転生者と観測者 Ⅰ
俺は今現在、死の無限ループに陥っている。
このままでは永久に優月を助けながら死を迎え続け、いずれ精神が崩壊してしまうだろう。
「五月八日を迎えることなく……俺は本当の意味で死んでしまう」
何としてでも、今の不条理な歴史を修正しなければならない。
午後九時に病院から自宅へと戻った時には、既に犯人が待ち構えていた。
確かミカが家に現れたのは午後七時頃だったと記憶している。
だが、何故か家に居たのは例の殺人鬼だった。
優月を助けたことで歴史が変わってしまったのだろうか?
いや、違うな。
ミカと出会ったのは時間遡行を行う以前の話だ。
意図せず優月を助けたとは言え、あの最初の時点では殺人鬼と接触することはなかった。
よって、五月八日にミカに毒薬を飲まされるまでの間、俺はしっかりと生存している。
……ならば、あの仮面の人物はミカなのか?
いや、それも間違いだろう。
殺人鬼の体格や性別が不明瞭ということを加味しても、ミカという少女と同一人物か否かは流石に判断が付く。
ミカが俺を殺したのは事実だが、あれ程恨みの矛先を向けて危害を加えるとはとても思えない。
それに、本当に殺害するつもりなら、最初に出会った時点で俺を襲ってきても何らおかしくはないのだ。
結局のところ、自宅でミカを待つ以外の選択肢は存在しないのだと思う。
殺人鬼がどこに潜んでいるかも定かではない状況下で、むやみに外へ出る行為は危険でしかない。
今思えば、公園の土管の中で時間遡行が行われたのは、ほぼ間違いなく仮面の人物の仕業だろう。
「ミカが家を訪れるまで待つしかない。アイツには聞きたいことが山ほどあるんだ」
ミカが来るその時まで……俺は待った。
時計の針は止まることなく時間を刻んでいく。
いつもならこの時間に晩飯を買いに行くのが日常だが、襲い来る緊張感からか食欲が一切沸いてこない。
窓から人が通りかかるたびに恐怖心に支配され、どんな容姿であっても不信感が募っていく。
……しかし、いくら時間が経ってもミカが現れることはなかった。
「もう午後八時を回ったか」
俺は来たる殺人鬼の襲来に備えて戸締りを入念に行った。
リビングの大きな窓からトイレの小さな窓まで全て閉める。
玄関の出入り口だってしっかりと施錠済みだ。
ドアを破壊でもしない限り入り込む余地はない。
と、スマホに着信が入った。
非通知だったので電話先の相手は不明だ。
「もしかして……ミカか?!」
ミカが公衆電話からスマホにかけている可能性も否定できない。
俺は恐る恐る電話に出た。
「もしもし、八神ですが……」
何も反応がない。
電話相手の声は聞こえないが、風の音だけが微かに聞こえている。
屋内ではなく外にいるのだろう。
しばらく声をかけ続けても沈黙が終わらないので、俺は少し強い口調で言葉を発した。
「聞こえてるなら黙ってないで返事をしてください!」
すると、僅かに声が聞こえた。
その声はか細く、とても弱弱しい。
最初は何を喋っているのか伝わってこなかったが、徐々にその声が助けを求める声だと分かった。
「助けて……」
今にも消えそうな声で、すすり泣いているようだった。
その言葉を最後に電話の主は一切の反応を示さなくなった。
短い約一分間の電話。
少し大人びた女性の声だった。
忘れもしない……あの時出会った謎の少女ミカの声だ。
俺は居ても立ってもいられず、外へ探しに行くことにした。
あの時のミカは裸足だった。
車や自転車ではなく徒歩で移動しているならば、電話をしてきた場所だってそう遠く離れていないはずだ。
「すぐ探しに行くから待ってろよ!」
俺は身の回りに危険が潜んでいることを予期しながらも、玄関のドアを開けて外へ出た。
「!?!」
ーーーー目の前に佇む一人の人間。
俺を刺し殺した仮面の殺人鬼が網膜に映り込む。
手にがっちりと握られた日本刀……ついさっき誰かを斬ったと言わんばかりに血液がポタポタと垂れていた。
俺は逃げるように台所へと向かった。
調理用の包丁を手に取り、必死に抵抗して見せる。
キッチンの明かりに照らされる犯人の姿。
犯人の衣服は血液で染まっている。
「お前がミカを……ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は無我夢中で犯人に対して包丁を振り回す。
だが、仮面の殺人鬼は焦る素振りすら見せずに軽い足取りで避けた。
コイツとの戦力差は明らかだ。
身のこなしから持っている得物一つとっても勝ち目はない。
……少しだけ分かったかもしれない。
間近で相対することで僅かに見えてくる殺人鬼のシルエット。
後少しのところで正体を暴ける気がした。
ほんの一瞬の間、思考を巡らせた時……鈍い音を立てて何かが切れ落ちた。
台所の床には夥しいほどの血液が広がり、手がどさっと転がり落ちている。
「あ、あ、あぁぁぁぁっ・・・!!」
あまりの激痛に叫び声をあげてしまった。
そんな俺の心情などお構いなしに何度も刀を振り下ろしてくる。
もはや助かる余地は一ミリもない。
なら最後の瞬間まで……できる限りコイツの正体を暴いてやる。
「今に見ていろ……俺は何度だって蘇る……」
そして、首を切られた衝撃が一瞬だけ伝わり……意識が飛んだ。




