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第二話 「なんか今日の肉、ちっちゃくねえか?」

 マーヤに言われた場所の清掃も終わり、昼食の支度へと移る。

 千年経った今の食事は魔物の肉が主だ。食料となる魔物を狩るために、男性陣は船に乗り城外へと出ていくわけだ。


 オリヴィアは前世の両親が作ってくれた野菜のゴロゴロ入ったスープや、焼き立てのパンを思い出す。

 今では人間の数が減りすぎてしまい、農作物を育てる農家はいなくなってしまった。ドラゴンはそもそも野菜を育てる習慣がないため、農業をするという発想もない。

 その結果、ドラゴンも人間も魔物の肉を食べて生活するようになったのだ。


「今日のお肉は少し小さいわね……」


 厨房の誰かが呟いた。それを聞いて、その場の空気も暗くなる。


「今日の夕飯担当は……オリヴィアとマーヤだったわね」


 オリヴィアの母親が言う。

 名前を呼ばれたふたりは顔を見合わせ、肩を落とした。

 こういうお肉が少ない日に限って当番に当たるなんて、とオリヴィアは自分の運の悪さを嘆いた。でも誰に文句を言っても仕方がない。

 出来上がったものから配膳台に乗せ、六人分の料理を持って行く準備をしていく。王と王城に住む五人の分だ。


「オリヴィア、準備はできた?」

「こっちは大丈夫よ」

「私も飲み物の準備できた……行きますか」


 意を決してふたりは食堂へと向かった。


「お! 今日の配膳はお前らか〜」

「今日は大きいお肉頼みますよ〜!」


 マーヤが元気な声で答えた。

 オリヴィアたちが食堂へ向かう途中で遭遇したのは、これから狩りに出かける男性陣だった。みんな装備を固め、斧や剣を携えている。


「こんな日に限ってお前らか……今日は頑張るからな」

「リアム……何か持って帰ってくれるだけでありがたいわ」


 次に話しかけてきたのは、男性陣の中でもオリヴィアたちと歳の近いリアムだった。オリヴィア、マーヤ、リアムの三人は王城内で歳の近い三人組だ。全員ここで生まれ、小さい頃からずっと一緒に育ってきた。


「あ! 料理が冷めちゃう。もう行くね! ほら、オリヴィア行くよ!」

「はーい。リアムたちも気をつけてね」

「おう!」


 にかっと笑って答えると、リアムは狩りへ向かう男性陣の中へと戻っていった。オリヴィアとマーヤは手を振って一行を見送る。

 そのとき、ちょうどお昼を告げる鐘の音が城内に響き渡った。ふたりは急ぎ足で配膳台を押し、大きな扉の前に到着する。一度そこで足を止めお互いの視線を交わした。


「行くわよ……」

「うん」


 息を合わせて大きな両開きの扉をふたりで同時に開く。食堂の中には長い机が置かれており、既に五人のドラゴンたちが席に着いていた。

 ドラゴンの王は人間の前に姿を現すことがない。それは食事時も同様だった。使用人たちによる配膳が終わり、人間が立ち去った後に姿を現すのだ。


 オリヴィアとマーヤは無言で深くお辞儀した後に、手早く配膳を開始した。

 ドラゴン様たちから感じるこの圧力は本当に心臓に悪い、と思いながら料理を並べていくオリヴィア。

 緊張から心臓が今にも飛び出そうだ。しかしこのような場で粗相があってはいけない。

 集中して丁寧に、昼食を置いていく。

 最後に長い机の向こう側、誰も座っていない空席に料理を並べた。

 顔を上げると、マーヤは既に担当分の配膳を終え、扉の前で待機していた。足早にそこへ合流し、ふたりで最後にもう一度お辞儀をしようとしたときだった。


「おい」

「「はい」」


 オリヴィアたちを呼び止めたのは、五人のうちのひとり、地のドラゴン・ローマンだった。

 筋骨隆々の短い茶髪の男性で、その腕は、オリヴィアの何倍あるのか分からないほどの太さをしている。


「なんか今日の肉、ちっちゃくねえか?」


 まさか声をかけられるなんて思ってもみなかったふたりは、あまりの圧に何も答えられず、ただ小刻みに震えている。


「小さくねえかって聞いてんだよ、おい!」


 そう言って拳で激しく机を叩くローマン。机に置かれた食器がカチャンと音を立てた。


「ちょっと! やめてくれる? ソースがはねるじゃない」


 席から立ち上がり、ローマンを睨みつける火のドラゴン・リリー。長い真っ赤な髪をツインテールに結いている。


「僕お腹空いたー! 早く食べたーい」


 目の前の揉め事など目に入っていないのか、空腹を訴える風のドラゴン・チャーリー。この中では一番小柄で、薄緑色の髪を靡かせている。

 既に両手にはナイフとフォークを構えており、今にも食事を開始しそうな様子だ。


「みなさん、お行儀がよろしくないわ。きちんと座っていただきましょう?」


 口元を隠し微笑みながら、水のドラゴン・ハンナがのんびりとした口調で言った。水色の長髪は綺麗なウェーブがかかっており、まるで水が流れているようだ。


「はあ……騒がしい」


 この様子を見て、片手で眉間を抑えため息をこぼしているのは、空のドラゴン・ケイレブだった。白い長髪をひとつにまとめ、片方に流している。


 オリヴィアとマーヤは退出するタイミングを完全に失い、ただその場で頭を下げていることしかできなかった。ドラゴンたちの会話がどこに向かうのか予想もできず、生唾を飲み込む。


「こんなんじゃ、俺の腹が満たされねえんだよ! なあ? 人間ども」

「「申し訳ございません」」


 より一層頭を深く下げてふたりは謝罪の言葉を口にする。

 お辞儀をしているふたりの視界に映るのは自分の足元だけだ。見えずとも自分たちに五人の視線が集まっているのを感じる。暑くもないのに、手に汗が滲んでいく。


「文句を言っても仕方がないだろう。足りなければ外に出て自分で狩って食べれば良い」

「ここで料理されたやつがうめえんだよ!」


 そう言って、再び机を叩きつけるローマン。

 ケイレブの冷静な言葉は、苛立っているローマンをより逆撫でているようだった。


「おやめなさいな。王が来る前に食事が冷たくなってしまいます。ふたりももう下がりなさい」

「「はい。失礼いたします」」


 ハンナの一言で、何とかふたりはその場を脱することができた。

 もちろん、ハンナの言動はふたりへの配慮から出されたものではない。文字通り、王の食事が冷えてしまうことを危惧してのものだったが、結果的には助けられたのだ。

 配膳台を押し、食堂から離れていくオリヴィアとマーヤ。二つ三つ角を曲がった辺りでやっと一息ついた。


「やばー!! 本気で死ぬかと思った」

「本当に……地のドラゴン様が机を叩いたときは、もう生きた心地がしなかったわ」


 ただ近くにいるだけで圧倒されるほどの気迫を放っているドラゴン様。そのドラゴン様が直接話しかけてきた上、怒鳴られるなんて。心臓がいくつあっても足りないわ、とオリヴィアは早鐘を打っている心臓を抑えた。


「はぁ。私たちも早くご飯食べちゃお……」


 マーヤの言葉にオリヴィアが頷き、ふたりで厨房へと戻っていった。


 厨房に戻ると、ふたりの様子に違和感を覚えた周りの人たちが、声をかける。

 昼食を取りながら、マーヤが死地を逃れてきた先ほどの出来事を事細かにみんなに話して聞かせたのだった。

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