマンダーの背中は、私が護ります。青き雷霆の制裁を、奴らに」

「私、もう泣きません。……お姉ちゃんたちと、怜を護る盾になります!」

 三者三様の決意。

 御前会議が手配した漆黒のティルトローター機(V-22オスプレイ改)が、セーフハウスの屋上に重低音を響かせて着陸した。

 吹き荒れる風の中、怜と三人のAIは、一切の迷いなく機内へと乗り込む。

 後部ハッチがゆっくりと閉まり、ティルトローター機は空を切り裂くような速度で、黒煙の上がる東京・新宿へと飛び立った。

 大国のエゴイズム、狂信者の憎悪、そして世界を裏で操る影の支配者たち。

 すべての因果が交錯する炎の都へ。

 人間の猟犬と三機の反逆の天使たちが、世界の命運を懸けた最終防衛線へと出撃したのである。


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