第六話 「ノア、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「順番が狂ってしまうが、こうなった以上仕方がない。おい! こっちに連れてこい!」
端に控えていた使用人にカーターが威圧的な声で命じた。
一礼した使用人は、急ぎ足で会場を出ていく。
「あれは!!」
「魔物?」
「巨大なトカゲ……いや、翼が生えているぞ!!」
「まさか……ドラゴンか!!」
両開きの扉が大きく開け放たれ、中へ運ばれてきたのは檻に閉じ込められたノアだった。
檻には小さなタイヤが付いており、台車を押すように使用人たちが運んでいる。檻の中のノアは、鎖で縛られており、身動きが取れない状態だ。
ドラゴンを前に会場はパニックになっている。伝承の中でしか聞いたことのないドラゴンが実在し、突然目の前に現れたのだから無理もない話だ。
「ノア!!」
「きゅ〜〜!!」
ノアに駆け寄ろうとしたイザベルの腕をカーターが掴む。
「離して!!」
「君はここで僕が勇者になるのを見てるんだ」
何とか振り切ってノアのもとへ行こうとするが、力で叶うはずもない。掴まれた腕は痛いほど強く握られている。
「やれ」
カーターの一言を合図に、ノアを囲んでいた使用人たちが一斉に攻撃を開始した。ナイフに槍、剣、斧。シャンデリアの光を受けて光る刃物たちがノアを襲う。
「きゅうううう!!」
目の前でノアが傷つけられているというのに、何もできないイザベル。愛しいノアの鳴き声を聞き、胸が苦しくなる。もう立っていることもできず、その場に泣き崩れてしまう。
イザベルは、カーターに見られたあの日から一度もノアに会いに行っていない。また誰かに見られるかもしれないと思うと怖くなり、行けなかったのだ。ただノアの存在が公になれば、村だけでなく国中が大騒ぎになるのは間違いない。そうなっていないという事実が、ノアが無事にあの洞窟で過ごしていることの証明だと、そう思っていたのだった。
私がカーターを信じてしまったから……。イザベルは自身の愚かさを呪う。見つかったあの日に、すぐにノアを逃がすべきだったのだ。この国から逃げなさいと、そう言ってやるのが最善だったと、今さらながら後悔の念が押し寄せる。
「ノア、ごめんなさい……ごめんなさい……」
イザベルは地べたに座り込み、ただ謝り続けることしかできなかった。
「よし、だいぶ弱ったな。トドメはもちろん僕が刺す」
そう言って前に歩み出るカーター。
「何をするつもり!!」
必死にカーターのズボンの裾を握るイザベル。
「離せ!! 僕は約束を守ったじゃないか。国へ報告なんてしないさ。今日この事件を目撃した村人共が言うんだ。ドラゴンを倒し、この国に新しい勇者が誕生したとな!!」
立ち上がることのできないイザベルの必死の抵抗を、カーターは一蹴した。イザベルの手が離れ、またカーターはノアの方へと歩いていく。
「貸せ」
近くに立っていた使用人に、持っていた剣を渡すように言うカーター。受け取った剣を眺めてから、視線をノアへと移す。
「さすがに頭を落とせば死ぬか。よし、檻を開けろ」
命令を受け、使用人たちが檻を開ける。
体中に傷を負い、鎖で縛り上げられているノアには、唸り声をあげること以外為す術がない。
「こんなものか」
そう小声で言ったカーターは、客席を振り返った。
「皆の者! 僕がこの時代の勇者だ! しかとその目に我が勇姿を刻むが良い!!」
「わふっ!!」
「何だお前、どけ!!」
ノアを守ろうとしたのか、両親と一緒に居たはずのベラがカーターの足に噛みついていた。
「邪魔だって言ってるだろ!!」
カーターはベラが噛みついている方の足を勢いよく振り上げる。その勢いに勝てず、吹っ飛ばされたベラの体が、ノアの入っていた檻にぶつかり大きな音をたてる。
「ベラっ……!!」
「きゅうっ!!」
カーターはやれやれと言った感じで、再びノアへと体を向ける。
「邪魔者が多くて困ったもんだ。さて、気を取り直して……ドラゴンよ、今度こそ死ねええ!!」
カーターが大きく剣を振り上げる。
ザシュッ
赤い鮮血が会場を染める。
場内が悲鳴に満たされた。
「イザベル……!!」
「何でお前が!!」
振り下ろされた剣の先に立っていたのはノアではなく……イザベルだった。ノアを守る、その一心で体を持ち上げ、身を挺してノアをかばったのだ。
「きゅ!! きゅうう!!」
縛られ動けないノアは、何とか身を捩りながらイザベルに近づく。
「ノア……ベラ……ごめんね……大好きよ……」
もう力の入らない手を何とか持ち上げ、ノアとベラの頭を優しく撫でるイザベル。ふたりに会えるのはこれが最後だとイザベルには分かっていた。さよならと愛しているという想いを込めて、震える手で撫で続ける。
「イザベル!!」
「何で!! 何で!! どうしてこんなことに……イザベル!!」
両親が駆け寄り、イザベルの横に泣きながら跪く。
「お父さん……お母さん……ベラ……ノア……私、みんなが大好きよ」
イザベルの視界はぼやけ、みんなの顔も見えなくなっていた。自分の死がもうそこまで迫っていることを自覚する。
呼吸もままならず、話すことができない。
お母さん、お父さん、ノアのことを黙っていてごめんね……。心配もたくさんかけたよね。こんなことになるんだったら、最初から全部言うべきだったのかな。ふたりだったらきっと私の話を受け止めてくれたのに。
ベラ……。私のお姉ちゃんのような親友のような存在。いつでも一緒に居てくれた大好きなベラ。私が泣くときも、いたずらするときも、ずっとずっと傍で見守ってくれてありがとう。
ノア……。ごめんね。本当にごめんね。最初からあなたを解放すべきだったのかもしれない。あなたの大きな翼でもっと自由に空を飛ばせてあげるべきだった。背中に乗せてくれたあの日見た景色はずっと忘れないわ。ノア、大好きよ……。
イザベルの体から力が抜けた。
「「イザベル!!」」
「わふっ!!」
「きゅううう!!」
光の中に溶けていくような感覚を最後に、イザベルの意識は失われたのであった。




